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木内信夫展 シベリア抑留伝える 世界記憶遺産の水彩画 千葉 柏

  • 2023年08月10日

水彩画家の木内信夫さんを知っていますか?

旧ソ連軍の捕虜となった人たちが厳しい労働を強いられた「シベリア抑留」。帰還後、柏市で暮らしながら、現地での体験を多くの水彩画に残しました。作品はユネスコの「世界記憶遺産」にも登録されましたが、おととし、亡くなりました。

「人間と人間ってみんな同じなんだから」

木内さんが伝えたかったのは悲惨な戦争体験だけでなく、国を越えた人と人とのつながりでした。 

(千葉放送局記者・渡辺佑捺)

「シベリア抑留」描いた画家

1923年に東京・港区赤坂で生まれた木内信夫さん。1944年7月には当時の関東軍に入隊し、陸軍の兵士となりました。

出征時の木内さん

旧満州で終戦を迎え、仲間と帰国しようとしたものの旧ソ連軍の捕虜となり、およそ2年半の間、いまのロシアやウクライナで抑留され、いわゆる「シベリア抑留」を体験しました。

木内さんが旧ソ連軍の捕虜となってからたどったルート

日本に帰国してからは、自動車部品メーカーなどさまざまな職を転々としました。

そのかたわら、もともと趣味だった水彩画で「シベリア抑留」の記憶を残し始めました。描いたのは、厳しい寒さの中で強いられた労働や日々の生活の様子です。

吹雪の中の作業で、崖から落ちそうになることもあった
スクラード(倉庫)でじゃがいもの選別作業をするようす
ノーチラボート(夜間作業)は眠くて嫌な仕事のひとつだったという

柔らかいタッチで描かれた木内さんの作品のうち40点は、2015年にユネスコの「世界記憶遺産」に登録されました。

登録された当時、報道陣に囲まれる信夫さん

晩年は水彩画家、イラストレーターとして活動した木内さん。プラネタリウムで上映する昔話のイラストを描いたり、文芸雑誌の挿絵を描いたりしていましたが、おととし97歳で亡くなりました。

柏市で作品展が開催

木内さんが帰国後に暮らした柏市の観光案内所では、8月1日から木内さんの作品展が開かれています。

kamonかしわインフォメーションセンター

展示されているのは、「シベリア抑留」を描いたイラストのレプリカ、およそ70点。

詳しい説明も展示

父の思いを継ぐ 長男

8月5日、作品展の会場で開かれた講演会。登壇したのは、木内さんの長男・正人さん(59)です。父親の生い立ちや作品の裏話などを語りました。

木内正人さん

父の信夫さんの話を聞きながら、制作活動を支えてきた正人さん。一緒に講演活動をすることもありました。

2019年に講演会で登壇した信夫さん(左)と正人さん(右)

信夫さんが亡くなってからも、父が話していた「シベリア抑留」や戦争の体験を伝える講演会を続けています。

8月の講演会には約20人が参加

さらに、信夫さんの作品を公開するホームページを立ち上げ、英語やロシア語でも読めるようにしました。

ホームページ「旧ソ連抑留画集」

「シベリア抑留」 生まれた絆も

正人さんが伝えているのは、「シベリア抑留」のつらく厳しい生活とは異なる一面です。

信夫さんが残した水彩画には、人種や国境を越えて、人と人との温かな交流があったことが描かれています。

「見えないと 味も見えない 気の暗さ」と添えられた絵は、信夫さんが作業中に目にけがをしていた間、ヨーロッパから同じように抑留されていた兵士が、食事をとるのを助けてくれた様子が描かれています。

また、別の絵では、旧ソ連兵や捕虜たちが相撲をとる様子が描かれています。信夫さんは当時のことを振り返り、「彼らは負けてもスパシボ(ありがとう)と言ってくれた」と話していたそうです。

父・信夫さんの活動を熱心に伝え続けてきた正人さん。作品を公開してきたホームページを通じて、ある絆を感じるエピソードがありました。

「カピタン(大尉)も自分も同じサマリョート(航空機)」と添えられた絵です。旧ソ連兵と自分が談笑している様子が描かれています。

ある日、正人さんのもとに、ホームページでこの絵を見たロシア人から「これは自分の父かもしれない」とメールが届きました。

その人の写真を送ってもらい、信夫さんに見せたところ…。

「ああ、この人、この人!」

信夫さんが水彩画で描いた旧ソ連兵でした。水彩画をきっかけに、50年以上の時を超え、その息子どうしがつながったのです。

厳しい環境で多くの命が失われた「シベリア抑留」。しかし、人と人とのつながりもあったことを信夫さんは何度も話していたといいます。

正人さん

父は「人間と人間ってみんな同じなんだから、ひざ突き合って話せばわかる人たちなんだよ」と常々話していました。

父が描いたのは戦争の悲惨さよりも、人と人との関わりあいや、人の優しさでした。

現地の子どもたちとそりで遊んだ
旧ソ連兵たちと楽器を囲んで歌うこともあった
講演会に参加した男性

抑留の悲惨な記憶だけでなく、現地の人たちとの交流があったことを知り、信夫さんの「戦争はいけない」という思いの強さが分かりました。

正人さんは、父・信夫さんが伝えたかった思いを受け継ぎ、これからも語り部として活動していきたいとしています。

父・信夫さんの作品を眺める正人さん

木内正人さん
「父は戦争がなくなって欲しいとずっと思っていたから、その思いを実現するには、直接生の声を聞いて絵を描く姿を見てきた私が父の戦争の体験について語り継ぐしかないと思っています。戦争がなくなる日まで、いつまでも父と二人三脚のつもりで伝え続けていきたいです」

「木内信夫作品展~今、平和のために」
▼場所:kamonかしわインフォメーションセンター(柏市柏1-1-11 ファミリかしわ3階)
▼日時:8月1日~31日 午前9時~午後7時

  • 渡辺佑捺

    千葉放送局 記者

    渡辺佑捺

    県政担当。これからも千葉に残る戦争の記憶を取材していきたい。

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