WEBリポート
  1. NHK
  2. 首都圏ナビ
  3. WEBリポート
  4. 嚥下障害があっても楽しい食事を~「もぐもぐは、それぞれ!」

嚥下障害があっても楽しい食事を~「もぐもぐは、それぞれ!」

  • 2021年4月6日

「誰も笑っていない、お葬式みたいな食卓でした」
難病で食べる力が弱まっていく娘に、栄養があるものを必死で食べさせようとしていた当時を、娘の母親はこう振り返りました。障害があっても楽しい食事の時間を過ごしたいと、母親は、ある「スナック」をオープンさせました。
(首都圏局/記者 石川由季)

進行性の難病の娘 絶えることのない食事の悩み

千葉県に住む加藤さくらさんと次女の真心さん(まこ)、11歳です。

おそろいの洋服を着て

真心さんは生後6か月のころ、筋力が衰えていく難病の「筋ジストロフィー」と診断され、嚥下(えんげ)障害があります。

●嚥下(えんげ)障害とは●
病気や加齢などによって食べ物をうまく飲み込めない状態。

生まれつき筋力が弱く年々進行していく病気の真心さん。医師に「治療法はありません」と告げられ、加藤さんは真っ暗闇の中に突き落とされたような気持ちになったといいます。

そんな中でも、娘のためになることをしたいとたどり着いたのは、とにかく、栄養のある食事を食べさせるということでした。

加藤さくらさん
「病気の進行をそのまま見守るしかない中で、私にできることは体に良いものを作ることだと思いました。栄養をとることは生きることにつながるので、命そのもの。真心は、食事を抜くだけで血糖値が下がって体調も悪くなる。だから、食べてくれないと死なせてしまうんじゃないかって思いが強くて、とにかく必死でした。食事の時に、家族みんなが笑っていない、食卓がお葬式のような時期がありました」

真心さんの3歳の頃の写真です。この頃は、きゅうりを丸かじりしていました。

真心さんは、食べることが大好きです。でも、年々、噛んだり飲んだりする力が落ちてきているのとともに、食べる量も減ってきています。

沖縄旅行で。ワインを飲むと、必ず欲しがる真心さん

体調が悪くなった時などは特に、口からの食事だけでは必要な栄養がとれなくなってきていることから、おととし、胃ろうでの食事も始めました。

胃に直接栄養を入れる「胃ろう」 この日はみそ味のスープ

心ないことばで傷つくことも 子どもと食事を楽しむには

「嚥下障害の子ども」と言っても、食べ方やその悩みはさまざまです。

例えばこちらは、嚥下障害の子どもに母親が作ったお弁当です。

右下がコロッケ 右上が春雨スープ

ご飯に、コロッケに、野菜がたっぷり入った春雨スープです。普通に作ったメニューをミキサーにかけてすりつぶし、飲み込みやすいようにとろみがあるペースト状にしています。

食べ方もそれぞれで、口からゆっくりと食べる子、鼻からチューブを通して食べたり、胃ろうで食事したりする子もいます。さまざまな形での「もぐもぐ」や「ごっくん」の方法があります。

食べ方もそれぞれ

「嚥下障害」の子どもの親に話を聞くと、それぞれが、“食”にまつわる苦労を抱えていることが分かりました。

●「1回の食事を食べさせるのに1時間半くらいかかる。準備する時間も合わせると、休日は1日中食事のことをしている感じ」
●「食事をとるための鼻のチューブを見て“かわいそう”と言われてしまう」
●「ペーストの食事を見て、“汚い”と心ないことばを言われた」
●「家事の手を抜きたいときに、気軽に外食に行けない。そもそも店で食べられるメニューも少なくて、店で出されたメニューをミキサーにかけることが申し訳ないと感じてしまう」

右がひじきとご飯を混ぜたもの 左がほうれんそうとしらすを混ぜたもの

「子どもと食事をもっと楽しめるようになりたい」
同じ悩みを持つ親たちと共に、加藤さんは動き出しました。

嚥下障害の悩み スナックで語り合って

加藤さんは、仲間とともにインターネットの”仮想スナック”をオープンさせました。
店名は「スナック都ろ美(とろみ)」です。嚥下障害の子どもの食事にちなんでいます。
入り口に入ると、「ようこそ~!」と明るい声が聞こえてきます。

スナックのママは、嚥下障害がある子どもの親たちです。
全国各地から集まった人たちと、オンラインで日々の食事の困りごとなどを相談したり、子どもの食事の工夫などを紹介したりするコーナーが設けられています。
嚥下障害があっても食事を楽しめるように、悩みを共有し、有益な情報を発信できる場を自ら作り上げたのです。

この日は、胃ろうで食事をする大人の当事者をゲストに招き、気持ちを言葉にすることが難しい子どももいる中で、子どもの気持ちに寄り添うための参考にしたいと、話を聞きました。

親たちからは、胃ろうでの食事をしている時の感じ方について、質問が相次ぎました。

「とんこつラーメンも食べたって言っていたけど、胃から食べた時、どうだった?」
女性「おいしかったです」
「あったかい、冷たいは分かりますか?」
女性「分かります」
女性の夫「口で飲む分には大丈夫な温度でも、胃ろうに直接だから、結構それが『あつっ』てなる」
「へえー!気をつけよう」

加藤さくらさん
「嚥下障害があっても、食を楽しくする方法は、実はたくさんあるけれど、その情報が届いていないと感じる。参加者からは、『気軽に話せるところができてよかった』とか『食に希望が持てた』と言ってもらえてすごくうれしいです」

ブレンダーなどの道具やお酒の瓶には「嚥下」「裏ごし」などの文字も

「友達と同じメニューを食べたい」 新たな挑戦

加藤さんは最近、新しい悩みが増えました。真心さんが2歳上のきょうだいや友達と同じメニューを食べたい!同じ食器で食事をとりたい!と訴えるようになったのです。

それは子どもの自然な気持ち。
真心さんの食に対する欲求に寄り添いたいと、加藤さんは、また新しい挑戦を始めました。

子どもたちにもなじみのあるお菓子のメーカーに協力を依頼して、障害がある子どももポテトチップスなどのスナック菓子を一緒に楽しむ加工の方法がないか、調べてみることにしたのです。

嚥下障害がある子どもの中には、お菓子を粉々に砕いてもうまく飲み込めずにむせてしまう子も少なくありません。
食べやすい大きさに割ったり、お湯を入れてつぶしたり、ミキサーにかけたり…。それぞれの子どもたちに食べやすい形状に調理して、味も確かめました。

会場では「ポテトチップスを食べさせてみようなんて思ったこともなかった」と言いながら、ペースト状になったものを、笑顔で食べる親子の姿がありました。

加藤さんたちは、食べやすくなる調理法をメーカーにも細かく伝えることで、商品開発につなげてほしいと考えています。

“子どもたちはパイオニア” 誰もが食を楽しめるように

こうした嚥下障害の子どもが食べるとろみのある食べ物は、実は飲み込むことが難しくなった高齢者などにとっても、食べやすいものです。

加藤さんは、嚥下障害の子どもが食べられるものを増やすことは、年齢や障害の有無にかかわらず誰もが食べることができる「インクルーシブフード」を増やすことにもつながると考えています。

障害があっても、そして年をとっても、どんな状況になっても食事を楽しめる環境を作っていきたい、加藤さんは挑戦を続けます。

加藤さくらさん
「娘たちが抱えている食事の課題を解決すれば、高齢化社会が進んでも、たくさんの人が食事を楽しめるようになると思ったんです。この子たちは“パイオニア”だって。生きている限り、誰もが食を楽しむのが当たり前の世の中になるように、がんばりたい」

「もぐもぐは、それぞれ!」

  • 石川由季

    首都圏局 記者

    石川由季

    2012年入局。大津局・宇都宮局を経て首都圏局。福祉や子育ての問題などを取材。

ページトップに戻る