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通学路のリスク ビッグデータで“見える化” 対策の最前線  

  • 2023年07月05日

児童2人が亡くなった千葉県八街市の交通事故から2年。各地で通学路の安全対策が進められる中、ビッグデータを活用した取り組みに注目が集まっています。狙いは「リスクの見える化」。対策の最前線を取材しました。

(千葉放送局 渡辺佑捺記者)

通学路 “抜け道で事故の不安”

さいたま市大宮区にある市立大宮国際中等教育学校の前にあるこの通学路。ビックデータを使った対策はこの通学路で実施されました。
通学路幅はおよそ6メートルで歩道はありますが、近くにある幹線道路の抜け道となっているため、交通量が多く、学校などからは事故に巻き込まれないか不安の声が上がっていました。

通学路はスクールゾーンに指定されている
白線が引かれた通学路 子どもは車の横を歩いて登校

このため、さいたま市は路面に段差を設ける「ハンプ」と呼ばれる対策を計画しました。「ハンプ」とは英語で「こぶ」の意味です。車のスピードを抑える効果が期待されます。

資料:「ハンプ」 国土交通省中部地方整備局のHPから

しかし、車を使う住民からは「段差ができることでスムーズに走行できず、不便になる」などと懸念する声があり、設置するためには理解を得なければなりませんでした。

ビッグデータで見えたリスクとは

そこで活用したのが国が提供する交通のビッグデータ。車の走行履歴をETCなどを通じて集め、詳しく分析することができます。

ビッグデータをもとに作成された動画
さいたま市道路環境課 小峰課長

これはビッグデータをもとに作成した動画で、どこが通行車両が多いとか、どこでスピードが出るとか、現状が分かるようになっています。

データを分析すると、通学路に潜むリスクが浮かび上がってきました。ハンプを計画した通学路は赤い丸で示されている区間です。車の流れを時間ごとに見ていくと、子どもが通学する朝7時台に最も集中していることが分かりました。

朝7時台に幹線道路から通り抜ける車が多い
時間別の交通量 7時台が最多

さらに、車の速度を調べると時速30キロ以上の車が半数に上り、事故にあえば大けがのリスクが高いこともわかりました。

時速30キロ以上の車が半数を超える

データは合意形成にも有効

市はこのデータを使って住民に対策の必要性を訴えました。ハンプを設置することで車にとって不便にならないかなど、住民側に懸念はありましたが、子どもたちの安全を優先しようと理解が広まったといいます。

住民への説明会
参加した自治会役員 
田島幸一さん

どの時間帯に何台通っているかということがデータ的に全部分かりました。こういうデータがあると、一般の市民は不安を解消しやすいと思います。

合意を取り付けた市は、ことし3月にハンプを設置しました。

設置されたハンプ 速度を落として通過する車

市は、設置してから1年ほどで車の交通量や速度などがどう変わるか、データを使って効果を分析し、住民に提供することにしています。

さいたま市
道路環境課 小峰課長

これからもビッグデータを活用するなど地元が抱える問題を『見える化』して問題解決に取り組んでいきたいです。

ビッグデータの活用 広がりは

この取り組みは、国土交通省が2016年から始め、首都圏ではさいたま市のほか、東京・杉並区、横浜市、千葉県船橋市などでも活用されていますが、まだ、一部の自治体にとどまっています。活用した自治体の多くが、「リスクを見える化」することで、住民との合意形成に役立ったと話していて、国土交通省は自治体に活用を働きかけるなどして、さらに広げていきたいとしています。

対策の優先度をエリアごとに分析することも

八街事故から2年 対策の状況は

通学路の安全対策は、2年前、千葉県八街市で児童5人が死傷した事故をきっかけに点検が行われました。この通学路の緊急点検で対策が必要だとされた箇所は全国で7万6000箇所余り。このうち、去年12月までに全国では81%が終了しています。首都圏の各都県の進捗率は以下の通りです。

数字だけを見ると順調にも思えますが、対策の中身を見ていくと消えかかった道路の白線を塗り直したなどといった簡単な対策が多く、中には学校での交通安全教育で対策を済ませたというケースも含まれています。
「ハンプ」については、コストも安く比較的短時間で出来るとして国が推奨している対策ですが、導入した自治体は多くありません。
通学路の安全対策に詳しい専門家は、行政側の姿勢に問題があると指摘しています。

埼玉大学大学院
久保田尚教授

ハンプなどの対策は周辺住民との合意形成が求められるため、自治体は及び腰になっているのではないでしょうか。通学路の安全は労力を惜しんでは実現できないので、自治体は積極的に取り組むよう姿勢を改めるべきだと思います。

また、こうした課題を解決するために、交通分野の人材育成が必要だという指摘もありました。

日本大学
高田邦道名誉教授

「ハンプ」は騒音や振動が出ないよう改良が重ねられ、今では有効な対策になっています。また、ビッグデータの活用など自治体を支援する取り組みも出てきている。しかし、自治体はこれらをうまく運用しきれていません。交通対策を専門に取り組む人材を育てていくことも求められています。

取材後記

私は事故の発生直後から現場に入り、その後も自治体の取り組みについて取材を続けてきました。これまで危険な通学路についての投稿を寄せてくれたみなさんからは、「事故が起きてからじゃないと対策をしてくれない」、「被害者が生まれないと何もしてくれないのか」という厳しい声が何度も聞かれました。通学路の対策は利害関係者が多くそう簡単に解決する問題ではありません。たしかに時間もコストもかかるハード対策は自治体にとってハードルの高いものかもしれませんが、さいたま市の例のように効果が出ることも分かります。自治体には「子どもを守る」という本来の目的としっかり向き合い、少しでも踏み込んだ対策を進めてほしいと思います。

  • 渡辺佑捺

    千葉放送局 記者

    渡辺佑捺

    入局当時から追ってきた通学路の安全対策についてこれからも取材を続けていきます。

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