山梨県産と言えば「ぶどう」、「桃」、「ワイン」がよく知られています。
しかし、いま山梨県ではここに県産の「水素」を加えて売りだそうとしています。
知名度アップに向けた取り組みを取材しました。
(甲府局/記者 青柳健吾)
3月、三重県の鈴鹿サーキットで、国内最大級の自動車耐久レースが開かれました。さまざまな自動車がコースを走る中、大手自動車メーカーが開発に取り組む次世代の車もレースに参戦していました。
その中で注目されたのが、トヨタ自動車が開発した水素エンジン車です。
水素を燃料に走り、走行時に二酸化炭素をほとんど排出しません。そして、この自動車が走るために不可欠な「水素」を山梨県が提供することになったのです。
レース前に開かれた会見で、トヨタ自動車の豊田章男社長も山梨県の新たな取り組みに期待を寄せていました。
トヨタ自動車 豊田章男社長
「エネルギーを作る人、運ぶ人、そして使う人、そういう仲間が増えてきた」
なぜ、山梨県の水素に白羽の矢が立ったのか。
実は、もともと水素の燃料電池の開発が盛んだった山梨県では、産官学が連携して水素を将来の産業の柱にしようと取り組んでいます。
山梨県で10年ほど水素事業に取り組んでいる、宮崎和也さんです。
案内してもらったのは、特に県が力を入れて開発を進めている「P2Gシステム」と呼ばれる水素を製造する仕組みです。
山梨県のこのシステムの特徴は、水素の製造過程で二酸化炭素を出さないことです。全国でも日照時間が長い山梨県。まず、太陽光で電気を作ります。そして水を特殊な膜を使って水素と酸素に電気分解します。
こうしてできた水素は「グリーン水素」と呼ばれていて、山梨県では将来、工業用の電力や熱を生み出すためのエネルギーとして使ってもらおうと考えています。
実際にこれまでも、山梨県内のスーパーマーケットに燃料電池を設置して店内の照明などとして使われたり、工場のボイラーを動かしたりしていて、国の支援も受けながら実証実験を進めてきました。
山梨県 新エネルギーシステム推進室 宮崎和也室長
「山梨県の持っている強みは、ワインだったり、観光であったり、水であったりとあるが、その中の一つとして、この水素燃料電池の技術が集積しているっていうのは、実はほかの県よりも大分進んでいます」
技術を開発していくベースは整っていると自信をみせた宮崎さんですが、県産水素を普及させていくためには、課題も感じているといいます。それは、「山梨県が水素を作っている」と知られていないことです。
今回、全国的に知名度が高いレースで世界的企業の車に水素を供給することで、「山梨県産の水素」の知名度向上につながるのではないかと考えています。
そして宮崎さんは、県産の水素の知名度が上がれば、水素利用のすそ野も広がっていき、普及のハードルになっている、天然ガスの5倍とも言われるコストの低減にもつながるのではないかと考えています。
山梨県 新エネルギーシステム推進室 宮崎和也室長
「山梨県がこれだけ力を入れて取り組んでいるっていうところを、十分に皆さんにお伝えできてないかなというふうに思っていました。全国的には水素というと福島県の取り組みは非常に知名度が高いのですが、実は山梨県もそれに負けないぐらい進んでいる。山梨県の取り組みが全国でも先進的な例で、今回のレースは、“これだけのものを送り出せる”というのを知ってもらう非常に良い機会だと思っています」
いよいよレース当日。宮崎さんもはるばる鈴鹿サーキットを訪れました。宮崎さんの前に水素エンジンを積んだ自動車が登場しました。そして、山梨県から運ばれたボンベに入った水素が、自動車に供給されます。
そしていざレースがスタート。この日は1日目の予選です。
ガソリン車と同じコースで、堂々とした走りを見せる中、豊田社長自らもドライバーとして車に乗り込み、さらに多くの注目を集めていました。
この日はおよそ80分、160キロの距離を走り抜いた水素エンジン車。山梨県産の水素は、次回以降のレースでも使われる予定です。
山梨県 新エネルギーシステム推進室 宮崎和也室長
「使ってもらうお客さんがあって初めて作る側としても価値が出てくるという面では、今回は非常に大きな試みだと思う。しっかり事業として作り上げていけば、将来は新たなエネルギー産業を作り出したり、雇用を作り出したり、さらには技術者とか教育でも大きな影響が出てくると思うので、それらにつながっていくように、しっかり取り組んでいきたい。
これからも、山梨県が水素エネルギー社会を作り上げていく先頭に立って、日本中、世界を引っ張っていけるように頑張っていきたいと思う」
山梨県は、水素事業を将来への先行投資と位置づけています。国が「脱炭素」に向けた重点分野としている水素で、いかに国内の主導権を握っていくのか。まだ動き出したばかりですが、その行方を取材していきたいと思っています。