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コロナ禍の子どもに贈る歌 難病ALSの男性が歌詞に込めた思い

  • 2022年3月29日

3月、千葉県で子どもたちの合唱団「鴨川少年少女合唱団」が発表会を開きました。披露したオリジナル曲の歌詞は、難病と闘う男性から贈られたものです。
コロナ禍で思うように練習もできなかった子どもたちの合唱団。発表会を最後に団を卒業する子どももいます。
その子どもたちに、男性が贈った歌詞には、コロナ禍でつらい時間を過ごしてきた子どもたちに、男性が伝えたかった思いが込められていました。
(首都圏局記者/尾垣 和幸)

団員は子どものような存在

「♪時が流れる桜のつぼみが~少しずつ開くように~」

千葉県鴨川市の「鴨川少年少女合唱団」は、小学生から高校生までおよそ30人の子どもたちが所属する地元でおよそ40年続く合唱団です。
ただ、この2年間は、新型コロナの感染拡大で、発表会が開けず、ことしに入ってからは集まって練習することもできませんでした。
その子どもたち。3月20日、ことし初めてとなる練習に臨みました。
歌ったのは次の日に迫った発表会で披露する、オリジナル曲です。

曲の歌詞を作った久根崎克美さん(59)です。
めいが合唱団員だったことから20年前、団員と交流が生まれました。練習や発表会を訪れるなど、ずっと応援してきました。

久根崎さん

自分は合唱団の「おっかけ」です

 

団員はみんな子どものような存在です。

コロナ禍で外出制限 徐々に体が動かなくなり…

久根崎さんは5年前、全身の筋肉が徐々に動かなくなる難病「ALS」=筋萎縮性側索硬化症を発症しました。
もともと出歩くことが大好きで、当初は車いすでいろんな所に出かけていました。

この写真は2年前、新型コロナが発生した中国・武漢から帰国し、ホテルに隔離された人たちを励まそうと、千羽鶴を届けに行った時の久根崎さんです。

しかし、その後、そのコロナの感染拡大で外出が制限されるようになりました。その間に、久根崎さんの病気は進行。体は徐々に動かなくなっていきました。

久根崎さん
「この間に両手がもう、ほとんど動かなくなった。コロナの感染拡大が、病気が進行していくのと重なったね。コロナが憎いね」

無情に過ぎる時間 伝えたい思い膨らむ

動けない日々。時間だけが無情に過ぎていきました。

そんなとき、久根崎さんの頭に浮かんだのは、同じくコロナでつらい時間を過ごしている合唱団の子どもたちでした。

「つらい時間が流れても帰れる場所がある。そう、合唱団があるじゃないか」

動かない体で、毎日、自宅の窓から眺める風景を題材に、子どもたちへのメッセージを込めた歌詞を作ることにしました。
タイトルは「時があなたを」です。

思いを伝える発表会が始まる

発表会の当日。久根崎さんはなんとか車いすに乗って応援に駆けつけました。
遠出をするのは4か月ぶりです。

「ずっとこうもりのような生活だったから。太陽がまぶしいね」

 

およそ2時間の発表会。「時があなたを」は5曲目です。
合唱団で子どもたちを教える高橋和貴子さんが、曲ができた経緯を説明しました。

高橋和貴子さん
「久根崎さんは大変なご病気になられた。それでも『大丈夫だよ。頑張っていけるよ』と、子どもたちに伝えてくださった。その中で生まれた歌が、この『時があなたを』です」

久根崎さんが子どもたちに贈った、歌詞です。

時があなたを (作詞 久根崎克美 作曲 泉稔子)
♪時は流れる 桜のつぼみが 少しずつ開くように
風に踊ることのない ベランダの洗濯物
いつでも その瞬間(とき)でも 時は流れる
今日の日は 戻らないけれど あ~
勇気ある旅人に 目の前には何も見えない
それでもいつかまた会える日に 向かって
君にも 私にも 時は流れる 

時は流れる 白い木蓮が ほのかな香りのせて
電線の向こうには 水色にかすんだ空
明日も 同じ場所でも 時は流れる
昨日の日は 帰ることなく あ~
勇気ある旅人に 明日の日には 何かが見える
それでも 忘れられない日が いつか
君にも 私にも 時は流れる

君のこと 私のこと あの日のこと
時がどこへ流れても いつか 帰れる この場所へ
時がどこへ流れても いつか 帰れる この場所へ

久根崎さんは、視線を動かすことなく舞台で歌う子どもたちをずっと見つめていました。

合唱が終わったあと、唯一動かすことができる右肘の先、右の手のひらで、「ぽんぽん、ぽんぽん」と車いすのひじ置きをたたきました。
みんなに贈る拍手です。

久根崎さん

泣いてますよ。みんな大きくなったなあと

つらいときは合唱団に帰っておいで

「つらくても帰れる場所」。みんなにとってそれは合唱団だと、久根崎さんは感じています。この日の発表会でも、すでに団を卒業して、遠い場所で就職や進学している元団員たちが帰省し、一緒に「時があなたを」を歌いました。

高校2年生 佐久間大輝さん
「久根崎さんのことを思って、歌いました。大変な病気だと思いますが、いつもすごい元気をいただいています。合唱団は小学生のころから入っていて、ふるさとのような場所です。つらいことがあったらいつでも帰ってきたいです」

高校2年生 犬石彩貴さん
「この2年間は集まって練習もできず、つらかったです。久根崎さんは幼いころから知っていて、かけがえのない存在です。歌のメッセージのように合唱団での経験を生かして、保育士になる夢に向かって頑張ります」

発表会後、久根崎さんにとって合唱団の子どもたちはどんな存在が尋ねたところ、すぐに「夢と希望」だと返ってきました。

久根崎さん
「人生って困難や挫折がいろいろあるけれど、戻れる場所があれば、時がどんなふうに流れても、どんな場所にいっても、大丈夫。つらい時には戻ってこればいいじゃないですか。そうしたらまた前に進めるから。今後、コロナがどうなるか分からないけれど、諦めたり困難にぶつかっても、また前を向いていくんだよと、みんなにはそういう思いですね」

編集後記

久根崎さんは去年の東京オリンピックで聖火ランナーを務めました。ランナーに応募した理由は、「聖火のトーチを地元に持って帰って、子どもたちに見せてあげたい」というものでした。そこには、長年、地元鴨川市を盛り上げようと、NPO活動を行ってきた久根崎さんの、子どもたちに向けるあたたかなまなざしがあります。
今回、「つらい時には戻れる場所がある」という久根崎さんが歌詞に込めた思い。今、コロナ禍で部活動に打ち込めなかったり、学校生活を思うように過ごせなかったりする全国の子どもたちにも届けばいいなと、取材をしながら思いました。
発表会で披露された「時があなたを」のフルコーラスは、動画サイト「YouTube」で配信されています。

  • 尾垣 和幸

    首都圏局記者

    尾垣 和幸

    新聞記者を経て2017年入局 千葉放送局を経て現所属

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