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不動産ブームの陰で損失相次ぐ “生活保護アパート投資”

  • 2023年5月26日

首都圏郊外にある築20年以上の中古アパート。 外観は古いうえ、駅からも決して近いとはいえません。 入居者の中には、なぜか生活保護の受給者が多く含まれていました。 

驚いたのが、こうしたアパートが投資物件となっていたこと。 そして、何人かのオーナーが損失を出していたことです。 

いったいどんな人たちが、どんな理由でこうしたアパートに投資するのか。 私たちは、関係者への取材を始めることにしました。 

「将来のために」アパートを購入

まず、気になったのがこのアパートのオーナーです。 
会うことができたのが、40代の川上さん(仮名)。 仕事は?と聞くと、都内のコンサルティング会社に勤めるサラリーマンでした。

 去年5月、川越市にある中古アパートを3100万円、全額ローンで購入したという川上さん。妻と4歳の娘がいます。将来の子どもの学費や老後の足しにしたいと考えて、初めてのアパート投資に踏み切ったと語りました。 

川上さん (仮名)
「自分の給料があがっていく見通しはなかったので、安定的な月々の収入を見込める不動産投資は比較的魅力的に見えました」 

川上さんが購入した時、アパートは満室でした。 
月々の家賃収入は合計およそ33万円。ローンの支払いをしても11万円あまりが残る想定でした。固定資産税や修繕費などの費用はかかりますが、18年ローンを完済すれば、さらに利益が得られると考えていました。 

こうした川上さんの見込みを支えたのが、実は多くの入居者が受けていた生活保護でした。売主の不動産会社が、生活保護受給者の家賃に設定したのは4万2000円。 これは、この地域の物件を取り扱う不動産会社によると、周辺相場の1.5倍ほど高い家賃だといいます。

川上さん(仮名) 
「私はアパート投資が初めてだったのですが、こういう物件はよくあると言われたので、そういうものなのかなと思いました」 

生活保護がもうかる理由は

これは、どうしたことなのでしょうか。 
取材すると、これには自治体が生活保護受給者に家賃を支給する「住宅扶助」の制度が関係していることが分かってきました。 

住宅扶助は地域ごとに上限額が定められていて、同じ都道府県でも都市部ほど高くなります。

川上さんのアパートがある川越市では上限が4万2000円。このアパートの家賃は、上限と同じ額で設定されていたのです。 

オーナーからすれば、「住宅扶助」があることで滞納のリスクも減少します。 つまり、収入がよくリスクも低い魅力的な物件になるというのです。 

住人が次々にいなくなり赤字に

しかし、高い収益が見込まれたはずの川上さんのアパートにまもなく異変が起きます。 8部屋のうち5部屋の住人が1年以内に、連絡なく相次いで退去したのです。 

「こんなにバタバタ出て行くとは想定していなかった」という川上さん。 すぐに入居者を募りましたが、思うように集まりませんでした。 結局、家賃を4万2000円から2万9000円まで下げざるを得なかったといいます。 

月々の家賃収入は一時、想定の半分以下に減り、貯金を崩してローンを返済するように。損失は年間およそ100万円にのぼりました。 

川上さん(仮名) 
「えさを与えられてパッと食いついてしまった。自分もある程度、もうけたいという欲があってやっているので、売主を責めたい気持ちが8割くらいあるが、2割は自分のせいだという気持ちです」 

無断退去 他のアパートでも

取材を進めると、川上さんと同じように投資経験の少ないサラリーマンがアパートを購入した後、生活保護を受ける住人が相次いで連絡なく退去し、損失を出しているケースが複数あることがわかりました。 

5000万円あまりでアパートを購入した男性
「無断で退去するというのは想定していなかったし、出ていく人が多かったので、これはちょっとひどいなと」

3000万円あまりでアパートを購入した男性
「生活保護を受けている方は市町村から安定的に賃料を払ってもらえるので未納リスクが少ないと思って購入しました。収益をよく見せる細工がされていのではないかと今になって思います」

生活困窮者を集めていたのは?

経緯を探るため、私たちはアパートの入居者たちに話を聞くことにしました。 
すると、30人あまりへの取材で、興味深い事実を得ました。いずれの物件でも生活困窮者の支援を行う、都内の一般社団法人が自立支援をうたい、入居を促していたことがわかったのです。 

一般社団法人のあっせんで入居した男性
「1人で公園にいたら、『仕事はしているのか?』などと声をかけられました。 『私ども部屋を貸せるので』と言われた。怪しいので断ったが、しつこかったので、 指示された物件にその日のうちに入居しました」 

一般社団法人のあっせんで入居した女性
「住む家がなく、ホームページから連絡をしました。 仕事をしながら生活を立て直したいと思っていたが、生活保護を申請しないと、ここには住めないと何度も申請を迫られました」 

実態は一般社団法人と不動産会社の共同ビジネス?

取材から、この一般社団法人が生活保護受給者の入居に関わっていたと確認できたアパートは東京、埼玉、神奈川で少なくとも8棟あることが確認できました。

さらに、売買の記録を調べると、これらのうち7棟を投資家に販売したのはいずれも首都圏に事務所を持つ3つの不動産会社でした。そこで、3つの不動産会社と一般社団法人の登記を調べてみると、実はそれぞれの事務所の住所が一致。そのつながりが浮かび上がってきました。 

さらに、これらの不動産会社の内実を知る人物にも接触できました。こちらがそのつながりを聞くと、こんな話を口にしました。

内情を知る不動産関係者
「自分たちが売りたいと思う空き物件に生活保護者をつれてきて、満室になったら高値で売り渡す。単独の企業ではできないと思います」 

なぜ住人の無断退去が相次ぐのか

もう1つ、大きな疑問だったのが「なぜ多くの入居者が無断で退去するのか」です。 すると、無断退去の理由に心当たりがあるという人がいました。

一般社団法人のあっせんで入居した男性

「アパートが売却された直後に一般社団法人のスタッフが自宅に来て、他の物件への引っ越しをすすめられた」というのです。この男性は体調がすぐれないことなどを理由に断ったといいますが、同じ頃、顔見知りの入居者たちが相次いでいなくなったといいます。

一般社団法人のあっせんで入居した男性
「ここで落ち着いて暮らしたいみたいなこと言ってたのに、突然いなくなった。 空き家を埋めるコマにはされてたのかなと思う。自分もビジネスのパーツだったのかなと感じた」 

一般社団法人が関わる物件がある自治体にも取材すると、 「入居から数か月以内に生活保護受給者が相次いで退去する事例が複数のアパートで起きていることを確認している」と証言しました。 
 
取材から浮かび上がってきた不動産ビジネスの構図。私たちは一般社団法人と不動産会社3社に取材を申し込みました。 すると、中心的な役割をしていると語る不動産会社の代表が電話でインタビューに応じました。 

Q. 一般社団法人と不動産会社3社の関係を知りたい。 

(代表)お互いに協力しあいながらやっていると思います。グループかと言われればグループかもしれない。 

Q. 不動産ビジネスに生活困窮者を利用しているのではないか? 

生活保護受給者で空室を穴埋めして転売するビジネス…かたち上、そのようになってしまったんですよね。生活保護の人が入居しているときちんと説明して売却しているのですが、投資家の方も実際にやってはじめて実情がわかったのかなと。 
これまでにこのような物件を10数件売却しましたが、今はやっていないです。 

Q. 一般社団法人が関わった物件で無断退去が相次ぐのはなぜか。 

うちが住人を横から抜いているといううわさがありますが、そんなことはやっていないです。投資家の人たちが困っているなら買い戻しをしてもいいですよ。 

今回の取材結果を、不動産ビジネスに詳しい専門家にも伝え、その問題点をうかがいました。 

明海大学 不動産学部 中村喜久夫教授
「話をうかがった限りではただちに違法とはいえません。ただ、入居者を短期間で引き抜き、別の物件を売るのに使っていたのであれば、違法であるおそれがあります。それがなければビジネスの範ちゅうとなりますが、普通の取り引きとはいえません。不動産投資というのは、メリットだけでなくリスクを十分検討することが大切です」 

もうけ話の甘いわなに注意を

今回の取材で感じたのは、サラリーマンがアパートの投資に関わることのリスクです。今、日本では政府も「貯蓄から投資へ」というスローガンを掲げるなど、不動産を含む投資ビジネスが盛んに行われています。ただ、専門家も指摘するように、投資にはメリットとデメリットの両面があり、その取り引きはプロでもリスクを伴うものです。 
 
それを自覚しつつも、普通のサラリーマンも参入しつつあるという現実は、投資のリスクへの知識のなさなのか、それとも、それほどまでに将来不安が強いのかと、考えさせられます。また、こうしたビジネスのいわば道具のように生活困窮者が巻き込まれていた実態も見過ごすことはできません。 

不動産投資の光と影を、今後も取材し続けたいと思います。

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