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液状化対策 傾いた家 建て替えず過ごす方法は 新潟市 能登半島地震 リスクは首都直下地震などでも

  • 2024年3月1日

能登半島地震から2か月。大規模な液状化被害が起きた新潟市西区では、先行きが見通せないまま、家が傾いた状態で生活を続けざるをえない住民も少なくありません。

中には、平衡感覚がくずれ、めまいや吐き気、不眠など身体症状が出始めている人も。そうした人々に「少しの工夫で症状を軽減できる可能性がある」と、アドバイスを行う建築士がいます。

首都直下地震などでもリスクが指摘されている、液状化。傾く家で、体の負担を減らすにはどうすればいいか。話を聞きました。
(アナウンサー 押尾駿吾、首都圏局/ディレクター 藤松翔太郎)

傾き続ける家での暮らし めまいや吐き気も

新潟市西区で、自宅が液状化の被害にあった大野信子さんです。

自宅は外から見ると一見、大きな被害はないように見えます。しかし、中に入ってみると、「傾き」を感じる状態が続いています。

しかし、大野さんは高齢で認知症がある父の介護を行っているため、引っ越しをして、住み慣れた環境を変えることは難しいと考えています。

自宅を工事しようにも、どれほどの補助が出るのかも分からない上、自宅を丸ごと改修する大規模な工事となると、資金が足りません。「しかたない」と言い聞かせながら、傾きのある自宅での生活を続けていたところ、体調に異変が出るようになりました。

大野信子さん
「日常的に眠れなくなって、夜中の1時とかからずっとリビングの片づけをするような生活が続いています。スーパーに買い物に行ったときは、突然めまいで倒れてしまいました。病院で医師に相談したら、平衡感覚がくずれたのが原因と言われ、毎日薬を飲み続ける生活になっています」

建て替えずに過ごす方法は…

いつまで続くかわからない”傾きがある生活”を乗り切る方法はないのか。

この日、大野さんの自宅を訪れていたのは、一級建築士の長谷川順一さんです。
2004年の新潟県中越地震や2011年の東日本大震災などの際、被災した建物の調査に加え、建物の修復について住民に助言を行う活動を続けてきました。

最初に確認していたのは、ふだん自宅でどのように過ごしているかです。

自宅の中でも、どの部屋で過ごすことが多いかは人それぞれ異なります。
最小限の行動で、過ごしやすい生活を確保するためには、どの部屋に重点的に手を加えるかという優先順位を決める必要があるといいます。

大野さんは、「ほとんどの時間をリビングで過ごす」と回答。
長谷川さんによるリビングの傾きの調査が行われました。

ふだん一番長い時間を過ごすリビングでは、最も高くなっているところと、最も低くなっているところの差は、およそ7センチメートル。
長谷川さんによると、「いつ体調が崩れてもおかしくない傾き」ということでした。

しかし、「傾く家から引っ越すことは難しそう」という大野さんの話を聞いた長谷川さん。大規模な修復を行わなくても、体調を崩すことがなくなる方法を伝えていました。

長谷川順一さん
「被災したあとに工事となると、見積もりだけで何か月もかかることがあるし、その間なにもできないうちに気持ちも体もつらくなる。だからまずはできることからやりましょう」

どうすればリビングでの生活を、快適に変えることができるのか具体的な助言が始まりました。

傾く家でも負担軽減(1) 傾きを見える化

約7センチの傾きがあるとされたリビングで長谷川さんが用意したのは、この二つです。

(1)ビー玉
(2)はがれやすい養生テープ

まず、リビングの中でも住民が一番時間を過ごす定位置のような場所を確認。
大野さんは、テレビから一番遠い位置にある、こたつ横のリクライニングを指しました。

この場所で、長谷川さんは用意したビー玉を何度か転がします。
すると、何度やっても同じ方向に転がります。
これが、”傾き”の方向を示しています。

長谷川さん
「まずは、傾きをきちんと知ることです。新幹線のリクライニングのように、人間は体の真正面か真後ろという縦の傾きに負荷を感じることは少ないのですが、左右への横の傾きが長く続くと腰にも負担がかかったり、頭がくらくらしたりと、体のつらさに直結するということがよくあります。

どの向きに部屋が傾いているのかに合わせて、例えばテレビを見るという動作を傾きの縦の方向に変えるように、家具を移動したり、座る位置を変えたりするだけでも自宅での負荷を軽減することができます」

長谷川さんは、ビー玉が傾いた方向にそって、はがれやすい養生テープをはり、矢印を作りました。

こうすることで、傾きを見える化し、縦の傾きで生活できる目印にするのです。

長谷川さん
「傾きを認識するまでは貼っておくといい。長い時間貼って床にテープが張り付いてしまったら台所用洗剤とかでこすると落ちます」

傾く家でも負担軽減(2) 楽な姿勢は家具を調整して

次に行うのは、家具の移動です。

矢印をつけた傾きの方向に対して、縦の向きに家具の配置を移動することで、平衡感覚が崩れる横の傾きを日常からできるだけなくそうという工夫です。

いすやソファー、リクライニングシートに座ったときに、養生テープを貼った矢印の方向をまっすぐ見ることができるような位置に調整。座りながら傾きを感じて横に傾いていると感じたら微調整を行います。

その座る向きにあわせ、テレビやこたつなどの位置も調整すると、縦の傾きに長時間身を置くことにつながります。
立っている時でも傾きの方向に対して縦向きに立つ意識をつけることで、負担軽減につながるといいます。

加えて、傾いた部屋での最も楽な姿勢についても助言がありました。

長谷川さん
「部屋の中で一番低くなっている方向にソファーやリクライニングの背もたれを置いてよりかかると、新幹線のリクライニングを大きく倒したときのような姿勢になり、他の場所に比べて楽になる」

このアドバイスを受けて実際に座り直してみた大野さんは。

大野さん
「全然違います。すごく楽。今日は少し眠ることができそう。素人ではどうしていいか分からないので教えてもらって助かりました。だれもこんなのわからない」

ただ、長谷川さんは長時間眠る寝室などの場合は別で、一番高くなっている方向に頭、一番低くなっている方向に足が来るようにベッドやふとんを調整するといいとのことでした。

住宅再建の選択肢 家をまるごと工事しない方法も

大野さんにはもう一つ悩みを相談していました。
それは、家の傾きを直す工事の問題です。

液状化の被害で家が傾いた場合、最初に考えられるのが基礎の下から自宅を持ち上げる改修工事。次に考えられるのが、基礎と建物の間を一度切り離して傾きを調整する工事。

どちらも費用面の負担が大きく、行政からの補償などをもらっても多くの費用を自己負担せざるをえなくなってしまい、住民がためらうケースも多くあります。

さらに、液状化被害があった地域の場合、もし資金をかけて工事を行って傾きを解消しても、新たに起きた地震などでさらに傾く可能性も否定できません。
その中で長谷川さんは、現実的に費用負担を抑える方法が二つあると話しました。

(1)最重要の部屋だけの部分的な工事
(2)傾きはそのままに、床だけを調整して並行にする工事

まず家全体ではなく、一番長い間生活する場所や眠る場所など、部屋の優先順位をつけ、修繕が必要な部屋のみ部分的に工事する方法です。

一つ一つの家の状況に応じて適応可能かどうかは建築士との相談が必要ですが、
「直す=すべて工事」という選択肢だけではないということも頭の片隅に置いてほしいとのことでした。

そしてもう一つ応急処置的な工事として、床だけを工事するという方法もあるそうです。

長谷川さん
「東日本大震災の際に液状化の被害があった千葉県でも行われた例なのですが、部屋の傾きを埋めるような形で、ステージのように平らになるような台をひく方法です」

長谷川さんが話した方法は、家自体の傾きはそのままにし、床板だけを工事で平らにするというもの。床板を一度はがし、部屋の中で低くなっている側の床板は厚く、高くなっている方は厚みを薄く調整して床を張り替えます。

そうすると、床を調整するだけで、テーブルやソファーを置いても平らに生活でき、工事をした部屋では、日常生活で傾きを感じることがほとんどなくなるということです。

長谷川さん
「もしまた大きな地震があり、傾きが大きくなった場合は、また床だけを調整して、並行に戻していく。そうすることで、自治体からの補助の範囲内に工事費用を抑えながら対応できるし、液状化のリスクがある地域でも新たな傾きに柔軟に対処していくことができる」

大野さん
「市からどのくらい補助が出るかというのも時間がかかる上、それで足りるかも分からないので本当に先が見えないと思い続けていました。他の人も同じだから我慢するしかないと思っていたけど、できることがあるということを知れただけでも大変ありがたかったです。傾いた家での生活は続くけど、希望が持てるなと思いました」

傾きがある暮らしをしかたなく、我慢せざるをえないと感じている住民はいまなお多くいます。まずは体調に異変を感じたら病院で医師に相談することも必要になりますが、それに加えて、自宅でできる傾きへの対処法も試してみてはいかがでしょうか。

  • 押尾駿吾

    アナウンサー

    押尾駿吾

    2016年入局。鹿児島局、和歌山局を経て現所属。『首都圏ネットワーク』フィールドリポーター。能登半島地震では発生後1週間、1か月で新潟県入り。液状化の影響などを取材。

  • 藤松翔太郎

    首都圏局 ディレクター

    藤松翔太郎

    2012年入局。仙台局、福島局、報道局を経て現所属。 がん、フェイク情報、原発事故などを継続取材。

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