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急がれる高齢者施設の“BCP” 被災教訓に長野で進む策定支援

  • 2022年11月4日

水害から避難して命が守られても、介護サービスが受けられずに要介護度が進展してしまう・・・2019年の台風19号では、そのような事態が相次ぎました。
浸水した高齢者施設で事業を継続するための計画=BCPが十分ではなかったからです。
長野県では、当時被災した高齢者施設の元職員がBCPを策定するアドバイザーに就任。
経験をもとに具体的な支援を続けています。
(長野放送局/記者 橋本慎也)

想定外の浸水 サービス継続が困難に

2019年10月、東日本を中心に猛威をふるった台風19号。
13日の早朝には、長野市を流れる千曲川の堤防が決壊して大規模な浸水被害が発生。
長野県では台風の豪雨災害で災害関連死を含めて23人が死亡、8300棟余りの住宅が被害を受けました。
被害は33の高齢者施設と15の障害者施設にも及び、浸水などによって利用者にサービスができなくなる施設もありました。

長野市にある入所やデイサービス、医療施設も備えた高齢者施設の事務長をしていた松村隆さん。

施設は1階の天井に迫る、約2.4メートル浸水し、取り残された利用者や職員およそ300人が3階に避難しました。
このうち100人は、エレベーターが浸水で故障したため、施設にあった資材で急ごしらえの担架を作り避難させました。

ほっとしたのもつかの間、松村さんは次々と対応に追われます。
施設は被災した場合の具体的な対応をまとめた、BCPを策定していなかったのです。

松村さんは、ハザードマップで施設の2階まで浸水する想定だったことを認識していたそうですが、
過去の経験から「ひざくらいまでしか浸水しないだろう」と浸水の規模を甘く見積もっていたといいます。

当時の施設内の様子

3階での避難を余儀なくされた入所者は、ベッドが足りず、マットで雑魚寝をしなければなりませんでした。
施設は泥だらけ。1階に設置していたボイラーも使えなくなったため、高齢者の入浴など十分な介護サービスができませんでした。
2か月間にわたって、入所者の受け入れもできなくなり、近隣の施設に受け入れを依頼するため、連絡をとり続けました。災害への備えが不十分だったことを痛感したといいます。

施設のBCP策定アドバイザー 松村隆さん
「リハビリなどをしない状態で、2週間たってしまうと、要介護がどんどん進んでいく利用者もいました。たまに見かけて『え、どうしちゃったの』というぐらい、歩けなくなっている人がいました。だからこそ、介護サービスは被災、災害があって、中止、休止ということはありえなくて、利用者さんがどこかに避難しても、避難先にいる利用者を見つけてでも、継続していくことが、ものすごく大事だと感じました」

BCP策定に手が回らない施設の実態

災害によって高齢者施設が被災するケースが後を絶たないなか、厚生労働省はすべての施設に、来年度末(2023年年度末)までにBCPを策定するよう義務づけました。

BCPは、災害や感染症などが起きても、事業を継続したり、停止する期間を最小限にとどめたりするための計画です。
災害前、災害直後、さらには数か月先までの長期にわたって、どんな対応をとるか決める必要があるため、施設側が検討しなければいけない項目は多岐にわたります。
関係者のなかには、きちんとした計画を策定するには1年以上かかるという見方もあり、いますぐ作り始めても、義務づけられている来年度末の期限ぎりぎりになってしまう状況です。

こちらのグラフは、ことし3月に公表された厚生労働省の調査結果です。
策定済みは25.9%にとどまっていることがわかりました。一方で、「策定する目途は立っていない」と答えた施設も22%にのぼりました。

策定が進まない施設からは次のような声が。

「今は新型コロナ対策が最優先で、BCP策定は後回しにしている」
「小規模な高齢者施設が多く、慢性的な人手不足だ」
「防災に詳しい職員がいない」
「策定のための業務が膨大だ」

厚生労働省も、BCPのひな形を示していますが、施設によって想定される被災規模や、利用者の人数、職員が住む場所の安全性など、状況が大きく異なるため、そのままでは使えないという意見も聞かれています。

被災を教訓にアドバイス

ハードルが高いBCPの策定。松村さんは、自らの施設が被災した時の教訓を生かした、アドバイスを心がけています。
いま、支援に力を入れているのは木曽町にある定員18人のデイサービス施設です。

この施設は、急斜面が近くにあり、土砂崩れや道路が寸断されるおそれがあります。

松村さんは、施設が使えなくなった時に備えて、施設の周囲2キロ余りにある学校や、公民館などを借りることを提案しました。
さらに、借りた施設で事業が継続できるよう、行政などと相談しておくように促しました。

松村さんと施設担当者

松村さんがもう1つ重要な点として指摘したのが、災害が起きた時に、すぐに動ける職員の確保です。
地域を流れる一級河川の木曽川の浸水想定域や、土砂崩れのおそれがある地区に職員がどのくらい住んでいるのかを確認し、災害時に何人の職員が対応できるか想定しておくように求めました。

施設のBCP策定アドバイザー 松村隆さん
「職員が来られなくなったり、施設を使えなくなったりしたときに、近隣の施設と、どう連携するかということを事前に話し合っておきましょう」

この施設では、いざというときに、ほかの施設に職員を派遣したり、派遣を受け入れたりするため、施設間の連携を深めるよう模索していくことになりました。
台風19号の時にほかの施設に、入所者の受け入れなどで助けてもらった経験から、松村さんはこの対策は重要だと考えています。

デイサービス施設の担当者
「国が求める水準にあったBCPができるか不安な部分がありました。松村さんからアドバイスを受けて、BCPを策定するイメージがわきました。まずは作ってみたい。早く作ることに越したことはないが、作るからには万が一の際に、活用できるものにしていきたいです」

松村さんは、この施設でBCPが完成したあとも、実効性があるかどうか一緒に検証するなど、継続的な支援を行うことにしています。

施設のBCP策定アドバイザー 松村隆さん
「台風19号の経験がなければ、話せなかったこともあるので、いま、アドバイザーとして、施設に協力する機会を与えてもらっていると感じています。想定を超える災害が起こると、何も考えられなくなって、頭が真っ白になってしまいます。最悪の状況を考えておくだけでも、施設の業務が止まってしまうことを防げます。事前に考えておけば、自分は何をしなければいけないか落ち着いて判断できるので、事前の準備をしてもらいたいです」

取材後記

2016年、鳥取放送局にいた私は、鳥取県中部を震源とした震度6弱の地震が起きた際に、素早く業務を再開した企業を取材しました。
それらの企業は事前にBCPを策定し、いざという時に修理・復旧にあたってもらう業者や、業務再開に特に必要な業務を決めていたということです。
一方で、いったんはBCPを策定したものの、何年も見直しができていない企業もありました。

高齢者施設には、BCPを策定して終わるのではなく、防災訓練を繰り返すなどして検証を続け、BCPを定期的に見直すことで、高齢者の命や健康を守ってほしいと感じました。

  • 橋本慎也

    長野放送局 記者

    橋本慎也

    2014年入局。鳥取局、前橋局 現在は長野市政や教育などを中心に取材。

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