ページの本文へ

  1. 首都圏ナビ
  2. ちばWEB特集
  3. 山下清を支え、ゴッホを広めた精神科医・式場隆三郎とは

山下清を支え、ゴッホを広めた精神科医・式場隆三郎とは

  • 2023年08月09日

去年、生誕100年を迎え、放浪の画家として知られる山下清。その人気の裏側には、才能を見いだし、活動を支えた精神科医・式場隆三郎の存在がありました。

山下に加え、ゴッホを日本に広め、民芸運動の推進にも携わってきた式場について紹介する企画展が、千葉県我孫子市で開かれています。医師にして「プロデューサー」としても精力的に活動した式場隆三郎とはどのような人物だったのでしょうか。

(千葉放送局記者 金子ひとみ)

式場隆三郎とは

式場隆三郎

式場隆三郎は1898年(明治31)年、新潟県中蒲原郡五泉町(現・五泉市)に生まれました。新潟医学専門学校(現・新潟大学医学部)卒業後、精神科医となります。

1936年(昭和11年)、千葉県市川市に移り住み、国府台病院(現・式場病院)を設立しました。

市川市役所1階では名誉市民として紹介されている

医学生時代から雑誌「白樺」を愛読してきた式場は、美術や文学にも造詣が深く、67歳で亡くなるまで、200冊以上の本を執筆します。国立西洋美術館の建設促進運動や長崎で被爆した医師・永井隆の著書『長崎の鐘』の出版にも関わるなど、幅広い活動を展開し、市川市名誉市民にも選ばれています。

山下清を知らしめた

陶器に絵付けする山下清(左)と見守る式場(右) 1955年ごろ

式場の功績として有名なのは、放浪の画家として知られる山下清の才能に注目し、世に知らしめたことです。

式場は、顧問医師を務めていた市川市内の障害児施設、八幡学園で山下と出会い、1955年(昭和30年)ごろからは特に多くの時間をいっしょに過ごしてきました。

現在、我孫子市で開かれている企画展では、「作品の幅が広がるように」との式場の勧めで山下がデザインした「群鶏」「砂丘」「記念撮影」「花火」の4つの絵皿が展示されています。

山下がペンで描いた式場の肖像画です。

山下清の日記「しきば先生と東京へ遊びに行った事」1955年9月21日

山下が式場と後楽園遊園地へ行ったときの日記「しきば先生と東京へ遊びに行った事」も展示されています。式場は山下の文章について、著書の中で「清は体験したこと、見聞きしたことをそのまま文章にする。乏しい語いで、せいいっぱいの努力をしてかく。この偽らない真実性がまた素朴で、美しく、よむものに好感をあたえる」と評していました。

企画展を中心で準備した山田真理子さん(式場病院職員)
「式場は、山下の作品に心ゆさぶられて応援したいという気持ちとともに、山下の活躍が当時120万人いた知的障害のある子どもたちやその家族の希望の光となることを願っていたようです。山下だけでなく、重度の知的障害がある子どもたちの展覧会開催にも尽力しています」

ゴッホの研究と大衆への紹介

式場は精神科医の立場から、オランダの画家、フィンセント・ファン・ゴッホの研究にも力を入れ、「ファン・ホッホの生涯と精神病」や「ゴッホの手紙」など、ゴッホに関する本の執筆や翻訳を手がけました。

ドイツ製の複製画

「ひまわり」などの複製画を購入し、1950年(昭和25年)から1958年(昭和33年)にかけて、全国で巡回展を開催。

ゴッホ複製画展会場の写真(徳島市) 1954年

当時は、大半の日本人が白黒の画集でしかゴッホを見たことがなく、各地の会場は、ゴッホの作品を一目見たいという人たちであふれ、来場者数の記録を次々と塗り替えました。

山田真理子さん

式場は、ゴッホの作品をモチーフとした浴衣を作るなど、生活とゴッホを結びつける試みも行いました。自分の愛するゴッホを、誰の手にも届く存在にしたい、ゴッホの人生や芸術から力を得てほしいという願いがあったのだと思います。

民芸運動への参画、我孫子とのかかわり

式場が使用していたおわんやお盆

式場が、山下清やゴッホを世に紹介することとともに力を入れたのが民芸運動の推進でした。

民芸運動は大正時代末期に思想家の柳宗悦や陶芸家の河井寛次郎らによって提唱されました。日用品の中に美を見いだし、こうした美が宿る品々を日常で用いることで心を整え、新しい「美の見方」や「美の価値観」を広めようとする運動でした。

1列目左より濱田庄司、柳宗悦、棟方志功、芹沢銈介、浅野長量、式場隆三郎 1938年

この時代、我孫子は、民芸運動の中心だった柳のほか、白樺派の作家・武者小路実篤や志賀直哉、イギリス人陶芸家のバーナード・リーチなど多くの文化人が拠点とした場所で、式場も柳らのもとを訪れていました。

式場は総責任者として「月刊民藝」の編集に携わった

式場はなぜ民芸運動に参画したのか。その理由を読み解くヒントとなる資料も展示されています。

月刊民藝 昭和16年9月号 日本民藝協会 座談会「宗教と工藝について」
「私は専門は精神病理学でありますが、私が民藝運動に参加するのは遊戯的な気持ではありません。医者の方とは離れて居ると思うか知れませんが誠に関係が深いのでありまして(略)。
薬をのませたり注射をすることも仕事の一部分ではありますが、複雑な精神生活はそういうものでは救われない、何か生活全体の建直しをしなければならぬ。民藝運動が人間を健康にする」

企画展を中心で準備した山田真理子さん(式場病院職員)
「式場は、民芸の持つ力が、精神疾患の予防や治療につながると考えました。困難な立場に置かれている人や見えないものに特に心を寄せて力を尽くしました。現代社会のソーシャル・インクルージョン(すべての人が地域社会に参加し、共に生きていくという理念)の普及にもつながっている式場の多種多様な仕事に関わる展示を、ぜひゆっくりとご覧ください」

取材後記

「民芸運動」に関わっていた人が、自分が担当していた自治体・市川市に住んでいたことを知ったのは去年でした。その後、山田さんと連絡を取り合う中で、式場隆三郎のことをもっと知りたいと思い、「待っていました!」という気持ちで今回の企画展を取材しました。
企画展からは、多彩な分野で膨大な仕事をした式場が、山下清もゴッホも民芸も、自身が傾注した人物や品々が他者に与える力を信じ、世に広めようと奔走していたことが伝わってきます。山田さんの工夫をこらした解説文にも注目してください。

企画展「式場隆三郎展―見えない世界の美しさに心をよせて―」

会場:我孫子市白樺文学館
会期:前期 7/15(土)~10/9(月)、後期10/17(火)~1/14(日)
開館時間:午前9:30~午後4:30(入館は午後4時まで)
入場料:大人300円、高校生・大学生200円、中学生以下無料
休館日:月曜日(月曜日が祝日の場合は開館し、直後の平日が休館)、年末年始
主催:我孫子市、我孫子市教育委員会、社会福祉法人日本点字図書館、医療法人式場病院

  • 金子ひとみ

    千葉放送局 記者

    金子ひとみ

    8月から船橋・市川・浦安・習志野担当を離れ、八千代などを担当しています。

ページトップに戻る