いま、高齢者を主人公にした“シニア漫画”が人気を集めています。
老後、新しいことに挑戦する姿を描いた作品や、介護・認知症などの問題に迫る作品など、テーマはさまざまです。
ことしの「手塚治虫文化賞」の候補作にもノミネートされている『ぼっち死の館』という作品を描いたのは、78歳の漫画家・齋藤なずなさん。リアルな高齢化社会をテーマにしたこの作品から見えてくるものとは…。
去年、刊行された『ぼっち死の館』。6つの物語で構成された短編集です。
シニア世代が直面する現実のリアルな描写が話題を呼び、ことしの「手塚治虫文化賞」の候補作にノミネートされています。
物語の舞台は、東京多摩市にある『多摩ニュータウン』。高度経済成長期に整備された建物の多くが老朽化し、入居者の高齢化が課題となっています。
実は、『ぼっち死の館』の作者、齋藤なずなさんも、ここに住んでいます。この団地に住んで50年、8年前に夫に先立たれて以来、ひとり暮らしです。作品づくりでは、みずからの経験をもとに物語を構想、自身のいまの心境を投影しているといいます。
漫画家 齋藤なずなさん
「物語を描く上で大切にしていることは、リアルな日常を描くことです。
高齢者の住む団地では、つらい出来事や悲しい出来事もありますが、おもしろいことだってたくさんあるんです。
日々感じる楽しいことや心に残った出来事などを織り交ぜながら、いまの自分だからこそ描ける世界を描きたいと思っています」
『ぼっち死の館』は、6つの物語で構成された短編集です。
齋藤さんにとって、特に思い入れの深い物語をご紹介します。
主人公は、妻を亡くし、慣れない家事をする団塊世代の男性。
電車で空いている席を譲られても素直に座らなかったり、ひとり暮らしを心配してくれるご近所さんにも心を閉ざしたり…。
周囲から孤立していく主人公ですが、頭の中には、頑固な性格を心配する亡き妻の声がたびたび聞こえてきます。
ある日、買い物帰りに重い荷物を持ってバスを待っていた主人公。バスが来たので、列の一番後ろに並ぼうとしたそのとき、バスを待つ他の人から思いがけない言葉をかけられます。
「律儀な方ですねぇ」
実はこれ、齋藤さんご自身が、バス停で見知らぬ人からかけられた言葉だったそうです。
齋藤なずなさん
「バスが来たから一番最後に並ぼうとしたら、『最初から待っていたんだから、一番前にいらっしゃい』って言われて。
もう1人の人が、『まぁ、律儀な方ですね』って言ったんですよね。その言葉に私は非常に感じ入ってしまって、涙が出るほどうれしかったんです。
言葉ひとつで、心に届くことがあるんだなぁと思って、このことを漫画にしようと思いました」
物語では、かたくなだった主人公に変化が起きます。
それ以来、主人公は心を開くようになり、いつしか亡き妻からの声も聞こえなくなった…そんな物語です。
「人間は1人では生きられないですから。やっぱり心を開いていると、人ともつながっていける。そして、向こうからも手を差し伸べてくれるんです。そんなことを伝えたかったんですね」
本を読んだ読者からは、「年を取るのが怖くなくなった」とか、「親もこんなことを考えていたのかもしれない」など、幅広い世代から反響が寄せられています。
この漫画の担当編集者、待永倫さんによると、「高齢化社会を生きているシニアの方たちというのは、一番先頭の現実を歩いている方たち。テーマとしてもおもしろくて新しい。これからもっと“シニア漫画”は増えてくると思う」と話しています。
最後に、齋藤さんに最近心に残ったことを伺ってみると、このイラストを描いてくれました。
齋藤なずなさん
「バス停の近くにある椅子と塀の隙間に、すごく小さなピンク色の花が咲いていて、『けなげ~!』と思ったんです。ささやかなことでも、何気ないひと言でも、心の持ち方次第でいつでも幸せを感じることができるんですね。
過去のことにあまり捉われず、前を向くことが大切だと感じています。
若い方々、年を重ねることは決してつらいことばかりではありませんよ!安心して年を取ってくださいね」