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関東大震災から100年 津波の全容をシミュレーション ~現代に残る避難の課題は~

  • 2023年8月31日

大規模な火災や家屋倒壊で甚大な被害が出た関東大震災。実は津波でも大きな被害が出ていたことをご存じでしょうか。最新の研究からその全容が判明し、10分ほどで大津波が各地を襲い、その後も繰り返し押し寄せていたことが明らかになりまた。教訓を未来に生かそうという動きも出てきています。
(横浜放送局/記者 田中常隆)

100年前の津波 全容解明

関東大震災の津波の解析に取り組んだのは、東北大学の今村文彦教授の研究グループです。
最新の技術を使い、詳細な津波の様子を初めてCGで再現しました。

地震の直後、相模湾全体や静岡県に向かって津波が広がっていく様子が分かります。
津波は相模湾で繰り返し反射して襲い続け、東京湾に侵入する様子も確認できます。

鎌倉市周辺に津波集中

今村教授が特に注目したのは、鎌倉市周辺です。

6分後には水位が急激に上がり始めます。

そして11分後には最も高い、4メートル以上の波が到達。
その後も数十分おきに繰り返し高い波が襲っていました。

東北大学 今村文彦教授
「関東大震災の津波の全体像を可視化することによって、多くのことが発見できました。特に驚いたのは、鎌倉市に押し寄せていた津波の特徴です。第1波が4メートル以上あり、その後は大きな引き波もみられています。振幅の大きな津波が何度も町を襲っていたことが明らかになりました」

100年前の「複合災害」

関東大震災というと、火災被害に目が行きがちですが、津波被害も大きなものでした。
静岡県熱海市で12メートル、千葉県館山市で9メートルの大津波を観測していました。
小田原市の根府川では、川の河口付近で遊んでいた子どもたちおよそ20人が、海からの津波と川からの山津波に挟まれて亡くなるということもあったのです。
鎌倉市にも大津波が押し寄せていたことはわかっていましたが、今回、その実態をうかがわせる貴重なシミュレーションとなりました。

多くの観光客 どこに逃げれば?

その鎌倉市は、観光客や海水浴客など、年間を通じて多くの人が訪れます。

鎌倉市が今後起こりうる地震として想定している津波は、最短で8分で沿岸に到達。
最悪の場合、高さは14.5メートルに及ぶとしています。

しかし、市内は平坦な地域が広がっていて、高い建物も多くありません。

そのため市は、高台への避難に加えて、沿岸部にある公共施設や民間施設など、30の建物を「津波避難ビル」に指定しています。
標高の高い地域まで逃げる余裕がない場合には、近くにある「津波避難ビル」に逃げ込んでもらうという想定です。

それでも、海水浴客で賑わう真夏の海水浴シーズンなどには、土地勘のない数万人の人が避難する事態も考えられ、市は危機感を抱いています。

鎌倉市市民防災部 末次健治次長
「最短8分という短い避難時間に加え、最近になってふたたび増えている外国人観光客など、鎌倉の地理が分からない多くの人たちへの避難誘導のあり方など、大きな課題があります。対策には終わりがないので、充実化を図っていかなければいけないと考えています」

バルーンで避難誘導を

鎌倉市の避難の課題を解決しようと取り組んでいるのが、東北大学の大学院生、成田峻之輔さん(24)です。
小学生のころに起きた東日本大震災をきっかけに、津波の研究を志した成田さん。
鎌倉を訪れた際、「いま地震が起きたら、どこに避難したらいいか分からないな」と感じたことが、鎌倉を研究のフィールドにするきっかけになりました。

東北大学 大学院生 成田峻之輔さん
「鎌倉市では、海岸から高台そのものは見えますが、一目見ただけで距離があるなと感じてしまいます。最も近くて早くたどり着ける建物はどこだろうと見渡して探しても分かりにくいため、土地勘のない人は迷ってしまうのではないでしょうか」

限られた時間で避難をするためにどうしたらよいか。
成田さんが着目したのが「バルーン」でした。
津波避難ビルの屋上に上げることで、遠くからでも目立つようになると考えたのです。

成田さん
「いまはスマートフォンを開けば地図上で自分の位置を確認できたり、自治体のハザードマップも確認したりすることはできます。しかし、デジタルが得意ではない人や、日本語の分からない外国人、小さな子ども、高齢者など誰にでも分かる直感的なツールが必要だと思います。バルーンはアナログな方法ですが、より多くの人の視界に入って気がつくことができるのではないかと考えました」

リアルとバーチャルで実験

※イメージです 実際の津波避難ビルではありません

ことし1月には大学がある仙台市の海沿いで、バルーンを実際に打ち上げる実証実験を行いました。
いずれは津波警報が出た際に、自動で膨らませて上げられるような仕組みを作りたいと考えています。

さらに7月からは、VR=バーチャルリアリティーの技術を用いた新たな実験も始めました。

バーチャル上に鎌倉市の町並みを再現。
100人の学生を対象に、バルーンを目指して最短ルートで避難できるか検証を重ねています。

1人でも多く避難できるよう

研究成果を役立ててもらいたいと、8月には鎌倉市役所を訪問し、防災担当者に自分のアイデアや研究の成果を伝えました。

鎌倉市の
担当者

大きな地震がきたあとに、ふだんとは違うもの(バルーン)が上がっている、というのは避難誘導のひとつのスイッチになるかもしれませんね。

成田さん

町じゅうのあらゆるところから上がることになるので、ふだん見ない景色になると思います。海沿いにいる人たちに、近いところに避難先がある、ということを知らせることもできるので、避難することのハードルを下げる効果もあると考えています

鎌倉市の担当者も、避難誘導のあたらしいかたちに、期待を寄せています。

鎌倉市市民防災部 末次健治次長
「災害時の避難誘導は、何かひとつの方法に頼るというより、いくつもの方法を組み合わせることが重要です。そうした中、バルーンの活用というのは本当に新しい視点だと思いました。研究や実証を重ねる中で形は変わってくるかもしれませんが、避難誘導の新たな形が生まれる可能性は十分にあるなと感じました」

バルーンには強風時に上げることができないなど、課題も多くありますが、成田さんはふたたび関東大震災のような津波がきたときに1人でも多くの人が避難できるよう、研究を続けていきたいと考えています。

成田さん
「関東大震災から100年がたって、ふたたび、大きな津波が押し寄せるかもしれないリスクは常にあります。大きな災害が起きるよりも前に、私の研究成果を全国各地の防災対策に生かすことができるよう、これからも取り組んでいきたいです」

いつ起きるかわからない大地震。どこにいてもすぐに避難する場所が分かるようにする仕組みは大切だと思います。
私たちも訪れる先のハザードマップを確認するなど、備えることが必要だと改めて感じました。

  • 田中常隆

    横浜放送局 記者

    田中常隆

    2011年入局。水戸局、報道局社会部を経て2022年から現所属。警察・司法分野を中心に担当。取得している防災士の資格も生かし、地域の防災の動きについても取材。

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