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今も潜む“不適切保育”のリスク~保育士アンケートより

シリーズ保育現場のリアル
  • 2023年9月26日

かなりショックな結果でした。それは、保育士へのアンケートで「今の保育現場では、みずからも「不適切な保育」を起こしかねない」という答えが4割以上に上ったからです。
不適切保育が社会問題化して半年あまりたちますが、いまだ改善の道筋は見えていないのか?アンケートの内容と現場の声から探ります。
(首都圏局/記者 桑原阿希)

“不適切な保育”起こしかねないという危機感

9月25日、全国の保育士らでつくる「子どもたちにもう1人保育士を!全国実行委員会」などのメンバーが厚生労働省で会見を開きました。

公表されたのは「不適切な保育を考えるアンケート」。調査はインターネット上で行われ、今月17日までに2400人あまりの保育士から回答が集まりました。まず驚いたのがこちらの結果です。

Q. 今の保育現場では、みずからも「不適切な保育」を起こしかねないと思いますか?
「はい」 1104人(45%)
「いいえ」 595人(24%)
「わからない」 770人(31%)

この団体では「不適切な保育」を※国の定義とは異なり、「子どもの人権を守るために望ましくない関わり」と定義しています。
(※国は「虐待などと疑われる事案」と位置付けている)

そうした前提はありますが、「はい」と答えた人が45%で、「わからない」と答えた人とあわせて70%を超えました。この不適切保育は去年全国の保育所で相次いで明らかになり、国も初めて実態調査に乗り出すなど社会問題となりました。しかし、アンケートからは、その後も多くの保育士が不安を抱きながら保育にあたっている実態がみえてきました。

アンケートでは、その背景についても聞いています。

Q. 「不適切な保育」が起こる背景には何があると思いますか?(あてはまるものを3つ選択)
「人手が足りない」 2035人(82%)
「多忙でゆとりがない」 1979人(80%)
「知識や技能不足の保育者の増加」 461人(19%)
「知識や技能向上のための研修機会の不足」 144人(6%)
「風通しの悪い職場」 523人(21%)
「管理者のマネジメント不足」 212人(9%)
「丁寧なケアや配慮が必要な子どもの増加」 1322人(54%)
「保護者対応の困難さ 419人(17%)
「その他」 39人(2%)

「不適切な保育」が起きる背景として多くあげられたのは、やはり「人手不足」や「多忙」。
この2つは、私たちが1年以上前から取り組む「保育現場のリアル」(詳しくはこちら)というシリーズで何度も取り上げたテーマです。
国もいま、こども家庭庁でさまざまな施策を検討していますが、それらが現場に届くのはまだ先の話です。

“主体性を大切する保育”したいけれど

アンケートには、子ども一人一人と丁寧に向き合いたいという保育士たちの理想の保育とかけ離れた、切実な現状が多く寄せられていました。
私たちは、そんな1人から話を聞きました。

山形県の民間保育園で主任保育士を務める加藤真理子さんです。
加藤さんの保育園では、国の配置基準の1.7倍の保育士を配置しています。
また、多忙な中でも、保育士がお互いにコミュニケーションを積極的にとるようにして、相談しやすい雰囲気づくりに取り組んでいるそうです。それでも人手不足や多岐にわたる業務に追われ、子どもたち一人一人と丁寧に関わることが難しい時もあるといいます。

加藤真理子さん
「やはり子どもに向かうだけの純粋保育だけではないので、事務書類、保護者対応いろん な業務があるし、そのほかの雑務もあります。仕事を家に持ち帰ることも少なくありません。疲弊感や余裕のなさによって、同僚らに本音を吐露したり、相談したりする時間も無くて、飲み込んでしまう。こうした要因が絡まり合って、向かってはいけない方向、弱い立場の子どもに向かってしまう要因、そういう種が生まれてしまうんじゃないかなと感じます」

もう1つ、加藤さんの話の中で私たちが関心を持ったのが「主体性保育」と呼ばれる今の保育の方法についてです。これは、こども一人ひとりの興味や関心を尊重し、その主体性を大事に保育しようというもので、国が定める保育所保育指針にも「子ども一人一人の主体性を尊重する保育が重要」と記されています。多くの保育士もその理念は大切だといいます。
ただ現場では、それを実現できるだけの人員もいなければ余裕もないため、葛藤は大きいと加藤さんも打ち明けました。

「一人一人を大切にする保育をしたいし、子どもたちが安心して過ごせる場を環境を大切 にしたいと思う。思いに寄り添いたいのですが、人手が無いところでそういうことがかなわない状況が生まれてしまうんです。子どもの興味やタイミングは人それぞれです。ただ保育士の人手が足りないと、子どもを一斉に動かさざるをえない状況が生まれてしまう。そうなると大人主導となる状況が生まれて、大きな声を出さざるを得なくなる。もっとこういうふうに子どもたちと関わりたいと思うのにそれができない。悶々とすることもあります」

まずは保育士の配置基準の見直しを

この団体は、今回のアンケートの内容や現場の声を、こども家庭庁に報告しました。
国はいま、来年度予算に「1歳児、4歳児、5歳児について、保育士の配置を手厚くした場合、運営費を加算する案」を示していますが、団体では、保育士の配置基準そのものを見直すよう求めています。

団体のメンバー 保育園の運営法人で理事長を務める平松知子さん
「保育士の配置基準の問題は、保育の問題の一丁目一番地です。今回、国からは『保育士の配置基準を変えないといけないという課題は共通認識だ』としっかり言ってもらいました。きちんと基準が変わるよう働きかけていきたい」

皆さんの意見や体験をお寄せください

今回のアンケートの自由記述を読むと、「子どもたちの遊びや要求に“ちょっと待って”と言わなくていい保育がしたい」とか「子どもを待ってあげられず、急がせてしまい申し訳なく思う」など、自分自身の対応に葛藤する姿がうかがえました。
子どもたちへの虐待につながる“不適切保育”は決して許されるものではありません。
ただ、そのことがなぜ起きるのかを検証すれば、根底には人手不足や余裕のなさがあることは国も把握できていると思います。子どもの安心安全を守るとともに、国が掲げる主体性保育を実現させるためにも、まずは配置基準の見直しや保育士たちの処遇改善を進めてほしいと思います。私たちは引き続き取材を進めていきます。

保育現場の切実な声や意見をどうぞこちらまでお寄せください。

  • 桑原阿希

    首都圏局 記者

    桑原阿希

    平成27年入局。富山局を経て首都圏局へ。福祉・医療分野のほか、学校現場への新型コロナの影響などを取材。

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