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“痴漢”という性暴力 「怖くて声を上げられない」被害者たち

#本気で痴漢なくすプロジェクトNO.1
  • 2022年3月23日

「電車内で体を触られたけど、怖くて声が出せなかった」「後ろから髪をなめられた」
街ゆく人が語る、「痴漢」被害の体験です。
公共の場で行われる性暴力、痴漢。多くの人が被害に遭いながらも、その数は正確に把握することさえできていません。
今回、770人あまりの高校生への調査から見えてきたのは、恐怖や諦めの気持ちなどから「声をあげられない」実態です。被害をなくすために私たちができることは何か、考えます。
(首都圏局/記者 岡部咲・金魯煐)

痴漢被害に遭った、または目撃したことはありますか?
あなたの体験やご意見をこちらの投稿フォームにお寄せください。

街で聞いてみると…被害者が次々と

「痴漢されたことはありますか?」
3月17日、午後1時~4時までの3時間、東京・新宿駅周辺にいた人に、性別を問わず聞いてみました。
すると…

▼女性(20歳・大学2年生)
高校時代は電車通学で何度もお尻を触られた。エスカレーターで後ろから髪をなめられたこともある。精神的なダメージが大きくて、学校のテストの日に被害にあったときは相談して別の日に受けさせてもらった。

▼女性(17歳・高校生)
電車や街中で、40代50代の男性からじろじろ見られた経験が何回もある。
そういうときは車両を変えるようにしている。

▼女性(19歳・社会人)
高校生の時、電車内で触られたことが何回かある。怖くて声を上げられず、体の向きを変えたりして抵抗した。担任に相談したら話は聞いてくれたが、行動はしてくれなかった。

▼女性(20歳・大学2年生)
高校生の時、友人と2人で電車に乗っていて触られた。とても嫌だったし怖かったが、言うほどのことでもないし、被害にあったあとに通報しても仕方ないと思って通報はしなかった。

▼女性(20代・会社員)
電車で居眠りして起きた時に、車内はガラガラなのに男性がすぐ隣に座っていた。気づかないうちに痴漢されていたかもしれないと思った。

▼女性(20代・会社員)
電車の揺れに合わせて、後ろから明らかに股間をあてられていると思ったことはある。気持ち悪かったけど、触られた訳ではないので何も言えなかった。全然知らない女性に「さっき触られてましたよ」と教えられたこともある。気づかない間に被害に遭っていたのかもしれないと思うと悔しい。

▼女性(19歳・大学生)
電車内でスマホの角度から明らかに盗撮されていると思う時が何度かあった。ただ、画面見せてくださいとも言えないし、自分が電車を降りるか車両を変えるしかなかった。

▼女性
電車の座席に座っている時に隣の男が太ももを触ってきた。大きめのコートで片手だけ袖を通して、周りからは両手を組んでるように見えるようにして、もう片方の手でコートの下から私のことを触っていた。巧妙だなとびっくりしてむかついたけど、かばんでガードするしかできなかった

▼女性(22歳・大学生)
小学生くらいのときに書店で本を見ていたら、うしろでパシャと音がした。幼かったのでよく分からなかったが、今になって盗撮だと思い気持ち悪くなった。

▼女性(22歳・大学生)
高校生のときに道で性器を露出した男に会った。とっさに「お父さん!!」と呼ぶフリをして撃退した。

▼女性(19歳・大学生)
満員電車でスカートがめくれていたので手で直そうとしたら、そこに誰かの手があって「あ、痴漢だ」と気付いた。特に何も対応しなかった。加害者が分からないし、面倒なことになると嫌だし、急いでるし、あと何より怖い。声を上げたあとに、駅と駅の間隔が広いとすぐに降りることもできないし。

次から次へと出てくる痴漢被害の体験。しかし、話をしてくれた人の中に警察に被害を訴え出たという人はいませんでした。

警察庁の統計によると、「迷惑防止条例違反のうち痴漢行為の検挙件数」は年間3000件前後。
統計に出ているのは氷山の一角と言われ、どれだけの人が痴漢被害に遭っているのか、実態を表すデータはありません。

  痴漢事犯の検挙状況等の推移(平成27~令和元年)

 

平成
27年

28

29

30
令和
元年
迷惑防止条例違反のうち痴漢行為の検挙件数(電車内以外を含む)(件) 3206 3217 2943 2777 2789
電車内における強制わいせつの認知件数(件)  278 248 269 266 228

出典:令和2年警察白書

女子生徒の4人に1人が被害 高校の調査で明らかに

どのくらい痴漢被害が起きているのか、実態を把握しようと動き始めた学校があります。

東京・台東区、JR上野駅のすぐ目の前という、絶好のアクセスの場所にある私立の岩倉高校。全校生徒のおよそ9割が電車で通学しています。新年度の4月になると、生徒から痴漢被害の相談が寄せられるといいます。

生徒たちを守るためにどうしたらいいのか、学校は慶應大学教授の小笠原和美さんに相談を持ちかけました。
実は小笠原さんは長年、警察庁で性暴力の被害者支援などに取り組み、現在、慶應大学に出向しています。高校は1月、小笠原さんの助言を受けながら生徒たちにアンケート調査を行いました。

対象は1年生と2年生合わせて770人あまりの男女。
痴漢被害の経験があると回答したのは65人。全体の8.4%です。

これを男女別にみると、女子生徒では26.5%、実に4人に1人の生徒が被害に遭っていたことがわかりました。また、男子生徒でも2.9%が被害に遭ったと回答しました。

アンケートに答えた1年生、2年生は入学した当初から新型コロナの影響を受けている世代です。
リモートワークや分散通勤・通学が広がっている中で、以前のようにすし詰めの満員電車で通学することは少なくなっていることから、私たちは「電車が混んでいないから痴漢はいなくなっているのでは?」と想像していました。しかし、生徒の多くが高校に入ってから電車通学を始めていることから、コロナ禍の今も痴漢被害が起きていることが明らかになりました。

4割が「誰にも相談していない」

また、調査では被害を受けたときにどう対応したかも複数回答で尋ねました。

相談した相手としては、「家族」が46%、「友人」が44%、「学校」は19%、「警察」が6%でした。しかしその一方で、「誰にも相談しなかった」が40%を占めました。

小笠原さんは、被害者が声をあげやすい環境を作るためにも、相談を受ける側の対応が極めて重要だと話します。

慶應大学 小笠原和美教授
「家族や友人が『あなたにも隙があったのでは』と被害者側にも責任があると思わせるような反応や『よくあることだから我慢しなさい』などの反応をしてしまったら…。それが被害者を再び傷つけ、被害を受けても2度と相談しなくなるかもしれません。それに“痴漢されたのは女性が派手な服装をしていたから”といった間違った考え方を助長することにつながりかねません」

遠い警察の存在…ためらわず通報を

また、痴漢の被害に遭ったときには、本来、警察に相談することが適切ですが、警察に相談した生徒はわずか6%にすぎません。
なぜ警察に相談しないのか、調査ではその理由も聞きました。(複数回答)

「加害者の特徴が分からなかったから」 1人
「被害を他人に話すことに抵抗感があったから」 9人
「時間や手間がかかると思ったから」 24人
「相談するほどのことではないと思ったから」 39人

警察官僚でもある小笠原さんは、警察側ももっと被害者が相談しやすい環境を作る必要があるとした上で、被害に遭った人は、日数が経っていても、加害者の特徴がよく分からなくても警察に情報を寄せてほしいと呼びかけています。

小笠原さん
「断片的な情報でも、それを積み上げていくことで、加害者の人物像が浮かび上がり検挙につながる可能性があります。また、被害の訴えが多い路線や時間帯に私服警察官が電車に乗って警戒にあたるなど具体的な対策も取ることができます。
被害者の中には、電車に乗るのが怖くなって、通勤や通学を断念せざるを得なくなったり、異性に対して恐怖心を持つようになったりと、生きづらさを抱える人もいます。朝、性被害に遭いながら登校する子どもがいるということが異常な事態なのです」

痴漢をなくすカギ“行動する第三者”

被害者が声をあげづらい中で、痴漢被害をどうなくしていくのか。そのカギを握るのが実は「周囲の乗客」です。
小笠原さんは、乗客たちが「アクティブ・バイスタンダー(Active Bystander/行動する第三者)」となって必要な行動を取ることで、痴漢被害の防止や被害者のサポートができるといいます。
周囲の乗客が実践できる行動「5つのD」がこちらです。

Distract(ディストラクト)注意をそらす
・被害者に知人のふりをして話しかけてみる
・意図的に飲み物をこぼしたり、音を出したりして加害者や周囲の注意を自分に引く

Delegate(デリゲート)助けを求める
・周りの人に被害が起きていることを知らせる
・警察や駅員などの第三者に介入してもらう

Document(ドキュメント)証拠を残す
・映像などを証拠として残す
(撮影している自分に危害が及ばないように・撮影した動画の取り扱いは被害者に確認)

Delay(ディレイ)あとで対応する
・被害者に大丈夫か、サポートが必要か尋ねる
・一緒に目的地まで行く/通報の手助けをする

Direct(ディレクト)直接介入する
・加害者を注意したり、被害を直接止めに入ったりする
(危険を伴い、状況を悪化させる可能性に注意が必要。自分と被害者の安全を確保してから行動する)

小笠原さん
「加害者に直接アプローチすることは誰にとっても難しいことですが、スマホから音を出して注意を引くことだけでも、被害を止める一助になります。電車の中ではみんな、スマホをいじっているのが一般的な風景だと思いますが、スマホからちょっと目を上げて、車内で起きていることに注意を向けてみる。それだけでも、加害者にとっては“誰かに見つかるのでは”と注意が働き、犯行がしにくくなります。痴漢を許さないという小さな行動を取る人が増えていくことで、痴漢は確実に減らしていけると考えています」

今後も「#本気で痴漢なくすプロジェクト」として痴漢についての取材を継続していきます。
痴漢被害に関するご意見をこちらの投稿フォームにお寄せください。

  • 岡部 咲

    首都圏局 記者

    岡部 咲

    2011年入局。宮崎局、宇都宮局を経て、現在は教育などを担当。

  • 金 魯煐(キム ノヨン)

    首都圏局 記者

    金 魯煐(キム ノヨン)

    通信社記者などを経て2022年入局。 ジェンダーやSRHR(性と生殖に関する健康と権利)について取材。

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