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きょうだい児 「自由に」ってどう生きる?「好きに生きて」に傷ついた

  • 2023年5月22日

家族との思い出が詰まっているはずのアルバム。

ところどころ写真が抜き取られ、ぽっかりと空白があります。

「燃やしちゃったんです。全部、灰にしたかった」

自由に生きていいはずなのに、うまく生きられない。

女性が抱え続けた苦悩とは。
(宇都宮局/記者 梶原明奈)

弟中心が当たり前

女性の名前は、相馬朋恵さん(45)。
知的障害のある5歳下の弟がいて、長年、栃木県内で両親と一緒に弟の世話をしながら暮らしてきました。
幼いころから、相馬さんの生活の中心は、いつも弟でした。
弟はことばが話せないため、1人で外に出かけてトラブルに巻き込まれても、助けを求めることができません。

相馬さんが高校生になった時、放課後に友達と遊んでいると、帰りが遅いのを心配した弟が迎えにきたことがありました。夕食の準備をしていたはずの母が手を止めて付き添っていました。

その光景を見た相馬さんは、毎日なるべく決まった時間に家に帰り、夕食を食べ、寝るという生活を送るようになりました。

そしてそれはいつしか、当たり前のことになっていき、疑問を抱くこともありませんでした。

自由なのに自由じゃない

相馬さんに転機が訪れたのは、高校を卒業し、県外の短期大学に進学した時でした。
初めてのひとり暮らし、初めて手に入れた「自由な時間」。
好きなだけ本を読んだり、友人と一緒にパズルを何時間も解いたり…最初は驚きとわくわくでいっぱいでした。

でも、そんな楽しい時間はつかの間でした。
しだいに、体験したことのない苦しさが押し寄せてきたといいます。

相馬朋恵さん
「驚きとか喜びはほんの一瞬で、そのあとにむなしさを感じるようになりました。
むしろ弟を否定するようなことになるんじゃないかとか、家族の負担を増やすんじゃないかとか考えるようになってしまった。弟の世話がないからといって、自由になったわけではなかったんです」

相馬さんは徐々に心と体のバランスを崩して、人に会うことができなくなってしまいます。
病院でうつ病と診断され、半年以上、真っ暗な部屋に閉じこもって過ごしました。

「自分の存在を消してしまいたい」

そんな思いに駆られ、自宅にあったアルバムから自分の写真を抜き出して、ほとんど燃やしてしまったのです。

悩みは今も

相馬さんはその後、理解者だった祖父の助けを借りてうつ病を克服します。
しかし、弟に関する悩みが消えたわけではありませんでした。

弟は幼いころと変わらず、ことばを話すことはできません。食事や入浴、身の回りの世話がいまも必要で、目を離せません。
弟の世話をしている両親は、すでに70代。
もしこの先、両親の介護が必要になったら、自分はどうすればいいのか。
両親亡きあとの弟の世話は? 先のことを考えると、不安でおしつぶされそうだといいます。

「きょうだい児」とは

相馬さんのように、病気や障害のある兄弟姉妹がいる人たちのことを表すことばがあります。「きょうだい児」といいます。

「きょうだい児」は、幼い頃から親が兄弟姉妹のケアに追われてさみしさを感じたり、兄弟姉妹の行動に恥ずかしさを感じたりするなど、特有の悩みを抱えるケースがあるといわれています。

そしてその悩みは、子どものころのみならず、成長してからも、進学や結婚、そして親が亡くなったあとまで続く場合もあるのです。

当事者の支えに

いま、全国各地で暮らす「きょうだい児」たちが、気持ちや悩みを打ち明ける場が増え始めています。
このうち2018年に開設されたWEBサイト、「Sibkoto(シブコト)」は、障害のある兄弟姉妹がいる当事者たちが立ち上げました。登録者は1700人以上にのぼっています。

就職して兄弟と離れても、「他人のために 働いている場合なのか」と感じてしまう

悩みが「重り」として一生ついている気分だ

相馬さんが立ち上げた「きょうだい会」

こうした動きに影響を受けて、相馬さんも2021年の秋に「きょうだい会」を立ち上げました。
うつ病に苦しみ一人で悩んできた経験をもつ相馬さんは、20年以上、「自分の気持ちを誰かに相談できる場があれば」と思い続けていました。今なら、自分と同じ立場の人たちの力になれるのではないかと、行動に移したのです。

会は2か月に一度。当事者どうしが実際に顔をあわせ、気持ちを打ち明けます。
参加者のなかには、自分の思いを隠して生きてきた人たちも少なくないといいます。

相馬さん
「障害のある兄弟姉妹とどう関わっていけばいいのか、親との確執をどうすればいいのか、という声もあるし。
「これだ」という完全なる悩みを持っている人だけではなくて、何をどうしたらいいのか、まだ見つけられない人も多いです」

相馬さんはこの会が、さまざまな境遇に置かれた「きょうだい児」たちにとって、長く通い続けられる居場所になればと考えています。

「好きに生きていい」 に傷ついた

「きょうだい児」として生きてきた相馬さんが、多くの人たちに知ってほしい、ある思いを話してくれました。

相馬さん
「『自分の道を好きに生きていいよ』『きょうだいのことを考えないで、自分のことだけを考えて生きていいんだよ』
この言葉はすごく正論です。でも、それができなくて傷つく人もいるということを心のどこかで知っていてほしい」

自分の好きに生きられたなら、とっくにそうしている。
でも、それができないから辛い。できないから悩んでいる。
「自分の好きに生きていい」というのは、一見、相手を思いやっているようなことばですが、傷つく人もいるのだと相馬さんは教えてくれました。

あなたも思い返してみて

あなたの周りにも悩みを抱えた「きょうだい児」がいるかもしれません。
顔が思い浮かんだ人もいると思います。

その人は、どんな表情をしていますか?
その人の兄弟姉妹についてどう思っているか、話を聞いたことはありますか?

その人があなたに、心のうちのすべて話してくれるかはわからないし、抱える悩みが、すぐに解決するわけではないかもしれない。
でも、話を聞いて、一緒に考えることならできるのではないでしょうか。
あなたの行動が、「きょうだい児」の支えとなるかもしれません。

  • 梶原明奈

    宇都宮局 記者

    梶原明奈

    栃木県政と宇都宮市政を担当

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