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美容師試験の実技課題「オールウェーブ」は “時代遅れのスキル”?

  • 2022年2月10日

こちら、およそ60年前に流行した「オールウェーブセッティング」といいます。
実はこのヘアセット、美容師国家試験の実技の課題として今も出されています。技術の習得に150時間を費やすこともあるといいますが、美容院で注文する人は皆無に等しく、「無駄では?」と疑問の声が上がっています。
同じような事態は、調べてみると他の業界にも。“もうアップデートしたら?”と思うスキル、あなたの周りにもありませんか?
(首都圏局/ディレクター 高橋 弦)

あなたが「アップデートが必要」だと感じるものはなんですか?
こちらの投稿フォームからご意見をお寄せください。

もはや使わないスキル!?「オールウェーブ」

今、美容師業界で議論になっている「オールウェーブ」とは一体どのようなものなのか。
渋谷区にある専門学校を訪ね、実際に見せてもらいました。

「オールウェーブ」は、まずローションを髪の毛全体になじませ、そこからくしを使って毛を分けとり、指を使って巻いていきます。

毛先の処理の違いや立体感の有無など、ウェーブの作り方にも複数種類があり、国家試験では決められた箇所を決められたとおりにセットすることが求められます。

およそ20分ほどの時間をかけてできた完成形が下の写真です。パーマの技術がまだ普及していなかった1960年代に、髪を巻いて美しくセットする技法として流行しました。

この学校では、国家試験に向けて「オールウェーブ」を習得するため、多い年で合計150時間分の授業を練習に充てています。これは年間の授業時間の約15%にのぼります。

そんな「オールウェーブ」について、学生たちはどう思っているのでしょうか。

学生
小松沙耶さん

学校に入って初めてオールウェーブを知りましたが、正直、実用的ではないと思います。

学生
酒井創平さん

オールウェーブじゃなくて、これからもっと使う技術が絶対あると思うので、それを試験にしてくれた方が学生のためになると思います。

“旧態依然”の試験 離職率にも影響?

こうした状況を受け、大手サロンのオーナーなどがつくる日本美容サロン協議会(JABS)は去年、有志の国会議員を通じて、美容師の国家試験の見直しなどを求める提言を国に対して行いました。

河野太郎行政改革担当大臣(当時)への提言 (2021年6月)

提言の背景にあったのは、業界の将来に対する強い危機感です。厚生労働省の最新の調査によると、美容師が属する「生活関連サービス業、娯楽業」における新卒1年以内の離職率は29%、新卒3年以内では57%に上ります。(平成30年3月短大等卒者のデータ)

美容師は、接客やシャンプー、カラー剤の塗布などの基本的なスキルの習得に多くの時間がかかるため、掃除などを任される下積み期間が長い傾向にあります。スタイリストとなり、しっかりと稼げるようになるまでに平均6~8年ほどかかると言われ、業界のこうした状況が離職率を上げる要因になっているという声もあります。

JABS理事・株式会社ケンジ社長 西山和平さん
「オールウェーブに時間をかけるのがもったいなさすぎます。奨学金を借りていて、返済していかなければいけない子たちには早く稼がせてあげたい。専門学校の2年間で、より実務に近いことを習得できるように国家試験を見直してもらいたい」

アップデートの遅れで国際競争力が低下?

さらに、こうした美容師の試験や育成の制度の遅れが、日本の国際競争力低下を招いているのではないかと指摘する人もいます。

世界58か国でサロンを展開するグループの日本法人社長を務める雑賀英敏さんです。イギリスで美容師として働いた経験があり、日本とイギリス両国の美容師国家資格を保有しています。

イギリスでは資格取得と同時にスタイリストデビューし、すぐに安定した稼ぎをあげる人が、体感で3~4割ほどはいたと言う雑賀さん。背景には、イギリスの国家試験の2つの特徴があると言います。

特徴1)実技試験の内容を定期的に見直し
実技試験の内容見直しなどを行うための委員会が組織され、大手サロンのオーナーなど、現場の実態をよく知る人たちが参加。試験内容を時代に合わせて変えていく環境が整っている。

特徴2) 一斉の国家試験は行わない
試験で通過しなければならない課題は国が示すものの、試験を実施して合格か判定するのは検定員の資格を持った専門学校のスタッフ。学校で何度も挑戦できるため、試験対策に過剰に時間を費やす必要がなく、他の技術の習得に力を入れられる。

TONI&GUY JAPAN 社長 雑賀英敏さん
「オールウェーブは私の父親が若いころからすでに”時代遅れ”だと言われていたそうです。日本の技術はトップクラスだという方もいますが、もう少し海外の情報を集めて、日本が世界でだいぶ遅れをとってしまっているという事実に向き合う必要があると思います。スタイリストの育成にかかる時間が無駄に多すぎて、世界と比べると劣っているという点にきちんと向き合い、日本が世界基準になるにはどうしたらいいか、いろんな意見を否定せずに議論していかないといけないのではないでしょうか」

なぜ変わらない? 意外なメリットも

“オールウェーブ不要”の声が上がる一方で、必要性があるという人も。
そう語るのは、意外にも取材した専門学校の副校長、金沓敬文さんです。国家試験は絶対にオールウェーブで行うべきというわけではないとした上で、髪をとかす、まとめる、分け取る、頭の形やバランスを理解するといった基本技術がすべて含まれているオールウェーブを習得するメリットもあると話します。
さらに、オールウェーブには試験を行う上での公平性を担保できる利点もあり、見直すのであれば、その点も考慮してほしいといいます。

国際文化理容美容専門学校 渋谷校 金沓敬文副校長
「仮にカットやカラーの実技を増やすことになると、練習用のウィッグや薬剤のコストが当然かかります。ウィッグは1つ4000円。たくさん買って練習すれば、お金がある人はうまくなるかもしれませんが、学生は働いていませんし、奨学金を借りている人も多い。一方のオールウェーブは、ローションは使いますが、買い足すものはそれほど無く、反復練習がすごくできます。学生のことを考えた時に、何が一番いいのか。みんなが納得する代替のものが出てくれば、われわれもそれはウェルカムです」

業界内にさまざまな意見がある中で、厚生労働省は「美容師の養成のあり方に関する検討会」を発足。「国家試験の内容等を含めた美容師の養成のあり方について検討していく」としていて、3月下旬までに方向性をまとめたいということです。

ほかの業界にも… 見直し議論ある資格試験

“これって今も必要?”と疑問を感じるスキルを問われる資格試験。調べてみると、美容師以外の業界にも存在していました。

1)クリーニング師試験
クリーニング業界には、各都道府県が実施する試験に合格すると取得出来る、国家資格の「クリーニング師」免許があります。クリーニング所の営業者は、クリーニング所ごとに最低1人は資格保有者を配置しなければいけないと定められています。

この試験でも、今ではほとんど使わない技術が問われるといいます。川崎市のクリーニング工場で見せてもらいました。

注目してほしいのは、使っている道具です。「焼きごて」といわれる旧型のアイロン。重さは5kgもあります。温度を自動で調節する機能がなく、放っておくと底面がどんどん熱くなり、衣類を焦がしてしまいます。また、現代のアイロンと異なり蒸気が出ないため、霧吹きなどでシャツをしめらせて行う必要があるそうです。

現在、ワイシャツの仕上げはおよそ9割がプレス機で行われていて、ワイシャツを手仕上げする機会は決して多くないといいます。

株式会社和光 栗木工場 南條勝子 工場長
「現場では使わないので、正直なところ『なぜ、今頃こういうものを?』と疑問には思います。ただ、焼きごてをかけるときは、重さや温度に気をつけるという基本通りにやらないとうまくいかないんです。不便な分、きちんとした技術が無いときれいに仕上がらないという点では、国家試験を焼きごてでやることには意味があると思います」

試験を実施する神奈川県に取材すると、次のような回答がありました。

神奈川県 健康医療局 生活衛生課
「実技試験に関する疑問の声は私たちのもとには届いておりません。また、これまでに受験された方との公平性も考え、実技の内容を変更するという検討は現状行っておりません。ただ、現在試験に使用している焼きごてが仮に壊れた際に、まったく同じ物を調達できるかどうかは課題であると感じております」

2)建築士
建築士の国家試験をめぐっても、同様の議論があります。建物を建てる際に必要となる図面ですが、現在はCADと呼ばれるソフトウェアを使い、パソコンでつくるのが一般的です。

しかし建築士の国家試験では、製図板や平行定規、勾配定規と呼ばれる道具を用いて、6時間半かけて鉛筆で製図する試験が現在も行われています。

こうした状況を見直すべきだという声は以前から上がっていました。SNSでも…。

 

実務の少なくとも9割以上を占めるCADによる作図手法を無視して、手描きの試験を強要するのはいかがなものか?

 

時代錯誤も甚だしい。古い習慣を強要されるのは本当に不毛。

そうした中、4年前、業界を代表する3つの団体が連名で「建築士資格制度の改善に関する共同提案」を発表。建築士の受験者が減少傾向にあり、若手の確保・育成が急務となっているとして、CADによる試験の導入を検討することなどを求めました。
しかし、2020年3月、製図試験のCAD化を盛り込まない形で改正建築士法が施行。見直しは行われませんでした。

国土交通省の住宅局建築指導課によると、試験にCADを導入することには次のような課題があったといいます。

1)CADを使えない、使わない人が建築士になれなくなる
2)手書きとCADの試験を混在させると、公平性が保てない
3)CADを使うためのパソコンをどう確保するか

以来、業界団体などから国家試験のCAD化に対する新たな要望はなく、現在見直しに向けた検討は行っていないということです。

取材後記

今回取材をしてみると、特に専門的な技術を必要とする業界において、資格試験と現場の実態に隔たりがあるケースがあることが分かりました。そしてそうした状況を見直さなければ、新たな担い手や若手が減少したり、競争力が落ちたりするリスクがあることも取材から見えてきました。
資格試験でなくとも、私たちの周りには旧態依然とした仕組みや慣習が数多くあるように感じます。今回、美容師業界では、現場の方たちの声から見直しの検討が動き始めました。素朴な疑問や理不尽に、勇気を持って現場から声を上げる。その重要性を感じた取材でした。

  • 高橋 弦

    首都圏局 ディレクター

    高橋 弦

    2017年入局。広島局を経て2021年から首都圏局。教育や不登校、災害・防災について取材。

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