「高齢化するマンション」。大地震の際、建物だけでなく、高齢化するマンション住民への対応も重要になってきます。首都直下地震の直後は、公的な支援が期待できないからです。
こうした中、東京・調布市のマンションでは、ひとりひとりに支援が行き届くよう、こだわりの備えを進めています。
(首都圏局/記者 金子泰明)
東京・調布市にある築50年の大規模マンション。443世帯、874人が入居しています。住民の高齢化は進み、75歳以上は4人に1人。大規模な災害が起きた直後、住民どうしでどう支え合うかが課題となっていました。
名和道子さん(81)は7階の部屋に1人で暮らしています。東日本大震災では大変な思いをしたという名和さん。日常の買い物などで外出する際はエレベーターを使っていますが、毎日1度は、階段で1階との間を上り下りしているといいます。いま、健康に不安はないといい、足腰もしっかりとされていました。
ただ…
Q.この先、もう少しお年を召されたとき、同じように上り下りできるのか、という心配はありませんか?
「そうそう。それは大変。どうしましょう。その時には…」
やはり、不安は拭えないといいます。
大地震が起きた直後の段階で、高齢者など支援が必要な人に確実に届けるため、去年完成したのがこのマニュアルです。
入居者874人全員分の名簿を作成。同時に、災害時に支援を希望するかどうかをアンケートで聴き取り、支援が必要な人の名簿も初めて作りました。
その結果、支援を希望する人は60人にのぼっていました。どこの世帯にいるのかも、ひと目でわかるよう早見表も作っています。
マニュアルづくりの中心となったのは、久保田潤一郎さん(67)です。
勤務していた大手情報機器メーカーで防災計画づくりに関わった経験をいかし、マンション管理組合の理事長としてマニュアルを完成に導きました。
久保田潤一郎さん
「高年齢の人が、もっと高年齢の人をケアしないといけない。自分たちの現状と身の丈にあったものをつくらないと、長続きしないだろうと思いました」
このため久保田さんは、徹底した現状把握をしようと、一世帯一世帯にアンケートをとりました。
そして、支援する側も。入居者からボランティアを募り、24人の協力が得られることになりました。これに管理組合の理事会メンバー22人も加わって支援にあたることにしています。
マニュアルでは、このボランティアなどが住民の安否確認や必要に応じ、水や食料の支給を行うことにしています。
速やかに届けるため、すべての入居者には「安否確認マグネット」が配付されています。
一方の面には「無事です」、もう一方には「救助求む」と記されていて、日頃からドアの内側に貼って、すぐに使えるようにしてもらっています。
そして、もし支援が必要となった場合には、事前に配布しているシートに具体的に書き込み、ドアの外側にマグネットとともに貼りつけるのです。こうすることで、支援が必要な人と支援する側との間で、不確実なやりとりをなくすことができます。
さらに、マニュアルには家具の転倒を防ぐ固定や、初期消火に使う消火器の点検などが重要だとして、日頃からの備えに取り組むよう呼びかけています。
支援が届く前提として、住民がけがをせず、火災も拡大させないことをすべての住民に知ってもらいたい、という思いからです。
久保田潤一郎さん
「“できること”と“できないこと”を、全ての居住者に理解してもらおうと(呼びかけを作りました)。日頃から、(家具の)転倒防止や消火器の確認など、自分たちでやってもらおうと思って」
やらなければいけないことはわかっている。でもなかなか進まない。これがマンションにお住まいの方の実情ではないでしょうか。
マンション管理に詳しい横浜市立大学の齊藤広子教授は、東日本大震災の発生を受けて、防災への関心は高まっているものの、防災マニュアルを作成しているマンションは2割くらいしかないと指摘します。一般のマンションでは、理事が毎年交代してしまうことなどが背景にあるとしています。
その上で、取り組みをする上で、次のようにアドバイスしています。
横浜市立大学 齊藤広子教授
「理事のほかに、防災対応のチームを作ってもいいし、できるところから、それぞれのマンションに合ったところから進めればいいと思います。また、管理組合の過去の活動に財産が眠っている可能性があります。整備したあと忘れられた防災用の井戸や、防災マニュアルのたたき台になる資料が見つかることもあります」
そして、重要なこととしてこのように指摘しました。
「マンションの防災は『マニュアルは完成したら終わり』ではありません。入居者の年齢や家族構成は、時間とともに変わるので、繰り返し訓練を行うことが大切です。訓練を実施する時間帯や参加するメンバー、シチュエーションに変化を持たせる工夫が求められると思います」
今回ご紹介したマンションのマニュアルは、管理会社で作る「マンション管理業協会」のホームページで公開されています。
私自身、マンションに住んでいるので「わがこと」として取材にあたりました。
住民どうしのつながりが希薄になりがちだとされる時代。実際、私のマンションも入居者どうしのつながりが強いとはいえないと思います。今回の取材を通じて、防災活動に重ねて取り組んでいくことが、顔が見えるコミュニティーを作ることにもなると思いました。自分ができることはないか、考えていこうと思います。