知床半島の沖合で観光船が沈没した事故から2年となりました。20人が死亡、6人が行方不明となっている事故をめぐっては、去年、国の運輸安全委員会が最終報告書がまとめ、運航会社の安全管理体制や、国の検査や監査の実効性などに問題があったと指摘しました。ただ、事故の状況だけでなく責任の所在を明らかにしたいという家族の思いが強まっています。そうしたなか、息子を失った千葉県松戸市の遺族はある決意をしました。
(千葉放送局記者 間瀬有麻奈)
松戸市の会社員、橳島優さん(34歳)。
鉄道などの乗り物や旅行が好きで、週末の休みを利用して観光に訪れていた知床半島で事故に遭い、犠牲になりました。
父親の仕事の関係で中学3年生からオランダで過ごしたため英語が堪能で、帰国後に通っていた筑波大学では、鉄道の安全に関する研究に取り組み学会で賞を取ったこともあり、優秀な成績をおさめていました。
病気になった祖父の看病をするために一緒に暮らしたり、4つ下の妹が小学生の時にいじめられていることを知って学校の教員に訴えたりするなど、名前の通り優しく家族思いの性格で、結婚を約束した女性もいました。
事故から2年となるのにあわせて、優さんの父親(67歳)が取材に応じ、苦しい胸の内を語りました。
【優さんの父親】
息子は誰に対しても優しくて、みんなから愛されていました。昔から努力を惜しまず、年を重ねるごとに成長していました。これからもっと良い生活が待っていたはずです。
そんな息子が、荒れた氷のように冷たい海に投げ出され、どれだけの恐怖や苦しみ、絶望や無念さがあったのかと思うと、今でも涙が止まりません。息子を失った喪失感は、日ごとに大きくなっています。
日ごとに募る息子を失った悲しみ。父親には、いまでも開けられていないものがあります。
それは、優さんからの誕生日プレゼントです。
事故が起きた4月23日は父親の誕生日でした。優さんは、退職後の趣味にしてほしいと父親にドローンをプレゼントとして準備し、旅行から帰ったら家族で祝う予定でした。
父親は、そのことを事故の後に知りましたが、2年たつ今も開けることはできていません。
【優さんの父親】
せっかく息子が買ってくれた物なので、そろそろ開けようかな、という気持ちにもなっていますが、息子がいないことがまだしっくり来なくて、プレゼントを開けるという前向きなことをする気持ちになれないんです。
事故をめぐっては、去年9月、国の運輸安全委員会がまとめた事故の最終報告書を公表しました。
報告書では、船は甲板のハッチのふたが確実に閉まっていない状態で、波の揺れで開いて、海水が流入したと指摘。
その上で、船の安全運航の知見を持たない社長が安全統括管理者の立場にあり、運航会社には当時、安全管理体制が存在していない状態だったこと、国の検査や監査の実効性に問題があったことなどを指摘しました。
一方で、事故の責任の所在については、いまだに判然としていません。
刑事事件として立件されるのかどうかについても、第1管区海上保安本部が、業務上過失致死の疑いで捜査を続けている状況です。
父親は、国が事故の調査状況を説明する場に参加するなどして、なぜ悲惨な事故が起きたのかを、問い続けてきました。
最終報告書を受けて、それぞれの関係者が、安全を最優先して業務にあたっていれば、事故を防ぐことができたのではないかと感じていると言います。
【優さんの父親】
運航会社や社長、そして国が、人の命を預る仕事を担っていたにもかかわらず、安全意識のかけらもなかったことが明らかになったと思います。事故を起こした船のハッチや通信機器の不備なども問題ですが、そもそも悪天候が予想されるなか、出航しなければ事故は起きなかったと思います。なぜ息子が犠牲にならなければならなかったのか、真剣に考えれば考えるほど怒りがこみ上げてきます。
調査によって改めて明確になった事故の原因。国や関係機関は事故後、再発防止のために事業者への検査手順の見直しを行うなど、再発防止に向けた取り組みを進めてきました。
これまでも、事故から半年や1年といった節目のタイミングで取材に応じてきた父親。それは「事故を忘れてほしくない、2度と同じことが起きてほしくない」という思いからでした。
息子の死に向き合ってきた2年でしたが、事故の責任の所在ついては明らかにならないまま。
なぜ息子が犠牲にならなければならなかったのか。事故の責任の所在を明らかにするために、他の家族らとともに、運航会社と社長を相手取り、損害賠償を求める訴えを起こすことにしました。
裁判を通して、多くの人に運航会社の実態を伝え、再発防止につなげたいという思いもあると言います。それが、希望に満ちた将来の道を閉ざされた息子への報いにもなると考えています。
【優さんの父親】
裁判で責任の所在を明らかにしないと、息子が報われない。知床遊覧船の事故を風化させてはいけないという思いもあります。運航会社と社長がどれだけ安全意識が欠如していたかを知ってもらい、悲惨な事故が2度と起きないようにしたい。
息子からのプレゼントも、裁判のどこかの節目で開けるのかなと思っています。
今回の取材のなかで、優さんの父親は、事故の捜査や裁判に時間を要することに理解を示していましたが、「家族には長くは待てない高齢者もいる。捜査や裁判のスピードアップも必要ではないか」と話していました。犠牲者の家族にとっては、大切な人を突然失った悲しみに加え、なぜ犠牲にならなければならなかったのかと自問する苦しみも続いています。こうした思いは、過去に取材した別の事故の遺族からも多く聞かれた言葉でした。
「私たちみたいな思いをする事故は、もう二度と起きて欲しくない」。優さんの父親の言葉を忘れず、これからも伝え続けていきたいと思います。