千葉県 熊谷知事就任1年
独自色は出せているのか

千葉県の熊谷俊人知事が、知事選挙で過去最多の140万票あまりを獲得して初当選し就任から1年が経った。
現在44歳と全国の知事の中で3番目に若く、SNSを使った発信も積極的に行っている。
一方で、政策に熊谷知事独自の色が見えてこないという声も聞こえてくる。

就任から1年で何を変えようとしてきたのか、知事に聞いた。

対話を重視した1年

千葉県政の担当記者として、この熊谷知事の1年目を振り返ったときに「期待したよりも目立つ発言や施策がなかった」というのが率直な感想だ。

まずは知事がどのような姿勢で県政運営に取り組んできたのか聞いた。

現場主義と県民目線というところです。できる限り問題が起きている現場から政策を考えていく、常に現場の状況を意識した上で政策を遂行していく、もしくは、県民がどのように感じるかを理解しながら情報発信をしたり、コミュニケーションをとったり、さらに対話をしっかり重んじる。対話というのは、県民や民間、県庁の中での対話も含めて、普段から意識をしています。知事でしか見えない課題意識とか中長期的な視点と、現場でしか持っていないノウハウや感覚が合体して初めていいパフォーマンスが発揮されると思います

「現場主義」を掲げる知事は1年間で県内の21の市町村に現地視察を行い、自治体のトップなどと意見交換を行っている。市町村とのパイプを作るため、いわば地道な種まきを進めている段階で、目立たない変化だ。

そして県庁内での対話はどのように進めているのか、聞いた。

若手の職員などにプロジェクトチームを作ってもらって、何回も意見交換をしながら政策を作ってきました。トップダウンで進めるのではなくて、組織全体での議論を通して政策を作ってきました

昨年度、県庁内に立ち上げられたプロジェクトチームは、「デジタル」・「食文化」・「海の文化」の3つ。
このうち「海の文化」のチームでは、30代以下の若手職員14人が知事を交えて施策を議論した。新年度の当初予算には、千葉県の海や水辺の魅力を発信する事業など5つの新規事業に9500万円あまりが計上されている。


今年度は、県職員から広く政策提案を募る制度を導入しようと検討が進められている。知事は制度を導入する狙いについて、「若手が積極的に提案や意見を出せる風土を作っていきたい」とも話す。


前森田県政との違いは

31歳の時、当時の民主党の推薦などを受け千葉市長に初当選。当時全国最年少の市長になった。そして前回の知事選では自民党が20年ぶりに推薦を出した若手候補を大差で破って当選した。

そのため、自民党と良好な関係を築いていた前任の森田健作知事の県政からどう転換していくのかが注目された。

しかし、この1年、自民党議員が圧倒的多数を占める県議会でも政策上の対立はほとんどなかった。

ある県庁幹部は「どう変わるのか不安もあったが、大きな政策転換はなく安心している。前任の森田知事は、職員に任せる部分が多く、職員が意気に感じて応えるというような形だった。熊谷知事は方向性や理由を示して職員と議論しながら政策を進めている。危機管理やインフラも重視していて、政策の中身も進め方も、とてもオーソドックスだと思う」と話す。

予算に知事の色が見えてこない?

堅実な県政運営が進められる中、就任して初めての新年度当初予算に注目が集まった。しかし、目立つ新規事業はなく、県議会議員からは「熊谷知事独自の色が見えてこない」という声も聞かれた。知事は予算について、みずからの考えを次のように話した。

そういう分かりやすいものがあるのは逆に言えばよくない予算だろうと思います。まず絶対言わなければいけないのは、何か政策を打つ、特に多額に投じる場合、それはしっかりとした仮説と検証が行われたものでなければいけない、県民から預かった貴重な税金というのを安易に使ってはいけないと思っています。
政治家があまりに自らのPRのために安易に県民・国民から預かった税金を使ってきていることに対して、そういう政治をしたくないという思いで、この世界に来ているところもあります。
就任して1年目に、そんな予算を使えることが本来おかしいと思っています

この質問に、知事は語気を強めて返した上で、大きな予算をかけずに始めている新規事業に注目してほしいと話した。今年度は69の新規事業があり、そのうち41が、県が国の補助金を受けないで実施する単独事業となっている。防災や中小企業への支援、環境問題、医療・福祉、デジタル化、それに教育関連の施策に力を入れていることが読み取れる。

新規事業のうち、小学3・4年生に算数と理科を専門で教える講師らを配置する事業には1億3600万円が計上され、千葉ゆかりのパラアスリートや県内に活動拠点のあるチームの強化・支援事業も予算は100万円と小規模ながら新規に立ち上げられている。

しっかりと職員と議論をした上で、現場と私自身の課題意識として、この分野を押していくのが、これから重要ではないかというところに予算をつけています。その上で方針が正しければ予算の増額をするし、軌道修正が必要であれば、やり方そのものを変えていく。今後、データとファクトに基づいた形で預かった税金を大事に未来のために使っていきたいと思っています

SNSで発信する理由

熊谷知事は、これまでの知事とは異なる政治手法のひとつとして、SNSで積極的な情報発信を行う。ツイッターでの知事のフォロワーは28万人余りにのぼり、この1年間でおよそ4万人も増えた。熊谷知事にとっては千葉市長時代から続けている発信だが、改めて狙いを聞いた。

行政は決まったことを伝えることはできるわけですけれども、なぜそうなったのか、どういう選択肢や価値観、課題意識をもって決定したのか、という背景を説明することが難しい。少しでも政策への納得感を感じてもらう、県政を身近に感じてもらう、という意味でSNSなどでも発信するようにしています

特に注目を集めたのが子どもに関する発信だった。

千葉市の幕張メッセで実施したパラリンピックの「学校連携観戦」では、感染の第5波の中での実施について10件連続で投稿を重ねて理解を求めた。

しかしその5日後、子どもたちが参加を直前に辞退するケースが相次ぐなどして急きょ中止になった。
県議会では「教育的効果と意義に前のめりになりすぎていたのではないか」といった指摘があり、SNS上でも多くの批判が寄せられた。

ことし2月にも、2歳以上の保育園児のマスク着用について政府の分科会などで検討が進められる中、知事は「2歳児にマスクは現実的ではありません。保育現場の判断が尊重されるべき」などと投稿した。

子どもたちに関わるところだと批判と注目が集まってしまう。
なので、『とりあえずやめておくか』となり、これがドミノ倒しのように起きることによって、子供たちの将来に影響を与えかねない。結局、子供が犠牲になりやすい状況にあるので、感染対策は重要だけれども、ここは私たちが大人として守ってあげなければいけないのではないか、ということを知事として言うことによって、過度な萎縮にならないように意識をして発信してきました

熊谷知事が折に触れて行った子どもに関する発言で最も記憶に残っているのが、ことし2月に子どもの学習機会を確保することに、なぜそこまでこだわるのかと聞いた時だった。

子どもの1年は、われわれ大人が想像する以上に重く、その機会は一生取り戻せないものです。
その重さをしっかり受け止めた上で、それでもなお子供たちの機会を奪わなければいけない状況なのかを常に自問自答しなければいけないと思います

「知事は目立つことが目的であってはいけない」

そうした発信力が注目される一方で、担当記者としては、もの足りない部分もあった。新型コロナ対策で、熊谷知事は、政府に対して、ワクチン接種率などを踏まえて先の見通しを示すよう繰り返し要望してきた。しかし、みずから具体的な数値などを示すことはなく、ほかの知事と比べると踏み込んだ発言はしてこなかったように見える。

それについて問いかけると政治家としてのある思いがあったと明かした。

議論を加速化するために一つの考え方を示したいという思いもあります。一方で、知事がそれぞれの見解を言ってしまうと本当に基準がわからなくなって、国民に戸惑いを生じさせかねない状況です。この疾病に関して専門機関を持ち、最も知見をためている政府が、考え方・基準を示していくのが、私は妥当だと思っています。
言いたい部分はありますが、我々知事は決して目立つことが目的であってはいけないと思います

独自対策は?

熊谷知事が千葉県独自の看板施策として打ち出すつもりが、課題が残された施策もある。
その1つが飲食店に県が感染防止対策のお墨付きを与える「認証店」の制度だ。
県独自の基準で少なくとも49のチェック項目を満たすと認証店になり、営業時間の延長など対策が緩和されるメリットがある。

しかし、政府が基本的対処方針を変更して、手指消毒など基本的な4項目を満たすだけで「確認店」となれる制度ができたため、認証店となっても得られるメリットが少ない状況となっている。3月末時点で、確認店は2万9000店舗余りにのぼるのに対して認証店は146店舗にとどまり、活用は進んでいない。

第三者認証によって飲食店の規制にメリハリをつけるべきというのが我々の考え方。その考えを最終的に政府が取り入れて、基本的対処方針に盛り込まれるようになったのは大いに評価をしています。
その上でさらに高い基準をつけて、グラデーションある形で飲食店の対策と支援のあり方を分けていくというのが我々の考え方です。国に引き続き基本的対処方針等での反映を求めながら、千葉県としての対策をとっていきたい

もう1つ成果に疑問符がつくのが、県内2か所目の臨時医療施設の設置だ。

自民党千葉県連などからの要望もあり、県内の医療機関で最も専用病床数の多いおよそ100床を確保した。第5波の教訓を生かし、患者に短期間で投薬治療を行って回転率をあげ、病床のひっ迫を押さえる狙いだった。

しかし、2月初旬に感染者を受け入れられるようになってから、3月28日までで投薬治療の実績は17人のみ。およそ8億円の予算をかけているにも関わらず、実績は上がっていない。
医療関係者からは「その予算と人員があるなら県内で対応にあたる医療機関を支援して欲しかった」とため息が漏れる。

これについて知事に質問をぶつけたが、正面から答えてもらうことはできなかった。

大事なのは医療的ニーズとの合致だと思っています。それぞれの医療施設がどのような役割を果たしていくのか、地元の医療の人たちに存在を認識していただかなければいけないと思います。それから今回の臨時医療施設を整備したときのノウハウというのを後世にしっかり残していくことが大事だと思います

参議院選挙は

今後注目されるのは熊谷知事の政治家としての立ち位置だ。
今夏に参議院選挙が控える中、圧倒的な支持を得て当選した熊谷知事と政党との関係も注目される。

去年秋の衆議院選挙では、激戦となった千葉10区で、自民党と立憲民主党の双方の候補を応援する姿も見られた。

一方、各地の市長選挙では、熊谷知事との連携をPRしたい候補者からの求めに応じてビラに写真を掲載したり対談企画に応じたりすることもあった。今後の選挙の対応については、選挙後の記者会見でこう述べている。

基本的には特定の政治勢力に偏ることなく、私の県政に理解、協力をしていただける方、そして、千葉県や地域のために尽力されている方、そうした考え方の中でスケジュールの調整がつけば、要請に基づいて応援するのは、十分あり得る話だと思います。ただ、私が一生懸命、県民や有権者のように応援するという立場ではないと思っています。基本的には県政運営に集中するという前提です

新型コロナ対応に追われた1年 熊谷県政の目指す先は?

4月14日、熊谷知事は、学校での新型コロナウイルスの感染対策について、式典の人数制限などこれまで行ってきた対策を独自に緩和する方針を明らかにした。知事2年目に入り、熊谷カラーを打ち出して実績を上げるための本格始動と言えるかもしれない。

今後、どのような県政運営を目指すのか、聞いた。

日本の中で千葉が先駆的な役割を果たせるような、意欲的なチャレンジをする施策が千葉県から数多く出てくるようにしていきたい。それが最終的には県民や子供たちのためになる。そういう千葉県政にしていけると思っています。

大事なことは英知を結集するということです。1人の知事で全てを変えることはできませんし、県庁の職員だけでも変えられない。できる限り外部と連携をする。民間と組む。地域コミュニティと組む。市町村と連携する。こういうことを一つ一つ増やしていきたいと思っています。そういう政策もこれから増えてくるし、刺激を受けた県庁の職員発の施策も出てくるだろうと期待しています

知事の語る理想が本当に県民のためになるのか、抜け落ちている課題はないか、引き続き取材していきたい。

 

千葉局記者
櫻井 慎太郎
2015年入局。長崎局、佐世保支局を経て現在千葉局県政キャップ。