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不妊治療を25歳から始めた女性の苦悩「まさか自分が受けるとは」

  • 2021年4月13日

「不妊治療について国が保険適用の議論を始めた」
27歳の私にとって、この政策は自分の将来にも関係する大事なことだと思い取材を始めました。
しかし、そこで出会った私と年齢がひとつしか変わらない女性は「まさか自分が不妊治療を受けるとは思っていなかった」と苦悩を打ち明けてくれました。彼女が直面している状況は決して他人事ではないということを、同じ20代の女性、そして男性にも知ってほしいと思います。
(社会番組部/ディレクター 荒井愛夕美)

3年で500万円を越えた治療費

去年12月、関東地方に住む28歳のアカリさん(仮名)の自宅を訪ねると、領収書の束を見せてくれました。驚いたのは治療費の高さです。なんと1回の通院で40万円を超える金額が支払われていたのです。
不妊治療を始めて3年で、これまでにかかった治療費は総額500万円を超えているといいます。

アカリさん
「ここまで金額が積み重なるとは想像もしていなかったけれど、でもやるしかない…」

結婚と子育ての20代、のはずだった

アカリさんは大学卒業後、24歳で結婚。すぐに子どもが欲しいと考えていました。
子育てのしやすさを第一に考え、夫の勤め先のある東京から、都外の実家近くへ引っ越しし、3LDKのマンションを購入しました。ベビーベッドを置き、将来は子ども部屋にしたいと一室を用意していましたが、今は愛猫の遊び部屋となっています。

子ども部屋にしようと思っていた部屋

アカリさん
「仕事より家庭を持ちたいという考えの方が強かったので、結婚してちょっとして会社を辞めました。自分が3人兄弟なので、子どもは2・3人欲しいと考えていました」


「すぐ子どもができてもいいとは思っていました。結婚したら子どもをつくれば子どもができて、家族が増えてという風に、普通にそうなると思って準備していたという感じです」 

アカリさん自身、治療を開始するまで「不妊治療」についてほとんど知らなかったといいます。
周りの友人と比べて早い結婚だったため、相談をする友人もいませんでした。

アカリさん
「不妊治療という言葉すらほとんど知らないくらいのレベルでした。今まで婦人科系の病気も全くなかったし、生理周期も28日きっかりできていたので、自分には関係ないものだと思っていました。正直、晩婚の人が受けるものだというイメージしか持っていなかったです」

不妊治療を受ければ、すぐ妊娠すると思っていた

アカリさんは、自然に妊娠できると考えていましたが、結婚から1年が経っても妊娠しませんでした。そこで、市販の排卵検査薬などを使い、妊娠しやすい時期を推測する「タイミング法」を行いました。

しかし、3か月ほど経ってもなかなか妊娠しません。自分の体になにか問題があるのではないかと感じ、検査のために不妊治療のクリニックを受診しました。

すると、卵巣の中に卵子がどれくらい残っているかを調べるAMH検査の結果、驚きの数値が判明します。当時25歳でしたが、「39歳相当」と診断されたのです。
医師からは「この数値は不妊の原因に直接結びつくわけではないが、はやく不妊治療をしたほうがいい」と告げられました。
このとき、夫の精子の検査も受けましたが、問題はありませんでした。

アカリさんは、医師に勧められた「人工授精」をすぐに開始。
そのときは、治療を受ければすぐに妊娠できるものだと考えていました。

●人工授精
事前に採取した精子を子宮内に直接注入することで、妊娠の確率を高める。

●体外受精
体内から取り出した卵子を体外で精子と受精させ、できた受精卵を子宮に移植する。

30代後半の先輩の妊娠に絶望して

しかし、人工授精を4回行っても妊娠には至らず、治療のたびに落ち込み、不安が募っていきました。
でも、そのときはまだ、次のステップ「体外受精」への期待を大きく持っていました。

アカリさん
「妊娠しなかったら生理がきて分かってしまう。生理がくると毎月泣いていました。ひょっとしたら私は妊娠ができない体なんじゃないかという不安で落ち込みました。でも、体外受精をすれば、大体1~2回の移植で卒業する人が大半ですと説明を受けました。ステップアップすればすぐ妊娠できる。体外受精してできるならさっさとやってしまおう。ちょっと高いけれど、1~2回だったら頑張ってお金も出せる、そう思っていました」

しかし、アカリさんは体外受精で5回の移植をしても妊娠することはできませんでした。
このとき、アカリさんにとって最もショックだった出来事がありました。

アカリさんと同じ時期に体外受精を始めた職場の30代後半の先輩が、先に妊娠したのです。

アカリさん
「20代だから治療を受ければすぐに妊娠出来ると思っていたのに出来なかったのが本当にショックでした。年上の先輩の方が先に妊娠できて、年齢の問題じゃないと分かった時が一番ショックでした。体外受精でもだめなら次どこへ行ったらいいのか、先が全く見えず、暗闇の中を歩いている気持ちでした」

8度目の移植で初めての妊娠反応 でも…

その後、なかなか妊娠しない人が多く通っているという東京のクリニックに転院し、再び体外受精を始ました。7回目の移植までは一度も妊娠反応がありませんでしたが、8度目の移植で初めて妊娠が判明しました。

胎嚢(たいのう)が確認でき、エコーの写真ももらった

しかし、7週目で胎嚢の成長が止まり、心拍の音も確認できず、流産となってしまいました。

アカリさん
「20代だから流産はないだろうと思っていたんですよね。流産は悲しかったけど、それまで本当に妊娠できないんじゃないかと不安があったので、希望を見せてもらいました」

アカリさんは現在もさまざまな検査と治療を受けていますが、不妊の明確な原因は特定できていません。

今もクリニックに通う

助成金の拡充 それでも重い経済的負担

今年1月、アカリさんに朗報が舞い込みました。
不妊治療の当事者が受けられる助成金の申請要件が拡大し、助成の対象となったのです。
これまで所得が730万円以上の家庭は対象外でしたが、所得制限が撤廃され、助成額も1回15万円から30万円に引き上げられました。
(厚労省HP https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000047270.html)

アカリさんは、助成金を受け取れることは嬉しいものの、現在は高額なクリニックに通って治療を受けているため、負担が大きいことには変わりないと感じています。

アカリさん
「今のクリニックでは採卵で70万円、一回の移植で30万円ほどかかる。それだと助成金を受けても負担はまだ大きいというのが正直なところです。経済的な面からくるストレスがかなり軽減されるのは、もちろんありがたいですが、まだこれからもお金はかかる恐怖はあります」

助成金の申請書を記入

諦めることもできず 子どもができないかどうかもわからない

「人生が動いていない、立ち止まっている感覚なんです」
アカリさんと同世代の私にとって一番印象に残ったのが、この言葉です。
わが子を育てることを夢に、自分のことは二の次に考え、アカリさんは20代の日々を過ごしています。

都内の誰もが知る名門大学を卒業後、正社員として勤めていた会社を離職。
まだ見ぬ子どものために、都外に住居を構えたことで、やりたい職を探すのも困難だといいます。
現在はパートの仕事をしながら、治療と両立する生活を送っています。

“もし治療をしていなければ?” 私は尋ねてみました。

アカリさん
「2人だったら3LDKもいらないんですよ。2人で十分な広さの部屋に暮らして、やりたい仕事をしながらお金を貯めて、将来は二人で海外でゆっくり住みたいなって思うんです」

しかし、いま、アカリさんにその決断をすることはできません。不妊治療をいま諦めることはできず、いつ子どもができるかも、子どもができないかどうかも、分からないからです。

助成金や保険適用など制度が拡充することで、金銭的な負担はある程度軽減されます。しかし、“治療がいつまで続くのか”という当事者の不安を取り除くことも、かけた時間を取り戻すこともできません。当事者の精神的な部分を支える仕組みも合わせて整えていく必要があると感じました。

また、私たちはあまりにも不妊治療について知る機会がないように思います。どんな治療を受けるのか?経験者は何を思うのか?そして不妊治療は年齢に関係なく誰にでも関係する可能性があるということ、そういった知識を10代や20代のうちから身につける機会を整えることも大事だと感じました。

  • 荒井愛夕美

    社会番組部 ディレクター

    荒井愛夕美

    2016年入局。大阪局では震災関連の番組などを担当。 現在おはよう日本部で、教育分野に関心を持ち取材。

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