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中江有里のブックレビュー テーマは“世界を見る”

  • 2021年7月5日

シングルマザーがルワンダに移住しタイ料理屋を開くノンフィクション。
話題のSF作家の魅力を詰め込んだ短編集。
女優、作家、国際ジャーナリストとして活躍する88歳岸惠子の自伝。
『星の王子さま』の作者を主人公にした長編小説。
双極性障害の著者が試行錯誤しながら見つけたユーモアあふれる対処法。
世界にはいろんな人がいて、心の中にも世界は広がる。そんな5冊を紹介します。

【番組で紹介した本】

『ルワンダでタイ料理屋をひらく』
著者:唐渡千紗
出版社:左右社

Yuri’s Point
シングルマザーの著者がルワンダへの移住を決意し、タイ料理屋をひらいた経緯を描く、ノンフィクション。
それまで飲食店で勤めた経験もなく、ルワンダで5歳の息子さんの子守をしてくれる人探しから始まる。やっと開店したあとも、従業員にもお客にも日本の常識は通用しないなど苦労続き。毎日のように珍事が起き、その解決に奔走しながらも、日本では得られなかった“働く充実感”で満たされていく。
私は、唐渡さんのルワンダへの移住は、野心に満ちたものというより、現状を打破するための一歩だったのだと感じた。
迷ったり、現状を少し変えたい方へのちょっとしたヒントになるかも。

 

『Arc アーク ベスト・オブ・ケン・リュウ』
著者:ケン・リュウ
出版社:早川書房

Yuri’s Point
著者のケン・リュウさんは中国出身、アメリカ在住のSF作家。これは、いまのケン・リュウの魅力を詰め込んだ、ベスト短編集。ケン・リュウ作品はどこか叙情的で、親の情愛や古代中国を題材にした物語など、SFになじみがない人にも読みやすい。
表題作「Arc」は映画化されて話題になっている。最新技術によって不老不死となった初の人類である「わたし」の物語。若い体のまま生き続けたらどうなるか、その行く先にあるものは…。
きっとこれからも、作品の映像化が続くだろうと思われる。さまざまなイメージが広がる作品集。

 

『岸惠子自伝』
著者:岸惠子
出版社:岩波書店

Yuri’s Point
現在88歳、岸惠子さんの自伝。女優で、作家、国際ジャーナリストとして知られ、活躍がひとつの枠にはまらない方だと感じていたが、中でも印象的だったエピソードは、12才で空襲に遭った時に、大人の人に「防空壕に入れ」と言われても従わずに逃げたことで助かった、という経験があり、「もう大人のいうことは聴かない」と決めた、ということ。24歳で単身パリへ渡り、自身の思う道を歩み続けてきた。
“卵を割らなければ、オムレツは食べられない”という副題はフランスのことわざで、「冒険なしに、結果を得ることはできない」という意味だそうだが、後生大事に持つより、思い切って割ってこられた岸さんの人生を見事に表している。

 

『最終飛行』
編者:佐藤賢一
出版社:文藝春秋

『星の王子さま』の作者、サン=テグジュペリを主人公にした、長編小説。
作家であり、飛行士でもあったサン=テグジュペリ。第二次世界大戦下のフランスで政治抗争に巻き込まれ、亡命先のアメリカで書き上げたのが、『星の王子さま』だった。空へのあこがれ、愛情、時代に翻弄される苦悩をサン=テグジュペリの視点で描く。

Yuri’s Point
「星の王子さまと同じ運命?」
いちばんの魅力は、物語のはじめと終わりに描かれた、臨場感あふれるフライトシーン。サン=テグジュペリが飛行機事故で消息不明になったという、タイトル通りの“最終飛行”に向かってこの小説も描かれているが、本当のところは誰にも分からない。そして、結果的に遺作となった『星の王子さま』も、星に帰ったのか亡くなってしまったのか、想像に任せる描き方となっている。
私は、作家やアーティストというのは、自分の運命を自ら引き寄せてしまう力があるのではと思った。狭い操縦席で何が起こったか?…謎めいている、当事者でなければ分からない心情を、佐藤さんが描き出した、小説ならではの表現で体感してほしい。

 

『躁鬱大学 気分の波で悩んでいるのは、あなただけではありません』
著者:坂口恭平
出版社:新潮社

31歳で双極性障害(そううつ)病と診断され苦しんでいた著者が、試行錯誤しながら見つけた、ユーモアあふれる対処法を分かりやすく伝えるハウツー本です。悩んでいる人はもちろん、誰にでも共感できるポイント満載。

Yuri’s Point
双極性障害の著者が自らをオープンにして語る説得力
「自分のために書いている」という言葉に説得力あった。
同じように悩む人に向けて書かれたものがほとんどだが、躁鬱(そううつ)ではない私が読んでも、共感ポイントがたくさんある。なぜなら、躁鬱病の人ほどではなくても、気持ちの浮き沈みは誰でも経験あるから。
その根源は何だろう、ということに坂口さんならではの答えを導き出していて、それは誰にでも当てはまると感じた。

「人は、人からどう見られているかだけを悩んでいる」
坂口さんも“躁鬱人”に限ったことではない、と言っているが、「あの人は私のことをどう思っているんだろう?」という悩みは、恋愛でも、仕事でも、どんな場面でも生じる。その度に悶々と悩んだり、誰かに相談した記憶は誰にでもあるはず。
その悩みの根源が、「人にどう見られているか」だけだと知ると、すっきりした気分になった。
他人の評価軸ではなく、自分が良いと思うことを貫けたら、日々の悩みから解き放たれるかもしれない。
そんな潔さが、躁鬱に悩む人だけでなく、私たちみんなが生きやすくなる秘訣だと感じた。


【案内人】
☆女優・作家・歌手 中江有里さん

1973年大阪生まれ。1989年芸能界デビュー。
2002年『納豆ウドン』で第23回BKラジオドラマ脚本懸賞最高賞受賞。
読書家としても知られ、NHK-BS「週刊ブックレビュー」で長年、司会を務めた。
近著に小説『残りものには、過去がある』(新潮社)、『トランスファー』(中央公論新社)など。2019年より歌手活動を再開。

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