国の特別天然記念物「コウノトリ」を野生に放つ取り組みを、千葉県野田市が行っているのを知っていますか。ことしも8月23日に放鳥が行なわれました。放たれたのはメスの2羽。しかし、その直後に予期せぬ事態が起きてしまいました。何が起きたのか、現地で取材していた記者が詳細をお伝えします。
(千葉放送局東葛支局 間瀬有麻奈)
ことし放鳥されたのは、2羽のメス「ココ」と「マメ」。兵庫県の飼育施設から卵を譲り受けたあと、施設に長年いるつがいに卵を託して、5月18日に生まれました。2羽は3か月で体長1メートル以上、体重は3キロ以上と順調に成長しました。
放鳥は、施設のケージの天井を覆うネットを開け、自らの意思で飛び立つ方法で行います。飛び立つまでの時間には個体差があり、これまでは平均で半日、中には2日かかった個体もいたということです。ことしの2羽は、朝から羽を広げる様子がみられ、関係者のなかでは、すぐに飛び立つのではと期待が高まっていました。
午前9時、放鳥のため、ケージを覆っていた天井のネットが飼育員によって開かれました。
「ココ」はすぐに羽を広げたり、上空を見上げたり、飛び立つような様子を見せ始めました。
午前9時40分、「ココ」がケージを飛び出しました。過去の放鳥のなかでも、最も早い飛び立ちでした。
飛び立った「ココ」は、しばらくの間、施設の上空を飛び回ったり、近くの電柱に止まったりを、繰り返していました。無事飛び立った安ど感から、職員や集まった住民から大きな歓声が起こりました。
しかし、午前10時20分ごろに異変が起きました。職員や住民の人たちが、近くを旋回する「ココ」の様子を見守っていたときでした。「あぁ!」ー現場で、悲鳴に近い声が響きわたりました。
「ココ」が、施設から400メートルほど離れた場所の電柱から飛び立ったあと、近くにある高圧線の鉄塔の近くから落下したのです。取材班がみていた様子では、高圧線の付近から、垂直に落下したようにみえました。
現場は騒然となり、市の職員たちが、すぐに落下した付近の草むらに向かい捜索が始まりました。
午前11時50分ごろ、担当者に抱えられた「ココ」が飼育施設の中に運び込まれていきました。先ほどまで元気に飛び回っていたとは思えないほど、ぐったりした様子でした。「何とか生きていてほしい」と取材班も見守っていました。
獣医によって治療が行われましたが、午後0時7分に治療のかいなく死にました。
もう1羽の「マメ」は飛ぶ気配がありませんでしたが、午前11時7分に飛び立ちました。
「ココ」に予期せぬ事態が起き、風も強くなってきたため、担当者が放鳥を中止しようとするなかでの飛び立ちでした。
<当日の時系列まとめ>
午前9時 ケージのネットが開放
午前9時40分 「ココ」飛び立つ(過去最短)
午前10時20分ごろ 「ココ」鉄塔付近から落下
午前11時07分 「マメ」飛び立つ
正午前 けがした「ココ」保護・治療
午後0時7分 「ココ」死亡が確認
市によりますと、飛び立った直後はまだ環境に慣れていないため、特に事故が起きる危険性が高いということです。このため、施設の周りの電線の多くは、目立たさせるために黄色いカバーで覆われています。さらに、市の職員や飼育員も異変がないかをずっと見守っていました。しかし、今回の事故を防ぐことができなかったということです。
市では、「ココ」を兵庫県立コウノトリの郷公園に送って死因を特定し、落下した原因を調べることにしています。
野田市がコウノトリを飼育を始めたのは2012年。国の特別天然記念物のコウノトリは、国内では1971年に野生の個体が絶滅してしまい、その後、各地で飼育の取り組みが行われていました。
市は、江川地区という、利根運河沿いの林のなかに田んぼが広がる緑豊かな地域に「こうのとりの里」という飼育施設を設置して、ヒナの飼育を始め、8年前の2015年から、ヒナを野生にかえす取り組みを進めてきました。
2012年当時に、東京都の動物公園から譲り受けたつがいの「コウくん」と「コウちゃん」が産卵してきたほか、遺伝子の多様性を確保するため、2羽に兵庫県の施設などの別の譲り受けた卵を託してヒナを育てることで、2015年以降、毎年放鳥を行ってきました。
「ココ」と「マメ」以外で、これまで野生に放ったのは15羽。今回の事故で、市が放鳥したコウノトリの死亡が確認されたのは5羽目となりました。
これまでの4羽は、施設を飛び立って数ヶ月以上たったあとに死んでおり、鉄塔にぶつかったことや、くちばしが折れて餌がとれなくなったことなどが原因とみられています。「ココ」のように放鳥した直後に死ぬ事例は初めてでした。
<過去の死亡事例>
2015年放鳥「愛」 高圧鉄塔に衝突、落下して死んだとみられる
2018年放鳥「だいち」 防鳥ネットにからまってけがをして衰弱したとみられる
2018年放鳥「きらら」 高圧鉄塔・電線に衝突してけがをして死んだとみられる
2018年放鳥「りく」 くちばしが折れ、餌をとれずに衰弱したとみられる
今回「ココ」が死んだことに、関係者は沈痛な面持ちでした。
自然界のことで防ぐのが難しいところもありますが、市として取り組みを進めてきたなか今回の事故が起き、非常に残念です。元気に飛び回り、夢を与えてくれることを望んでいました。解剖をおこなって死因や経緯を調べながら、野生で生息するコウノトリを引き続き、見守っていきたい。
市がこれまで放鳥した17羽のうち、生存している12羽は、茨城県や埼玉県、それに千葉県などで目撃されています。なかには繁殖が確認された個体もいて、少しずつ野生環境に定着してきていることがうかがえます。市では今後も多くのコウノトリが自然界に定着できるよう、今回の事故を検証し、対策を検討することにしています。
私は今回の取材で初めてコウノトリを間近でみました。キョロキョロと周囲をみわたす様子がかわいらしいうえ、羽を広げた時には迫力もあって、とても魅力的な鳥だと感じました。
「ココ」が死んでしまったことは、非常に悲しい出来事でしたが、放鳥の中止が検討されるなかで、最後に「マメ」が元気に飛び立ってくれたことに、勇気づけられたような思いがしました。今後対策が講じられ、野田市の取り組みによって多くのコウノトリが自然界に定着することを切に願います。