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シアン流出 日本製鉄の対応は 経緯は 千葉県が評価まとめ行政指導 君津

  • 2023年08月08日

「数十年前の公害を思い出させる事案」

「日本製鉄 東日本製鉄所 君津地区」で相次いで発覚した、毒物のシアンなどを巡る問題。発覚から1年余りが経過し、1つの区切りを迎えました。

再発防止に向けた日本製鉄の報告書に対する千葉県の評価がまとまり、その内容が公表されるとともに、熊谷知事が行政指導を行いました。

一連の問題の経緯をまとめるとともに、県の評価について詳しくお伝えします。

日本製鉄に県が行政指導

8月8日、熊谷知事は「日本製鉄 東日本製鉄所」の野見山裕治所長に対し、行政指導の文書を手渡しました。

熊谷知事

社を挙げて環境保全に万全を期し、県民の信頼回復に真摯に取り組むことを強く求めます。

その上で、地域社会に大きな役割を果たしておられる企業として、地域住民の健康の保護、そして生活環境の保全に関する社会的責務を有することを再認識し、環境保全対策が形骸化しないよう、たゆまぬ努力で将来にわたって取り組みを続けていただきたいと思います。

野見山所長

指導を重く受け止め、地域の皆様の信頼を取り戻せるよう、しっかり再発防止策を進め、適切に対応してまいります。

行政指導は、日本製鉄が提出した事故原因や対策に関する報告書に対する県の評価を元に行われました。

県がまとめた評価書には、次の内容が盛り込まれました。詳しい中身は記事の後半でお伝えします。

「単に対策を漫然と実行するだけでなく、事業者が自ら対策の実施状況や効果を評価することで、更なる改善を図る必要がある」

「対策の進捗状況などについて情報開示する必要があり、今後、事故などが発生した場合でも、迅速かつ的確に対応するとともに、ホームページを活用し、状況や対策などについて積極的に情報開示するなど、より開かれた製鉄所とするよう求める」

発端は「魚が大量死」(2022年6月)

一連の問題の発端は、去年6月19日、製鉄所近くの水路で水が赤く染まり、魚が大量死しているのが見つかったことでした。

去年6月の水路の様子

製鉄所の敷地内から、有害物質の「チオシアン酸アンモニウム」を主な成分とする液体が水路に流出。

石炭を燃やした際に出るガスから、硫黄の成分を取り除くのに使う液体(脱硫液)のタンクに穴が空いていたのが原因でした。

また、製鉄所の排水口や近くの水路では、毒物のシアンも検出されました。

無届けポンプで東京湾へシアン流出(2022年7月)

水路での魚の大量死からおよそ2週間後の去年7月1日、今度は東京湾に面した排水口で毒物のシアンが基準を超えて検出されました。

東京湾沿いに建つ製鉄所

製鉄所の高炉で発生するガスの処理水を排水する過程で、製鉄所は法律で定められた届出をせずにポンプを設置し、別の系統に処理水を送って排水していました。

無届けのポンプは、シアンの濃度が薄いとされる上ずみの処理水を吸い上げ、排水することになっていました。

しかし、ポンプが水槽の下のほうに落ちる不具合があったため、実際には、シアンの濃度が濃い水が、本来と別の系統を通じて排出されていました。

多数のシアン流出未報告が発覚(2022年8月)

さらに1か月後の去年8月中旬、今度は、過去に何度もシアンが検出されていたのに、県への報告がなかったことが明らかになりました。

6月と7月に相次いで起きた事案を受け、日本製鉄は過去の水質検査の結果をさかのぼって点検。

すると、去年4月までの3年余りの間に、基準を超えるシアンを計39回検出していたのに、いずれも県に報告していなかったことが分かりました。後日、さらに同様のケースが4件見つかり、あわせて43回にわたって報告が行われていませんでした。

中には、検出されていたのに、再検査を行って検出されなかった結果だけを記録していたケースもありました。

製鉄所の地図 丸囲みの数字は排水口の番号
(日本製鉄が提出した報告書より)

シアンが流出した原因は、高炉のちりを集める装置で使われた水が水槽からあふれ出し、雨水を排水する系統に流入したことでした。

一部の社員は水があふれ出していることや、雨水の系統に流入していることを認識していましたが、対策を怠っていたということです。

県などが抜本対策を指示(2022年8月)

熊谷知事(左)が日鉄の所長(右・当時)に文書を手渡し

次々と明らかになった製鉄所でのシアンを巡る問題。

8月25日、千葉県の熊谷知事は、君津市と木更津市、富津市の市長とともに、「日本製鉄 東日本製鉄所」の谷潤一所長(当時)と面会しました。

熊谷知事

県民の不安を招き、事業者への信頼が損なわれる事態が続いており、たいへん遺憾だ。企業として果たすべき社会的責任を十分に認識してほしい。

日本製鉄が基準を超えた有害物質を検出した場合、県や3市に報告するよう定めた協定の規定に違反したとして、再発防止のための抜本的な対策を策定し、報告するよう指示しました。

谷所長(当時)

近隣住民や関係者の皆さまに多大なるご迷惑とご心配をおかけしたことを重く受け止めています。徹底して原因究明に努め、再発防止に全力を尽くします。

日鉄が報告書を提出(2022年9月)

日本製鉄は、指示を受けて9月30日に報告書を県などに提出しました。

日鉄が公表した報告書の冒頭

報告書では、それぞれの事案の概要と原因について記載した上で、次のような内容が盛り込まれました。

▼“漏らさない”、“漏れても排水系統に流さない”、“排水系統で遮断する”の3重の対策で再発を防止する。

▼水質検査を担当する部署を再編するなど組織体制を見直し、業務フローを変更する。

▼水質規制などの一覧を明示し、社内の教育を徹底する。

その上で、これまでに発生したシアンなどの流出についてはすでに原因を特定し、補修などの対策を取っているとしています。

海上保安部が家宅捜索(2023年1月)

千葉海上保安部は、水質汚濁防止法違反の疑いがあるとして、ことし1月下旬の2日間、製鉄所を家宅捜索しました。

海上保安部は、排水の管理体制などを詳しく調べるということで、捜査が続けられています。

県が有識者会議で評価検討(2023年1~7月)

日本製鉄が提出した報告書が妥当かどうか検証するため、県はことし1月に有識者会議を設置。専門家の意見を聴いた上で、報告書の内容について評価を行うことになりました。

有識者会議のメンバーは次の通りです。

●川本克也 岡山大学名誉教授 (座長)
●斎藤恭一 早稲田大学 理工学術院 総合研究所 客員教授
●迫田章義 放送大学 教養学部 教授
●山本裕史 国立環境研究所 環境リスク・健康領域 副領域長
●高橋一弥 弁護士
●寺浦康子 弁護士

有識者会議は、現地確認を行うなど6回にわたって議論を重ね、県がまとめる評価書に向けて意見を出しました。

現地確認に向かう専門家たち(2023年3月)
座長を務めた
川本氏

お粗末でずさんな管理が行われていて、あっけにとられた。数十年前に起きていた公害を思い出させる事案で、日本製鉄には、未然に防ぐ基本的な対策を求めたい。(2023年7月26日の最終会合後の取材にて)

県が評価書まとめる(2023年8月)

評価書の表紙

専門家の意見などを受けて、このたびまとめられた県の「評価書」。この中では、日本製鉄の問題点について、次のように述べています。

シアンをはじめとした有害物質を事業場の外にできる限り出さないという考えが希薄となり、コンプライアンス教育が形骸化してしまった結果、環境マネジメントシステムの機能不全を起こしてしまった。

その上で、問題点を大きく3つに分類しました。

① 有害物質に関するずさんなリスク管理など、不十分な環境保全対策

事実を正確に把握せず、推論のみに基づく漫然とした対応により重大事故が起こった。ずさんなリスク管理など、不十分な環境保全対策によって、各事案が発生していた。

② コンプライアンス意識の欠如、法律などの認識不足

日本製鉄は、これまでも環境に関する教育を実施していたとのことだが、結果としてコンプライアンス教育が社員一人ひとりに浸透しておらず、長期にわたるコンプライアンス意識の欠如や、法律などの認識不足によって、各事案が発生していた。

③ 組織内外の連携不足と環境マネジメントシステムの機能不全

他部門などとのリスク共有の不備などにより、明らかに不適切な事実に対し、対策を講じることができなかった。水質関連業務に関する組織内外の連携不足によって、各事案が発生していたことが確認された。

県が追加で求めた対策の一部

その上で、次のように述べ、第三者部門による定期的な監査など、さらなる対策を求めています。

日本製鉄が示した対策は、有識者会議での検討なども踏まえて、おおむね評価できるが、法令を守った上で環境への影響を生じさせないよう、計画的かつ適切に履行するよう求める。加えて、2度とこのような事態を起こさないよう、さらなる対策を講じるよう求める。

一方で、有識者会議から問題の原因の核心を突く質問を提出したのに対し、会社側は海上保安部が捜査中であることを理由に内容を明らかにせず、県はそうした姿勢を「極めて遺憾」とし、改めて回答を求めました。

実現できるか 再発防止

さまざまな問題点が短期間で明らかになった今回の事案。製鉄所という閉ざされた敷地の中で、あまりにもずさんな管理が長年続いていた実態が浮き彫りになりました。

こうした構図は、高度経済成長期に各地で取り返しのつかない被害を生み出した「昭和の公害」と共通しています。

陳謝を繰り返しながらも、有識者会議からの一部の質問に対し回答を拒むこともあった日本製鉄。今後、同じ過ちを繰り返さないのか。継続した監視が必要になります。

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