2018年08月02日 (木)時間は巻き戻せないけど
※2018年7月3日にNHK News Up に掲載されました。
もし時間を巻き戻せるなら、後半の最後の数十分に時間を戻して、もう一回やり直せないだろうか。そんな試合でした。試合を応援する人たちを取材してみると、選手を応援しながら、その姿を自分自身の力に変えようともしている、そんなこともわかってきました。
ネットワーク報道部記者 後藤岳彦・玉木香代子
<マンションの明かり>
試合が始まる前の午前1時ごろ。後藤は自宅周辺を歩いてみました。都内の住宅街、明かりがついているマンションの部屋は少なめです。ところが試合開始直前の午前3時前になると、明かりが目立つようになってきました。
あとでわかったことですが試合の視聴率は(関東地区)前半が25.6%、後半が36.4%。明かりの部屋のほとんどは日本代表に声援を送っていたのかもしれません。そしてある瞬間に最高視聴率を記録します。その瞬間は後述します。
<ハーフタイム>
前半は0-0の進行。日本がいいプレーをすれば、その瞬間に拍手の音が、マンションから外まで漏れ聞こえてきます。
アナウンサーは「ブラジルと戦う姿を見てみたい」。「歴史を塗り替えてほしい」。そう叫んでいて、私もそう思っていました。
前半は0-0のままで折り返しました。
<後半戦のバー>
玉木は中野区の小さな商店街にあるバーで観戦しました。急きょ定休日を返上して営業するとツイートしていたため、初めて、この店に行ってみることにしたのです。
隣に座ったのは、51歳の営業職の男性でした。
朝早くに営業のアポイントメントが入っているようですが、「観戦しないと後悔する」と店の人に語っていました。
店にいる客たちが打ち解ける瞬間は後半すぐにおとずれました。
原口選手のシュート、乾選手のシュート、立て続けに決まります。
「ウォーー!」「日本来てるー!」
ボルテージが上がり、店にいた人たちが立ち上がり、ガッツポーズや拍手をして声をあげました。
「このまま、いけるんじゃないの?」
<同時刻 あるツイート>
このころ、あるツイートがネット上にあがり、後に話題になります。
それは『2-0は危険なスコア』
本当にそう言われているのか、後藤がサッカーが盛んな静岡県などのサッカー協会に聞いてみました。
「サッカーでは2-0というリードを、危険なスコアと言われることはよくあります」「そこから1点を取られると、同点を目指して相手が勢いに乗ることがあるからです」
やがてそれが現実になっていきます。
<赤い悪魔の1点>
玉木がいた店のイケイケムードは、確かにベルギーの最初の得点で一変しました。
「やっぱりベルギー、強いな」
赤い悪魔と呼ばれるチームの強さを認める言葉がこの1点の後、交わされ始めます。同点のゴールでは悲鳴に近い声を(私も)あげていました。
「あー!」
<それでも>
キーパーの川島選手などが大きな体格のベルギー選手の攻撃を封じようと体を張ったディフェンスを見せると再び声援がわき起こります。
「かわし!かわし!」(川島)「よくやった!」
それでも相手に押され気味の展開は変わらず、最後の最後、カウンター攻撃で逆転されると、もう追いつく時間が、残っていないことは、みんながわかっていました。
時計の針は午前4時51分で、最高視聴率はこの瞬間でした。
42.6%。計算上、日本の40%を超える世帯がベスト8をあきらめざるをえない瞬間を見たことになります。
<悔しい>
「日本、敗れました」
アナウンサーの言葉のあとに常連客の人が出した「悔しい」の声は、うめき声でした。
窓の外はすっかり夜が明け、鳥のさえずりまで聞こえてくる中、外に出ました。営業を控えた男性も店から“退場”し自分の戦いの場に向かっていきました。
<同時刻>
後藤はマンションの明かりを見ていました。明かりはずっと結構な数の部屋でついていました。試合に負けたあとは声は聞こえてきませんでした。いつのまにか、近くの道路を車が走り始め、いつもの住宅街の姿に戻っていました。
<人生を重ねて>
玉木が朝、街に出て、とおりがかった人に試合の感想を聞いていると、自分の人生を重ねるように応援する人に会いました。
53歳の営業マン。大学までずっとサッカーに打ち込んでいて、当時から日本サッカーを応援していたそうです。
「当時は国際試合で満足に得点すらあげられず、ワールドカップは夢のまた夢」「大学時代、雨の中応援に行ったオリンピック予選では大量得点を許して大負け。やけ酒に走った」
それでもファンであることをやめずにいました。サッカーの世界の底辺から這い上がってきた姿を、働きながらずっと応援し続けてきたのです。
「だから彼らが世界の舞台で活躍する姿は、自分の夢でもあり希望なんです」
男性は予選で活躍したものの今回、代表には選ばれなかった選手のユニフォームを着て応援しました。
その選手は俊足のフォワード・浅野拓磨選手。理由は自分も選手だったころ俊足で足を生かしたプレーが得意だったこと、そして似たスタイルの浅野選手が次の代表を支えてくれると信じているからです。
「ここがゴールじゃない。いまのチームを超える力をつけてほしい」
試合に出ていない選手もボールを追いかけていたころの自分に重ね合わせて応援する、男性はそんなサッカーファンでした。
<ツイート>
試合後、後藤はネット上に次々とあがるこの試合に関する投稿を見ていました。
劣勢が予想される中で強豪とわたりあった姿に勇気をもらったという声がたくさんありました。
「日本代表のおかげで、サッカー好きになった。今回の試合も、それまでの試合も何度も凄いシーンあったよね。あきらめない気持ちをもらえた」
「サッカーを通じサッカーを知らない人も巻き込んで感動を生む事ができたのなら、フィールドは違えど僕等が携わっている何かでも必ず感動を生む事ができる。日本の皆さん今日からまたお仕事頑張ろう」
そしてこの投稿が印象的でした。
「日本敗戦、試合後のベルギー選手達、仲間と喜ぶのかと思いきや、真っ先に日本代表選手の元に。本当に良い国、良い選手なんだなって思ったよ。ベルギー優勝してくれ」
ファンは日本を破った、私が憎いと思ってしまった相手の姿もきちんと見ていました。
<悔しいけれど>
悔しいけれど後戻りできないのが時間で、でも前に進めることもできるのも時間です。絶対に戻らない時間を悔やむのはやめて、前に進む時間の中で、次に悔しい思いをしない努力をしていこう、そんなことを日本の試合と取材したファンの人たちは教えてくれました。
投稿者:後藤岳彦 | 投稿時間:14時41分