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インボイス制度 影響どこまで?経営難の不安や人手不足も?

  • 2022年12月16日

来年10月から導入される消費税の新たなルール「インボイス制度」。これまで免税事業者だったフリーランスや小規模事業者の人たちの負担増になると不安の声があがっていますが、取材を進めると、新型コロナ、物価高に続く三重苦への不安、業界によっては経営難や人手不足など、より深刻な事態にもつながりかねない状況が見えてきました。
(首都圏局/ディレクター 有賀実知)

「適格請求書」で消費税控除 インボイス制度とは

インボイス制度は、消費税率が10%(標準税率)や8%(軽減税率)と複数の税率になったことに伴って、納税額を正確に把握するために国が導入を決めました。事業者間の取り引きでは、税率や税額を正確に記載した「インボイス」(適格請求書)と呼ばれる書類が新たに使用されます。

消費税の納税では<売り上げにかかる消費税>から<仕入れにかかる消費税>を差し引いて納税する「仕入税額控除」を受けることができますが、来年10月からは、原則として仕入れ先から発行されたインボイスを保存しておくことが控除を受ける条件となります。

取引先から“インボイスを発行して” 登録求める動き

インボイスを発行するには事前の登録が必要です。こうした中、取引先の事業者から登録手続きを行うよう求められる動きがすでにおきています。

都内で個人事業主として働き、トイレやお風呂、キッチン設備のメンテナンスや交換をしている鈴木さん(仮名・50代男性)。仕事のほとんどは住宅機器メーカーのA社から請け負っています。
ことし7月、A社を訪れた鈴木さんはある通知を手渡されました。

『2023年10月1日より、インボイスを発行していただくことを基本方針としています』

内容は、来年10月以降、仕事を発注した際にはインボイスを発行するよう求めるものでした。その後、鈴木さんや、同じくA社と取り引きのある個人事業主に対して、事前の登録手続きを行ったかどうかを尋ねるアンケート調査が複数回行われているといいます。

鈴木さんは、こうした求めを受けても、登録手続きを行うことにはためらいを感じています。

インボイスを発行できるのは「課税事業者」のみ

インボイス制度では、インボイスを発行するための登録ができるのは課税事業者のみとされています。しかし、鈴木さんは年間売り上げが1000万円以下で、消費税の納税を免除されている免税事業者にあたります。そのため、インボイスを発行するには、課税事業者になって新たに消費税を納める必要があるのです。鈴木さんは、その負担の大きさに不安を感じていました。

鈴木さん(仮名)
「通知は、私たちが課税事業者となることが前提で、そうでなければ仕事がもらえなくなると感じました。しかし、課税事業者になれば、仕事を続ける限り消費税を納め続けなければならないので、実質、増税です。将来は国民年金しかもらえないので少しでも貯金をしておきたいですが、そういう余裕がなくなってしまいますね」

新たな消費税の負担は年間で約20万円

鈴木さんは年間550~600万円ほどの売り上げがありますが、経費を差し引いた手残りは120万円ほど。子どもは独立し、専業主婦の妻と2人で暮らしています。自宅を事務所にしていて、家賃などの一部が経費に含まれているため生活していける額だといいますが、課税事業者になった場合は、ここからさらに20万円ほどの消費税負担が生まれます。

【鈴木さんの年間の収支】
売り上げ…約550万円
経費  …約430万円 (仕事で使う車の減価償却費、メンテナンス代、ガソリン代、工具代、
           家賃・駐車場代・通信費・光熱費の一部 など)
手残り …約120万円 (税・年金・国民保険料を納める前)
課税事業者になった場合の消費税負担…約20万円 

※課税売り上げがすべて税率10%の対象として、簡易課税制度(第4種)を選択した場合。
※12月1日現在、政府が検討している負担軽減措置が行われない、または適用期間が終了した場合の負担。

A社からの通知には、免税事業者に対して「負担を少しでも軽減できるような措置を検討する」と書かれていますが、現在まで具体的な連絡はなく、鈴木さんは、対等な交渉をおこなうことは難しいと感じています。

鈴木さん(仮名)
「これまでの契約は1年ごとに更新で、データで送られてきた契約画面に承諾をするだけ。価格交渉などもないですし、提示された金額に自分が応じるか、契約を更新しないかの2択でした。最近は、同じ仕事をより安い報酬で派遣社員の方がやるようになってきていますし、提示されたものに従うしかないと思っています。相談できる組合や窓口もありません」

“免税事業者だから取り引き中止” “価格据え置き”などのケースも?

公正取引委員会は、下請け事業者が課税事業者にならないことを理由に、取り引きの打ち切りを一方的に通告したり、課税事業者になったにも関わらず、価格の交渉に応じずに、一方的に従来通りの単価を据え置いて発注したりする行為があれば、独占禁止法や下請け法上の問題になりうるとしています。

一方で、インボイス制度に詳しい日本大学法学部の阿部徳幸教授は、実際には法律で守り切れないケースが多く出てくるのではないかと指摘します。

日本大学法学部 阿部徳幸教授
「本音は『インボイスを発行してもらえないから』ということでも、その他の理由をみつけて取り引きが打ち切りになるというケースは十分ありうると思います。単発で依頼するような仕事であれば、単純に仕事の依頼が来なくなったというだけで、取り締まれるものではありません。
また、取り引き価格は、“一方的”ではなく交渉した上で双方が納得して設定をしていれば、結果的に価格が引き下げられていても、下請法上の問題とはなりません。個人・零細事業者は、1社からしか仕事を受けていないことも多く、取り引きを打ち切られては困るという経済的な力関係がある中で、納得せざるを得ない場合もあるでしょう。そうした人たちが内部告発を行うことができるかどうかという問題もあります」

新型コロナに物価高 インボイスで三重苦に…飲食店の不安

インボイス制度の導入が、新型コロナや物価高に加え、経営にさらなる影響を及ぼすのではないかと心配する店もあります。
東京 北区で5年前にフランス料理店を開業した渡邉美由紀さんです。

渡邊さんは、新型コロナの影響で店の営業時間などが制限されたこともあり、この2年あまり、事業者からのお弁当の受注や、他の飲食店へ手作りのソーセージの卸売りを行うことで、売り上げを守ってきました。特に、お弁当の注文は売り上げの4分の1以上を占め、年間契約で毎月注文がかかることから、安定した収入源になっています。

店に来る一般の客に対してインボイスを発行する必要はありませんが、こうした事業者間の取り引きがある場合、インボイスを求められる可能性があります。
また、店には会社員の人などが仕事の接待や飲み会で来店することもあり、毎月10組以上は、領収書を求められているといいます。今後はインボイスを発行できなければ、店を利用してもらえなくなるかもしれません。

渡邉美由紀さん
「取引先からの通知はまだありませんが、『インボイスを発行して』と言われては困るので、自分からは尋ねられません。客足も新型コロナで不安定なので、免税事業者のままでいて、売り上げが減るリスクがどれだけあるか、まだわからない状況です」

“消費税分を価格に反映するのは難しい”

もし課税事業者となった場合でも、渡邉さんは、消費税分を店のメニュー価格に反映することは簡単ではないといいます。

渡邉さんの店では、輸入している牛肉などの価格が高騰している影響を受けて、ことしに入ってから50~100円ほど料理やお酒の値上げを行いました。その上、さらに消費税分を値上げするとなると、客が減ってしまう心配があるのです。

渡邉さん
「この地域は低価格帯の飲食店が多いので、フランス料理は割高に感じる人が多いと思います。メニューの表記上は『税込み○○円』にしたとしても、実際には消費税分をまるまる値上げしてお客さんからいただくことはできません。値上げできない分は生活費を削ることになりますが、限界があります。これまで免税事業者だったことが優遇だと思うとしかたがないのかもしれませんが、できることなら課税事業者にはなりたくないというのが本音です」

“経営難や人手不足も…” 免税事業者を抱える「協同組合」への影響は

インボイス制度が始まると、業界自体の存続に影響が出るのではないかと危惧する声も上がっています。

軽貨物運送業を営む個人事業主が集まった協同組合「赤帽」は、組合員であるドライバーの約9割が免税の個人事業主で構成されています。その個人事業主が課税事業者に新たになり、インボイスを発行してくれなければ、組合の経営が難しくなるというのです。

赤帽のドライバーは、主に、個人的に得意先から依頼を受けるか、組合が共同受注した仕事を割り振られることで仕事を得ています。共同受注の場合、組合からドライバー(個人事業主)への業務委託となるため、組合が「仕入税額控除」を受けるには、ドライバーからのインボイスが必要になるのです。

「赤帽」の取り引きの流れ

2400人の組合員を抱える首都圏の組合、赤帽首都圏軽自動車運送協同組合に話を聞きました。

赤帽首都圏軽自動車運送協同組合 首都圏理事長 長谷川伸一さん
「赤帽は得意先の多くが企業なので、個人で依頼を多く受けている方は、課税事業者になることを選ばれると思います。組合からの仕事を多く受ける方に対しても、インボイス発行事業者になっていただくようお願いしているところです。赤帽は組合員さんの経済的な地位を向上するための組織で、共同受注で得た利益は最大限ドライバーに還元してきました。そのため、仕入税額控除ができないとなると、組合の運営自体が成り立たなくなってしまうんです」

進まない事前登録 ドライバーの離職も懸念

しかし、2400人の組合員のうち、11月末時点でインボイスを発行する登録手続きを済ませた人は、組合が把握しているかぎり、100人に満たないといいます。
この組合では、経営を成り立たせるため、来年制度が始まってからは、免税事業者のドライバーに共同受注の仕事を請け負ってもらう場合、組合が受け取る手数料を納税分だけ値上げする方針です。
組合で一律にしている運送料の値上げも検討しましたが、運送業界は低価格競争が激しく、赤帽への仕事が来なくなってしまう恐れもあるため難しいといいます。

70代男性のドライバー(免税事業者)への取材では、「国民年金しかもらえないので、生活の足しになればとドライバーの仕事をしている。自分は元気なうちは働きたいけれど、廃業するという人も出てくるんじゃないか」と話していました。男性の場合、年間売り上げから経費を引くと手残りは200万円ほど。課税事業者になった場合は年間18万円ほどの消費税負担になるといいます。

長谷川伸一さん
「はっきりいって、インボイス制度はドライバーにとっても、組合にとっても何もメリットがありません。ドライバーは高齢化が進んでいて、組合員の平均年齢は64歳です。課税事業者になってそれだけ消費税がとられてしまうのであれば、仕事を辞めてしまおうかという人も増えるのではないかと危惧しています。運送業界の人手不足はさらに深刻になると感じています」

政府・与党は負担軽減措置を設ける方向で検討

事業者の負担増が懸念される中、政府・与党は、納税額を抑える軽減措置を設ける方向で調整しています。具体的には、年間の売り上げ1000万円以下の事業者が課税事業者になった場合、仕入れでいくらの消費税を払ったかは関係なく、一律で売り上げにかかる消費税の2割を納めればよいという措置です。この措置は、来年10月の制度開始以降、3年間実施する方向です。
このほか、年間の売り上げが1億円以下の事業者を対象に、仕入れ額が1万円未満の取り引きについては、インボイスがなくても控除が受けられる措置を6年間実施する方向で調整しています。

インボイス制度に詳しい前述の阿部徳幸教授は、こうした負担軽減措置が実施されたとしても、制度が始まればさまざまな影響が起こりうると指摘します。

日本大学法学部 阿部徳幸教授
「インボイス制度が始まると、事業者は新たな税負担や経理の手間を負うことになります。インボイスの発行は義務ではありませんが、実際には発行するしか選択肢がないという事業者も多いです。また、モノやサービスの値上げという形で、消費者にも影響があるでしょう。
免税事業者は、同じ売り上げであっても取引先が事業者なのか消費者なのかによって、助かる事業者・助からない事業者が生まれてしまい、公平な税負担にならない問題もあります。負担軽減措置も検討されていますが、時限的であり、制度の根本的な見直しとは言えません」

全国にはおよそ800万の事業者があり、そのうちの500万が免税事業者といわれています。取材を通じて見えてきた、事業の経営や自身の生活への不安。納税額を正確に把握する目的で導入されるインボイス制度ですが、事業者の人たちなどにどんな影響があるのか、今後も注視していきたいと思います。

  • 有賀実知

    首都圏局 ディレクター

    有賀実知

    2021年入局。貧困や人権の分野に関心を持つ。

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