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詩人・向坂くじらさん 生きづらくても“答えなき”詩でタフに

  • 2023年8月4日

埼玉県在住、新進気鋭の詩人・向坂くじらさん(29歳)。
7月には詩も交えた初のエッセイ集、去年は初の詩集を出版しました。詩を作るだけでなく、詩の朗読ライブ、ワークショップ、そして、桶川市の自宅では、小学生から大学受験生までを対象にした国語専門の教室も運営しています。

多岐にわたる活動の中で向坂さんが伝え続けてきたのは、「詩」には決まりも答えもなく、自分の世界を広げてくれるということ。向坂さん自身、壁にぶち当たったときに支えとなったのが、自由に書き連ねることができる「詩」の存在でした。

タイパやChatGPTなど、いわば答えを早く求める時代、答えのない詩が持つ力とは…。
生きづらさを抱える現代人に寄り添うように活動を続ける向坂さんを追いました。

(首都圏局/ディレクター 竹野耕生)

“自由な想像で読んでほしい” 詩人・向坂くじらが紡ぐ詩とは

向坂くじらさんの詩の朗読ライブ

21歳のころから詩人として活躍する向坂(さきさか)くじらさん。
詩を書くかたわら、詩のワークショップや詩の朗読ライブを行うなど、少しでも多くの人に詩に触れてもらいたいと活動を続けています。

そんな向坂さんが、初めて詩を作ったのは5歳のとき。以来、高校生のときには小説を書いてコンクールに応募したり、大学では短歌サークルに入ったりするなど、ずっと書くことを続けてきました。

詩を本格的に書き始めたのは大学生のときです。短歌サークルの活動で、人前で作品は朗読していましたが、お客さんに対してどんな作品を読むか、お客さんがどう受け止めるのかを考えているうちに、内容に応じて長さ、形式、リズムのいずれも自分で自由に作ることができる詩への興味が強くなっていきました。自由であるというのは、何かをして前に進むということ。そんな感覚も、詩の好きなところだといいます。

去年出版した初めての詩集「とても小さな理解のための」。
そこには、家庭や日常生活など身近な世界を舞台に、どのように他人と関わるのか、自分と人を隔てる境界線はどこにあるのか、その感情や感覚が、46編の詩で表現されています。

線とハサミ

美容院で 子どもが泣きさけんでいた
店じゅうの鏡がびりびりふるえている
なにごとだろうと思っていると
お母さんが笑いながら肩をさすっていう
 りいちゃん ちがうのよ 痛くないの!
 かみの毛はね 切っても痛くないの!
 いや! いたいの! いたいの!
さきっ と 耳元が鳴って
わたしの髪に最初のハサミが入れられる
わたしはおとなだから痛くも怖くもない
けれども どうしよう
りいちゃんのつやつやに尖った髪がはじめて切り落とされるとき
そこからとめどなく血が流れだすんだったら
さきっ さきっ
線を引いて暮らしている
どこまでが自分で どこからが自分でないか
足元に落ちた髪 わたしではない
ニュースのなかで死んだ人 わたしではない
子ども ちょっと前までわたしだった
ときどき その線引きをまちがえて
血の出ないところを自分だと思い込む
あるいは血の出るところをうっかり切り落としてしまう
わたしもずっと さけびたかったような気がする
 いたいの! いたいの!

やがて りいちゃんはかわいいおかっぱになり
すっかりにこにこ
わたしの髪とりいちゃんの髪
美容師さんのちりとりのなか
重なりあって眠っている

向坂くじら「とても小さな理解のための」より

詩人・向坂くじらさん
「作品をどう受け取られたいかという気持ちはありません。ありきたりな結論には至らない。何を言っているのかあまりわからないけど何かを言っている感じがして、それをわかりたいという気持ちが自由な想像をかき立てるみたいな。そういうところに行くといいなと思うんですよね。

私が読者としてそういう作品が好きだからというのは大きいと思います。準備された結論に至るような作品だと、世界が閉じてしまうし、単に読者としてつまらないです」

答えがある受験勉強 答えがない詩 両方を学ぶ国語教室

向坂さんは、いま、子どもたちに向けて国語専門の教室も開いています。

対象は、小学3年生から大学受験を目指す生徒まで。一軒家の一室を改装した教室には、約1000冊の本がずらり。文法の参考書や漢字ドリルだけでなく、事典、図鑑、小説、詩集など多種多様な本が並びます。

授業は自学自習形式。生徒ひとりひとりのペースや興味に合わせて指導しています。
授業で向坂さんが大切にしているのが“答えがある”受験に向けた国語指導“答えがない”詩など文章の創作の両方を行うことです。

大学生のころから、国語の家庭教師や塾の講師として解き方の説明や暗記の指導を行ってきた向坂さん。一方で、詩の先生として出張授業やワークショップで自由な表現や解釈も指導してきました。
長い間バラバラにやっていた中で、その2つの間に距離があり両立できていないことに違和感を持ち、ひとつの場所で“両方”をやりたいと思うようになったといいます。

向坂さん
「世の中、全部が全部Q&Aで答えが出ることとか規則・文法が決まっていることとかではない。だからといって全部が全部、これはひとりひとりの考え方だから答えがないよねというのも違う。

まずは国語の力、書く力、読む力をつけ、そして、詩を作る。答えがない創作というのは複雑な現実の問題とつきあっていくのと同じでタフですが、固有の考えを持ち、強くなっていけると思うんです」

この日は小学6年生の授業。授業は2時間。最初の1時間は主に文法の指導を行い、後半の1時間は作文の時間にしました。
作文を書き始める前に向坂さんが行うのは、生徒との「対話」です。「“書く”前には必ず、“感じる”“考える”プロセスがあるはず」なので、そうした感情や考えを引き出すためです。

向坂さん

こんなことがありましたっていう日記みたいなものを書いてみる?最近何かいいことあった?

教室の生徒

先週の土日にお父さんの会社の山荘に行きました。

誰と行ったの?

お父さんの会社の友達。お母さんも交流があって…

どんなところ?

これ(写真を見せる)

小さくてかわいい!

対話のあとは、書きたい内容をおおまかにメモに書き出してもらい、それから作文用紙での清書へ。すると、生徒の筆が止まらなくなってしまいました。

長い…

長いね。書いているうちに書くことがどんどん増えてきた感じかな?

答えがない作文作業で、あれこれ考えが膨らんでしまったようでした。
結局、授業時間内に書き切ることはできませんでしたが、作文の中にはすでに生徒本人のリアルな感覚が書き出されていました。
向坂さんはそうした「興味深い箇所」を積極的に見つけ、生徒に伝えていきます。

「温泉の湯だったので、いつもの家のお風呂より何倍も気持ちよく、お肌がツルツルになった気がしました」、これは超いい文だと思います。想像もできるし、状況もつかめる、めちゃ親切な文になった。細かく考えるの大変だったね。

ディレクター:熱心に書いていましたね?
「ちょっと大変でした」
ディレクター:作文はよく書くんですか?
「書かないです。作文はちょっと書くのが苦手。でもこの教室では毎週のように作文をしていて楽しいです」

向坂さん
「書きたいことがたくさんあふれているというか、書いても書いても終わりに向かっていかないという感じだったんじゃないかなと思います。作文を書いてもらうときはいつも本当に感動するし、あ!こんなのが出てきた!みたいな気分で見ています。
書いたり読んだりするのが楽しいと思うことがあってもらえればうれしいですね。」

「詩」で世界を広げる 悩み抱える若者を支援

向坂さんは、国語教室だけでなく、“答えがない”詩を通じて人々の世界を広げようと、子ども向けのイベントから大人向けのワークショップまで数々の活動を行っています。

精力的に行っているのが、就労支援施設などで行う「詩のプログラム」。悩みを抱える若者たちの支援です。

この日は、さまざまな理由から学校に行っていない生徒たちが通うフリースクールで中学生たちに授業を行いました。短い文を作り、お互いに発表して感想を言い合う授業です。
人それぞれ見方が違うこと、他の人が書いた文について想像が広がっていく経験を通して、自分が気づいていないことがあるかもしれないことを体験してもらうためです。

向坂さん

何か1行くらいで、当たり前のことを書いてください。“水を飲むと減る”とか“りんごは赤い”とか。

生徒Aさん

“クワガタがゼリーに勝った”

じゃんけんみたいなやつのことなのか。別に解説しなくていいです。

生徒たちは、各自が考える“当たり前”を自由に書き、さまざまな受け止めをしていきます。

生徒Bさん

“犬にかまれると痛い”

生徒Cさん

痛いけどね。うれしいんだよ

複雑な感情があるんだね。

生徒Dさん

“怒ると泣く”

すごいわかる。でも人によるかもね。でも全然いいです。君の普通で。

生徒
「周りの反応がすごくおもしろかったです。表現力がみんなそれぞれ違うし、視点も違う。個性も知れて楽しかったです」

向坂さん
「特別なことを書こうとしたわけじゃなくても、書かれたものはやっぱり面白いんですよね。書かれるものは極端に言えば何でもいい。同じ時間に同じ場所で同じお題をもらっていて、他の人が違うものを書いているな、びっくりするような事が出てくるな、そういうところを楽しんでもらえたらいいと思います。

人のを見て面白いなとか、人のを見て予想から外れる…そういう経験を通して、自分の書いたものもいろんな形で受け取られる可能性があることをわかってくると、岐路が開けるのかなと。
書くこと読むことが、世界を広げる良い手段だと思っています」

就職活動の苦悩を通して気付いた「詩」の価値

向坂さんが若者支援に積極的に取り組むのは、就職活動への問題意識があるからです。向坂さん自身、就職活動では大きな苦悩を経験しました。

向坂さん
「60社くらい落ちたんじゃないですかね。自分が社会の中で生きていかれる場所っていうのがないんだなっていう気持ちはすごくありました。就活しているときは、組織の中に入って働くっていうことが社会に出る唯一の道みたいな感覚に陥っていました」 

就労支援講座で教壇に立つ向坂さん

働くことと生きづらさについて考え出した向坂さんはその後、就職を支援する企業に職を得て、若者たちを支える側になりました。

そこで問題意識がさらに大きくなります。多くの若者たちが就職に行き詰まり、自暴自棄にすらなっている姿を目の当たりにし、違和感を覚えたからです。

向坂さん
「当時、就職活動中の自殺のニュースを見たこともありましたし、就職支援をする中でも、仕事探しでしんどい思いをしているとか行き詰まっている人たちにたくさん会いました。そういう人たちに対して『自己PRを考えましょう』とか、『自分のこれまでやってきた活動の履歴を書き出して、そこに共通する軸を見つけましょう』とかよく言われていました。

でも、何がやりたいかわからないときに、自分にまなざしを向け、自分を振り返って考えるみたいなことを言われても、必ずしも一貫性があるわけじゃないと思うんです。

人から評価されやすいところをピックアップしてつなげようとしても、結局自分って何もないなということになっていく。そこからやりたいこと、できることを探そうとしても、しんどいばかりになってしまうみたいな」

自分の中に答えを探すことを求められ行き詰まる若者たち。向坂さんは、逆に、自分の外に目を向けることが“生きやすさ”につながるのではないかと考えました。そして、自分の世界を広げることができる詩が何か役に立つのではないかと、「詩人」として多岐にわたる活動をするようになったのです。

向坂さん
「自分のことを一旦置いておいて、外で何が起きているか、世界がどんなふうになっているかを見る、考えるみたいなところから仕事探しや自分が何を行うか、考えを出発することがあってもいいんじゃないかなと思っているんです。

それは私にとっては詩と同じ考え方です。詩によって自己理解が深まるとか、自己表現ができるとか、そういう風には全然考えていません。

それより、詩を読んだり書いたりすることで自分が世界をどのように見ているのか気付けたり、試されたりする感覚があって、読み書きをすることで自分から離れられると思うんです。そういう心を持って暮らすということは、私にとっては生きやすさにつながっています。

塾でも若者を支援する場でも、そういうことを教えたいと思っているし、そのために詩を書いたりライブをしたりしているという意識は常にありますね。」

詩「ぶん」 4年越しで作り上げた詩に込めた思い

ことし3月、向坂さんは、着想から4年の時を経てあるひとつの詩を書き上げました。
さまざまな活動を続けるかたわらで、いつか詩にしなければ…と思い続けていた感情が、「ぶん」という詩となって紡ぎだされました。

ぶん

おなかに胎児が住みはじめてから
姉はすっかりふたりぶんである
ふたりぶん食べてふたりぶん眠る
おまけにふたりぶん働きたがるものだから
ひとりの身体じゃないのだよ
と 父がいさめた
みな 姉をふたりぶん大切にしたがるのだった

わたしはといえばぴったりひとりぶんで
窓ぎわに姉が坐れば 黄色い砂が飛んでこないよう
カーテンをしめてやった 日陰をきらう姉は
すぐに開けてしまうのだったが

ところが
祝日に訃報がやってきて
それからはわたし
ひとりぶんにも少し 欠けてしまった
左肩のあたりが空いてすうすう痛む
竜巻のような電話をする友だちだった
唐突で 肝心なところになるとよく聞こえなくて
いつも向こうの方が早く眠った

わたしも ふたりぶんだったのだ
おまえ いつのまにか
おなかではなく 左肩のところに
住んでいたのだね 自分の少しを
夜ごとのさびしい電話で
わたしの身体に忍ばせていたのだね
あるいは ふたりぶんだったのはおまえ
わたしの左肩あたりを
くだものをとるように少しずつとって
いっしょに持っていってしまったのだね

ぴったりひとりぶんだなんて
いまになってみればおかしい
小鳥の声も 石ころさえも わたしの手には入らないのだから
わたしの命 などという 大それたものが
わたしひとりのものであるはずがない

姉がカーテンを開けはなつ
黄色い砂あらし 勢いよく舞いこんで
わたしたちの身体の底にうずまく


4年前の2019年、向坂さんはひとりの友人を亡くしました。
その時強烈に感じたのが、自分の体が自分のものだけではないということ。それを詩で表現したい、しなければと感じ続けてきたのです。

ライブで魂の朗読 詩の持つ力を信じて…

6月上旬、詩「ぶん」は、朗読イベントでも披露されました。
向坂さんは、ギタリストとのユニット「Anti-Trench」で詩の朗読を行うほか、個人としても朗読イベントに出演しています。
この日は、東京・渋谷で行われた、バンドの即興演奏に合わせて詩を読むイベント「POETRY BOOK JAM」に参加。向坂さんは、演奏に合わせ詩「ぶん」を読み上げたあと、会場の観客に向けて訴えました。

向坂さん
「生きているだけですばらしいとは考えていない。命がかけがえなくて、美しいなんていう事は当たり前のことであって、その当たり前のことを何回も思い出さないといけない、言い直さないといけない状況の方がおかしいと思うわけですよ。命が美しくてかけがえがないなんていうことは当たり前じゃん。だからその先に行きたいと思うわけ

命が自分だけのものではないということを考えるようになって、命をどうしたらできるだけたくさんの人のほうに開いていけるのかと思うの。命は美しくてかけがえなくて、私の考えでは、小さくて丸いの。だから、すぐ閉じようとしてしまうの。だから、それをなんとか閉じないようにしたい。生きているだけでよかっただけで終わらないように

観客

すごく勇気が出るというか、生きていることそのものを肯定するような部分を感じて印象的でした。

観客

全部のことばの意味が受け取れているわけではないんですけど、そのクリアじゃないところも含めて楽しめたのと、聞けてよかったなと思います。私がふだんから思っていたけど言えなかった、ことばにできなかったようなことを言い当ててもらったような気がしました。

詩を書き、人前で朗読し、ともに作ることを続けてきた向坂さん。
詩が持つ力を信じて、詩人・向坂くじらのことばを紡ぎ続けます。

詩人 向坂くじらさん
「詩人を名乗ると決めた以上は、詩人がするべき仕事とか、できることは全部やろうという気持ちがあります。詩人をやって教室を開いて、出張授業もやる。ワークショップの先生もやるし、ライブもやるし、どんどん増えてきた感じです。

就職活動のときに自分が生きていける場所がないんじゃないかと感じたことへの腹いせもあり、自分で仕事を見つけたり作ったりしながら、ふてぶてしく社会に加わり続けています

  • 竹野耕生

    首都圏局 ディレクター

    竹野耕生

    2009年入局。旅、土地、人に関心があります。

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