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対策の切り札は「遺言」~空き家全国一の世田谷区

不動産のリアル(20)
  • 2023年8月23日

空き家の数が全国一の東京・世田谷区。その世田谷区と提携するNPOが現在、空き家対策の一環として力を入れるのが、1人暮らしの高齢者に「遺言」を作成してもらう取り組みです。
なかには、遺言を書く作業を通じて、自宅の売却に踏み切ったケースもありました。「遺言」が空き家対策の切り札となるのか。取材しました。
(不動産のリアル取材班/記者 竹岡直幸)

生前の整理が空き家を防ぐ

5月、世田谷区内で介護や相続、葬儀などの「終活」について考えるセミナーが開かれました。

参加したのは区内在住の高齢者たち。ここで、主催したNPOの担当者が強調したのが、高齢者が健康なうちに「遺言」を残すことの大切さでした。

NPOの担当者
「遺言がなかったために、遺産分割協議がまとまらず、結果的に空き家になってしまうケースは世田谷区でも結構目にします。不動産の名義を変えていないと、活用もできなければ、売却もできなくなってしまうのです。遺言は亡くなった方の最後の意思表示になります。元気なうちに書いておく、これがのちのちもめ事を防ぎ、空き家の問題の解決につながっていきます」

このNPO、実は、世田谷区と「空き家予防」に関する協定を組んでいます。区の担当者にその狙いを聞くと、NPOが高齢者福祉の分野で培ってきた経験を生かしたいといいます。

区の空き家対策チーム 千葉妙子係長
「予防に関しては、こちらから一方的に情報発信するのが一般的でしたが、民間であっても福祉の仕事をしている方とつながると、今まさに法定相続人がいない人とか、施設に入ることを検討されている方に、遺言書を書いておいたほうが良いとか、そういう的確なアドバイスができると思います。さらに、すでに支援に入っているので、『はじめまして』ではなく、信頼関係ができている方からの助言なので、聞きやすいということもあると思います。そのパイプを予防に生かしていきたい」

なぜ“遺言”が大事なのか

空き家予防に、なぜ遺言が有効なのでしょうか。
NPOの理事長で、行政書士でもある信夫武人さんに話を聞きました。すると、こう説明してくれました。

NPO法人都民シルバーサポートセンター 信夫武人理事長
「家をどうするかは、その所有者の意思が最も重要です。ところが、当人が死亡したり、認知症などで意思判断ができない状態になったりすると、決定者が不在になるため、途端に相続問題はやっかいになります。さらに、世田谷区は、土地の資産価値が高いため、相続に関わる人は、少しでも多くの持ち分を自分のものにしたいと考える傾向にあるため、遺産分割協議が長期化しやすいです。親族間の問題というのは、利害関係がはびこっていて、解決が長期化することがほとんどです。円満に解決することの方が少ないと考えます。だからこそ、生前の意思を伝える『遺言』が必要なのです」

遺言がなかったために… 14人の相続人 相続で紛糾

信夫さんが相談を受けたなかで、遺言の大切さを痛感したというケースを教えてもらいました。

遺言を残さずに亡くなったある男性。妹が長い間、介護など身の回りの面倒をみてくれていたといいます。1年半前に男性が亡くなり、信夫さんがその妹から相続手続きの依頼を受けて、法定相続人を調べると、男性には母親違いのきょうだいなど、総勢14名もの法定相続人がいることが判明しました。
しかし、相続の話合いは難航。いまだに協議が続き、男性の家は空き家の状態が続いています。男性の妹が管理していますが、近隣住民からは、異臭がするなどの苦情も寄せられるということです。

遺言によって相続が円滑に

一方、遺言を残したことで相続が円滑にできたケースもあったといいます。

こちらは、ある男性の遺言です。弟に財産の多くを相続しましたが、その理由として、晩年、介護に従事してくれたことへの感謝の気持ちを綴っていました。このように、遺言があることで、遺産分割の際、亡くなった本人の意思が強く反映できるということです。

1人暮らしの高齢者が遺言作成に至るまで~寄り添うNPO職員

この取材の過程で、私たちは一人の高齢女性に出会いました。

世田谷区でひとり暮らしをしていた みさとさん(90)です。今は老人ホームに入所しています。
去年12月、みさとさんは自宅で家事をしていたときに誤って転倒し、足の骨を折るけがを負い、入院しました。けがは幸い回復しましたが、家で自活することは困難となり、施設に入所することになり、信夫さんたちのNPOとつながりました。

みさとさんのもとを定期的に訪ねるのはNPO職員、矢嶋真紀子さん。社会福祉士やファイナンシャルプランナーの資格を持ち、みさとさんの相続などの支援を始めていました。

NPO
矢嶋さん

みさとさん、元気になりましたね。髪の毛かわいくなりましたね。

みさとさん

年に見える?もう90歳だから

 

90歳に見えない!若く見えますよ!

こうした何気ないやりとりを通じて、信頼関係を築いてきました。

4か月ぶりの自宅~そこで女性が感じたことは

みさとさんの夫は25年ほど前に亡くなり、子どもはいません。このままでは空き家になってしまうと思ったものの家に帰りたいという思いを捨てきれず、自宅はそのままにしていました。

みさとさんは、何度か矢嶋さんから家の相続について考えるため「遺言」を作成しないかと、水を向けられましたが、積極的に応じようとしませんでした。

そこで矢嶋さんは、一度、現状の家を見にいくことをみさとさんに提案しました。

NPO
矢嶋さん

1度家の様子を見てみませんか?
本当はおうちの方がいいんだけど買い物に行けなかったり、ゴミ出したり、草を取ったりしなくちゃいけないから。一緒に考えましょう。

本人に直接、現状を見てもらい、納得してもらうためです。提案を受け入れたみさとさんは、矢嶋さんに車いすを押してもらい家に帰りました。

家を離れて4か月。空き家となっていた我が家では草木が敷地からはみ出るほど伸びていました。
思わずみさとさん、こう口にしました。

みさとさん

だらしないわぁ。汚い家だね

家の中に入った2人。家の変わりようにショックを受けるみさとさんに矢嶋さんはこう語りかけました。

 

これ、自分で手作りしたものじゃない?何作ってたの?器用なんですね。

部屋の中には、得意の手芸で作ったものがあふれていました。
それらを手にするうちに、明るい表情が戻ったみさとさんはこう切り出しました。

 

いろんなもの作ってたの。これは持ってかえりたいわ。

それは、みさとさんが街のバザーで買ったという貝殻の装飾が印象的なタンスでした。
矢嶋さん、「うんうん」とうなずきます。
しばらくして、みさとさんがこれまで口にしなかった家の将来について矢嶋さんに聞きました。

 

ここの家、売らなくちゃいけないよね。どうしたらいいの?

 

一緒に考えましょうか。当分ほら、こうやってお荷物を取りに来たり、やっぱりご自身のおうちかだから、ちょっと考えましょうね。

1か月後 売却を決断 遺言に書いたことは…

1か月後。みさとさんは遺言の作成を決断。
その過程で、家と土地は売却し、施設で暮らすための資金にあてることにしました。ちなみに、遺言には自分が亡くなったあとの財産は恵まれない子どもたちを支援する団体に寄付するとしたためたということです。

みさとさん

わたし子どもがいないけど、子どもが好きだから、そうしたの。こういう選択ができて、よかった。

NPOの理事長で行政書士の信夫武人さんが、みさとさんの遺言作成の場に立ち会っていました。

信夫武人さん
「みさとさんのように、おひとりの高齢者は相続できる親族がいない場合もあり、どうすればいいのかわからず、そのままにしてしまう人ばかりです。でも、こうやって家族がいなくても、身の回りの整理と心の整理をつけることができれば、大切な財産の使い道を決めることができます。みさとさんの場合は、まず家を解体し、土地を売りました。まずはご自身の老後を豊かにするために使い、そして最終的にその財産をどうしたいか、それを遺言に残すことが大切です」

みなさんの経験や意見 お待ちしてます

私自身、“遺言”と聞くと、少しネガティブな印象がありましたが、みさとさんへの取材を通して、それは大きく変わりました。相続をはっきりさせ、空き家となるのを防ぐということはもちろん、自身にとっても生きてきた証を前向きに振り返るきっかけを与えてくれるものだと感じます。

この夏、みさとさんが住んでいた場所を再び訪れると、すでにさら地になっていて、私自身いろいろ感情がこみ上げてきました。
みなさんはどう感じましたか?ぜひ体験や意見をこちらのサイトまでお寄せください。引き続き取材したいと思います。

  • 竹岡直幸

    首都圏局 記者

    竹岡直幸

    2011年入局。昨年まで報道カメラマンとして取材に従事。現在は記者として”地上げ”や”不動産ビジネス”など不動産取材を担当。

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