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トイレを貸してほしい!IBD=炎症性腸疾患に理解を

  • 2022年8月25日

「I know IBD ご遠慮なくどうぞ」 

このマーク、見たことありますか?
IBD(inflammatory bowel disease)=炎症性腸疾患という難病の患者にトイレを貸し出すことを示すもので、今、このマークを掲示する店が首都圏を中心に広がっています。
IBDの患者は、急な腹痛などに襲われることが多く、外出先でトイレをどうするかが大きな悩みです。
少しでも使えるトイレを増やし、外出先での不安を減らそうと始まった取り組みを取材しました。
(首都圏局/記者 氏家寛子)

わかってもらえない トイレの悩み

IBDに悩まされている、大学1年生の大和久元さんです。
高校3年生の夏、激しい腹痛で病院に駆け込んだところ、IBDのひとつ、潰瘍性大腸炎と診断されました。

IBDとは?
・潰瘍性大腸炎やクローン病といった腸に炎症を起こす難病。
・国内に約30万人の患者がいると推計され、若い世代にも多いのが特徴。
・下痢や腹痛、血便などの症状。
・急な腹痛に襲われることがあり外出先でトイレの心配をする患者が多い。

大和久さんも、かつては1日10回以上、腹痛でトイレに行くこともあり、薬で症状を抑えられている今も、トイレの場所の確認は欠かせません。好物のから揚げや繊維の多い野菜は、腹痛を引き起こすとして食事制限もありました。

しかし、それ以上につらかったのは、周りに“理解されないこと”です。
高校には親身に話を聞いてくれる先生はいたものの、同級生の中には体調不良で休みがちになったことをからかう人もいました。気持ちもふさぎこみ、学校からは徐々に足が遠のきました。

大和久元さん
「周りはみんな元気なのに、どうして自分だけがこんなことになってしまったのだろうと感じていました。月曜日から水曜日まで休んで、木曜日と金曜日だけ登校することもあったのですが、友達に『調子のいいようにおなかを調整しているな』と言われることもあって、本当に会いたくなくなってしまった」

コンビニでのつらい経験…

大学受験のため遠出した先で、こんな経験もありました。
急におなかが痛くなり、なんとかコンビニのトイレを見つけて駆け込んだときのことです。
安心したのもつかの間、声を掛けなかったことに腹を立てた店員に、ドアを激しく蹴られたのです。用を足したあと、病気を説明して謝りましたが、「そんなこと知らない!」と店員の怒りは収まらず。

IBDのことを理解されなかったことがとてもショックで、今でもあまり思い出したくない記憶だといいます。

“見た目ではわからないIBDを多くの人に知ってほしい”。

大和久さんは、そんな思いを込めて、この経験を新聞に投書しました。

朝日新聞2021年3月30日投書欄より

患者の声で プロジェクト動きだす

投書後しばらくたってから、思わぬところから反応がありました。
IBDの薬を開発する製薬会社からです。
この春、大和久さんが、記事に目を止めた後藤悦子さんに面会すると、あるプロジェクトについての相談を受けました。

IBDという病気のこと、多くの患者が人知れず苦しんでいることを、ひとりでも多くの人に知ってもらうための「I know IBD」というプロジェクトです。

その思いを目に見えるかたちにするとともに、患者の外出先での不安を少しでも軽減できればと、「トイレ貸し出しOK」を示すステッカーを作成。

薬局などには広まりつつありますが、ほかのさまざまな業種にも協力してほしいと、街なかの店舗などに協力を呼びかけ始めています。

この日は、都内のボタン店を訪ねました。

店の担当者にプロジェクトを説明

店の担当者

IBDのことを全く知らないのですが、トイレに特別な設備は必要ですか?

後藤さん

特別な設備はいりません。

理解が得られ、入り口にステッカーを貼らせてもらいました。
ステッカー掲示に協力する店は、飲食店やホテル、音楽スタジオにまで広がっています。プロジェクトを始めたことし5月以降、協力する店は首都圏を中心に100店舗以上に広がりました。

美容院では、ステッカーを見た客との間で、IBDについての会話が生まれることもあるといいます。トイレの貸し出しだけではなく、病気への“理解”が広がりつつあるのです。

美容院 Lond銀座店 Noaさん
「お客さまやスタッフの中にもIBD患者さんがいるのではないかと思い、協力することにしました。一種のインフルエンサーだという思いで、IBDという病気をみなさんに知ってもらえるように発信していきたいです」

デリケートな疾患 患者の気持ちに寄り添って

IBDについて、専門医で北里大学北里研究所病院 炎症性腸疾患先進治療センターの日比紀文医師に話を聞きました。

IBDはもともと欧米に多い疾患で、国内で増加している原因ははっきりとわかっていませんが、食生活の変化という指摘もあるそうです。根本的な治療方法は、今はありませんが、症状を薬で抑えられる場合もあり、状態がいい時はほかの人と変わらない生活ができるそうです。

ただ、排便やトイレに強く関わる病気で、若い患者も少なくないだけに、患者によっては、医師にすら症状を伝えるのをはばかってしまうデリケートな疾患だといいます。

北里大学北里研究所病院 日比紀文医師
「恥ずかしさを感じて、周囲に症状や要求を伝えにくい病気です。中には、伝えられないまま、トイレでさぼっていると誤解されてしまっている人もいます。プロジェクトを通じてIBDへの理解が浸透し、患者が差別されたり特別視されたりしない社会になればいいと思います」

見えない疾患だからこそ 気づきを

プロジェクトでは、今後もIBDについてわかりやすく学べる教材を開発するなどして、協力してくれる店を増やすのに取り組むことにしています。

アッヴィ合同会社 広報部 後藤悦子さん
「IBDは難病ですが、外見からは病気であることがわからず、患者は日常生活の中で、さまざまな“壁”を感じていると思います。プロジェクトを通じて、IBDへの理解が目に見える形で広がり、他者への配慮という気づきにつながればと思っています」

大和久元さん
「IBDに対する理解が広がってほしいです。プロジェクトが、世の中が変わる一歩になるのではないかと期待しています。困っている人がいたら声をかけてあげられる世の中になるように、自分自身も行動していきたいです」

取材後記

IBDの取材を進める中で、大和久さん以外の患者からも、症状への深刻な悩みや、理解されづらいことへの悲痛な叫びを聞きました。

50代男性 潰瘍性大腸炎
27歳で診断され、食事制限によるストレスのほか、トイレにも悩まされてきました。最もひどい時は、おむつをはいていました。職場が症状を理解してくれず、解雇された経験もあります。

50代女性 クローン病
勤務先の理解があり、調子が悪い時に配慮してもらえたことはありがたいです。ただ、症状次第では普通に働くこともできるので、“病気の人”と特別視せずに接してほしい面もあります。

患者の切実な思いから動きだした「I know IBD」のプロジェクト。
プロジェクトが、見えづらいトイレをめぐる“壁”を乗り越え、患者たちが“壁”を感じない、優しい社会になってほしいと願っています。

  • 氏家寛子

    首都圏局 記者

    氏家寛子

    2010年入局。岡山局、新潟局などを経て首都圏局に。 医療、教育分野を中心に幅広く取材。

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