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東京都立高校入試 英語スピーキングテスト “二兎追う都教委の矛盾”

  • 2022年11月14日

今年度の東京都立高校入試で、初めて導入される英語の「スピーキングテスト」。専門家からのさまざまな課題の指摘や、保護者からの不安の声が上がっていますが、そもそもこのテスト、どんな経緯で実施されることになったのでしょうか。導入の過程を取材すると都教委が1つのテストに2つの役割を持たせようとすることによる矛盾が見えてきました。

なぜスピーキングテストか

そもそも英語の「スピーキングテスト」は、なぜ必要とされたのでしょうか。
英語を習得するためには「読む」「聞く」「書く」「話す」という4つの技能を身につける必要があるとされています。

都内の中学校の授業の様子

今の学習指導要領では、小学校高学年から高校までを通して、この4技能を体系的に身につけることになっていて、中学校では、話すことを重視する英語の授業も積極的に取り入れられています。

また高校の英語の授業は、基本的に英語で行うことになっています。4技能のうち、「読む」「書く」の2技能は、従来のペーパーテストではかることができます。

また、「聞く」技能もいわゆる「リスニングテスト」としてテストの方式が確立し、都立高校入試でも行われています。
ただ、「話す」技能がどの程度身についているのかを問う問題は、全国的に見ても公立の高校入試で実施されたことはほとんどありません。

一方で、中学校にしてみれば、今行われている授業で、生徒が英語の「話す」力をどの程度身につけているのかを知ることは、生徒それぞれの長所や短所を知ることで個別の生徒の指導に役立てることが可能になることに加え、今後の授業改善にもつながるという考え方があります。

2つの役割で「スピーキングテスト」実施決定

都教委がまとめた実施方針

そこで都教委が必要だと考えたのが、中学3年生の英語の「話す」能力を評価するための「スピーキングテスト」を実施するということでした。

都教委が2019年2月にまとめた「実施方針」で、その目的として、中学校で学習した「話す」技能の習得状況を検証し、指導の成果と課題を検証し、指導の充実を図ることが示されました。
これに加えて「実施方針」は、結果を活用し都立高校入試で実施されていない「話すこと」に関する評価を導入することを示しました。

つまり、1つのテストに2つの役割を担わせることがここで決まりました。

実施方法は? 2か月で民間業者決定

その一方で課題となったのが、「スピーキングテスト」をどうやって実施するのかということでした。
都内の公立中学校の生徒全体の「話す」能力を評価するためには、3年生全員がテストを受ける必要があります。

受験する生徒の数はおよそ8万人に上ります。スピーキングテストと言う以上、8万人全員が英語を話し、それを評価しなければなりません。

人手も手間もかかるそんなテストを実施するノウハウは、都教委にはありません。
結局選ばれたのは、「スピーキングテスト」の実施先を実績のある民間の資格検定試験業者から公募で決めるという方法でした。
業者の募集が始まったのは「実施方針」公表の1か月後の2019年3月。

そのわずか2か月後、業者は大手教育サービス企業「ベネッセ」に決まりました。
「ベネッセ」は、大学入試や就職試験での活用実績がある英語の4技能をはかる資格検定試験を全国で実施しているといった実績があり、試験に利用するタブレット端末も独自に開発したものを相当数保有するなど、都の「スピーキングテスト」を実施するための体制が整っていることや安定した運営が期待できるとされたのです。

テストの方法は

都教委と業者で協議が進められた結果、都が実施する「スピーキングテスト」は業者側が実施している英語の資格検定試験をベースにした形で具体的な実施方法が決まりました。

生徒は業者が用意するタブレット端末を使い、示されたイラストの状況を英語で説明したり、自分の考えを話したりして録音します。この録音がその生徒の解答として採点されます。試験監督や採点はすべて業者の責任で行うことになっています。

こうした実施方針のもと、都教委はこれまで2回のプレテストを実施。新型コロナの影響で1年ずつ先送りされることになったものの、おととしは、500人程度を抽出したテストを、去年は、実際にすべての中学3年生およそ8万人を対象に行われました。

2019年に行われた“プレテスト”

上がる疑問の声

プレテストの結果をもとに成果や問題点を検証するなど、都教委はその後もスケジュールを予定どおり進め、結果を都立高校入試に活用する「スピーキングテスト」は、11月27日に実施されることになっています。

一方で、「スピーキングテスト」を入試に活用することについては、教育の専門家からさまざまな疑問点が指摘されているほか、受験する生徒や保護者から入試の公平公正が保てるのかといった不安の声があがっています。

実は、都教委が今回のスピーキングテスト導入を決め、実施業者が決まった同じ時期、英語の4技能をはかるテストをめぐって文科省や大学、高校関係者を巻き込んだ大きな論争が起きていました。

舞台は大学入試センター試験にかわる大学入学共通テスト。高校で生徒一人ひとりに英語の4技能が身につく授業を行うためには、大学入試で4技能を適正に評価する必要があるとして、共通テストに民間の資格検定試験を利用することが決まりました。

しかし地域によって受験機会に差が出ることや試験会場での管理体制の問題などから、入試に必要な公平公正の担保ができないといった反対意見が、受験生を抱える全国高校校長会からもあがりました。

共通テストを利用する側の大学からも検定試験の活用部分は使わないと判断するところもあり、結局この年の11月1日、共通テストへの検定試験導入の延期が決まりました。

くしくも国が延期を決めた前日の10月31日、都教委はスピーキングテストの1回目のプレテスト実施協定を「ベネッセ」側と結び、公表していますが、「ベネッセ」の実施する検定試験も共通テストで利用されることになっていたものの1つだったのです。

確かに全国レベルで実施され、50万人が受験する大学入学共通テストと都のスピーキングテストでは規模が異なりますから、それぞれの試験での民間業者の扱いについて国と都教委で異なる判断がなされたとしても問題があるとは言えません。

一方で、民間業者が行う試験を入試に利用することに対する公平公正への疑問にどう対処し、不安をどう解消すべきなのか、国の失敗から学ぶべきことは多かったはずです。

しかし、こうした点について都教委がホームページで公表しているスピーキングテストをめぐるこれまでの取り組みの資料からは、十分な議論がなされたのかどうか、読み取ることはできません。

二兎追うことのぜひは

もうひとつ、今回の「スピーキングテスト」で疑問なのは、英語の「話す」技能を確認し、指導の改善に役立てることを目的とするテストを入試に利用することの是非です。

前述のとおり、「スピーキングテスト」の実施方針では、その目的を『中学校で学習した「話す」技能の習得状況を検証し、指導の成果と課題を検証し、指導の充実を図ること』と明示しています。

この目的とほぼ同じ記述が、文科省が全国の中学3年生を対象に実施している「全国学力テスト」の実施要領の目的に掲げられています。
学力テストの結果について文科省は入試に活用できないとして、実施要領に明記しています。

都教委が行う「スピーキングテスト」の高校入試への利用について、文科省は「実施者である都道府県教委が判断するもの」との立場です。
こうしたダブルスタンダードのような対応も今回の問題をよりわかりにくくしていると指摘する教育関係者もいます。

行政ができないことを民間の知見を活用して行うこと自体は、否定されるものではありません。
ただ、入試には1つのミスも許されるべきではないという考えが強い中、受け入れ側のある都立高校の校長は、設置者である都教委が決めた以上、表だって異論を唱えることはできないとしたうえで、「民間業者に高校入試レベルの厳格なテスト運営ができるのか疑問だ」と話しています。
都教委には実施すれば終わりではなく、生徒や保護者の疑問は解消されたのかや本当に公平公正な運営ができたのかを含め、事後の検証が求められます。

  • 西川 龍一

    首都圏局 デスク

    西川 龍一

    1987年(昭和62年)入局 社会部、解説委員、沖縄局副局長などを経て、現在。教育問題や地方行政を長年取材。趣味は、ラグビー・ダイビング。

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