介護施設で利用者を送迎する車の運転手が足りない。
ことし9月、さいたま市の介護施設で送迎車が利用者らをはね、2人が死亡し1人が大けがをした事故。利用者の命を預かる介護施設の送迎車ですが、取材を進めると、運転手の確保が難しく、介護現場の運営を揺るがしかねない実態が見えてきました。
(さいたま放送局記者 小野匠哉 海老原悠太)
事故が起きたのは9月13日の夕方。さいたま市見沼区の介護施設で、88歳と89歳の利用者が、帰りの送迎車に乗ろうと玄関前を歩いていたところでした。敷地内で待機していた送迎車が施設の建物に突っ込み、2人が死亡、スタッフ1人が大けがをしました。
送迎車を運転していたのは75歳のアルバイト運転手で、過失運転致死傷の罪で起訴されました。調べに対し「アクセルとブレーキを踏み間違った」と説明していました。
「本当に申し訳ない事態を招いてしまった」。
こう語るのは、事故が起きたさいたま市の介護施設の神山光代表です。
事故からおよそ1か月後、施設を訪れると事務所には亡くなった2人の献花台が設けられていました。神山さんは死亡した利用者2人に手を合わせ続けています。
神山光代表
「痛かっただろうな、苦しかっただろうなとかそういうことを時間とともに考えています」
施設に2年前に採用された運転手は、採用後、2件の物損事故を起こしていました。
しかし、施設の人手がギリギリの状態でシフトを組む中、業務を続けていました。
神山代表は「私の中では事故を絶対忘れずに一生、生きていきたい」と声を振り絞っていました。
介護施設で何が起きているのか
東京・江戸川区のデイサービス施設が取材に応じてくれました。
「運転手の確保は容易ではない」。
都内で9つの施設を運営する会社の人事担当、梶川隆裕さんはこう指摘します。
利用者の命を預かる送迎車の運転手は介護施設を支える人材だとも指摘しています。
梶川隆裕さん
「送迎というのは介護スタッフだけではなかなか対応しきれない。人を5人6人を乗せて運転する業務なので、本音をいうとプロのドライバーがやってくださると一番安心です」
送迎車の運転手はどうやって確保しているのか。現場に密着しました。
介護職員は、施設内で利用者のケアや対応に追われます。このほか行政に提出する書類の作成、電話対応などにあたっています。少ない人手の中で送迎に出てしまえば、これらの業務がすべてストップしてしまいます。
この施設は運転業務をする人材が足りないため募集をかけています。
時給は1133円。勤務時間は送迎がある朝と夕方を中心にした限られた時間です。
9つの施設全体で26人をパートの運転手として雇用し、その7割が65歳以上です。
その1人、佐藤勉さん(67)に話を聞きました。運送会社を退職後、この施設で働き始めました。
佐藤勉さん
「年金生活で、ある程度家計の助けになればと思って」
神経をすり減らすことが多いという送迎業務に同行させてもらいました。
送迎で向かうのは利用者の自宅がある道幅の狭い住宅密集地。
歩行者や自転車が車の横を通り、時には飛び出してくることもあるので慎重な運転が求められます。
家の前に着いたら車を降りて利用者に駆けつけます。転んでけがをしないよう寄り添い、乗り降りもサポートします。急ブレーキや急発進を避け丁寧な運転を意識しているといいます。
緊張を強いられる仕事とは言え、勤務時間は1日数時間に限られます。週に6日勤務しても収入は月に10万円ほどです。
佐藤勉さん
「若者は来ないでしょ。金額の面とか、労働の仕方を考えたら」
施設は、佐藤さんのような運転に関わる仕事をしていた人材を集めたいと考えています。
しかし、運転手の人材はほかの施設や運送会社と「奪い合い」の状態だといいます。
運転手を確保するために処遇の改善を考えていますが、簡単ではないといいます。
送迎車のガソリン代も原油高の影響でコストが1割ほど増加。
電気料金やガス料金なども軒並み上昇していることが要因です。
運転手を確保できなくなれば、介護に関わる人材を運転に回さざるをえなくなると梶川さんは危惧しています。
梶川隆裕さん
「送迎自体に人手がかかるというところはあります。悪循環っていうんですかね。ドライバーさんだけじゃなくて介護スタッフの手も足りなくなってしまいます。難しさはありますね」
事故の取材を進める中、一筋縄にはいかない介護現場の現実にも直面しました。
さいたま市見沼区の施設は事故のあと、再発防止策などを講じるため、営業を停止しました。
しかし、利用者やその家族から「再開しないと、お風呂に入れない。服薬もリハビリもできない」という声が相次いで寄せられていました。
施設は、批判を覚悟の上で、事故から2週間ほどたったころ、利用者の受け入れを再開しました。
介護現場で起きている人材不足という現実に私たちはどのように向き合っていくべきなのか。介護の問題に詳しい淑徳大学の結城康博教授に話を聞きました。
結城康博教授
「運転手の人手不足がさらに深刻化して介護サービス自体が立ち行かなくならないために、送迎にかかる費用を含めた介護報酬を手厚くする必要がある。安定的に介護が提供されるために必要なものだと認識することが大切ではないか」
3年に1度行われる介護報酬の改定は来年度予定されていて、国は本格的な議論を始めています。介護の現場を誰が担い、どう支えていくのか。私たち一人ひとりが問われていると感じます。