最後の1議席はくじ引きで
千葉 旭市議選 取材日記

いつものように淡々と、20議席が決まっていくものだと思っていました。
しかし午後10時半、開票率98%で会場にいる私が目にしたのは、最後の1議席に現職2人が同じ票数で並んだ状況でした。

こうした場合、どのように最後の1議席が決まるのかみなさんご存じですか?
実は「くじ引き」なんです。
この地域で選挙取材に携わって30年の私も、初めての経験です。

私が目にした今回の「くじ引き」市議会議員選挙の経験を、お話したいと思います。

ライフワークのひとつ「選挙取材」


みなさん、こんにちは。私は、千葉県銚子市生まれの銚子市育ち、岡根正貢(57)です。1990年から地元のケーブルテレビ局で働き、2018年からはNHKの銚子支局で、県東部や九十九里などの沿岸部の取材に走り回っています。犬吠埼の日本一早い初日の出や(山頂や離島は除きます)、11年連続で水揚げ量全国一となった銚子漁港の話題など、年間を通して、地元のニュースを追っています。

そうしたなかで、いまや私のライフワークの1つになっているのが、「選挙取材」です。首長選から市町村議選まで、選挙は地域にとっては一大イベント。かつて、今は亡くなった全国紙の先輩記者に「選挙取材をするなら最初から付き合うのが礼儀だ」と言われたことがありました。「記事になる」「放送に出る」ことは少なくても、ケーブルテレビ時代から30年、できるかぎり1人1人の候補者の考えや運動を知るべく候補者や支援者に会い、自分の目と足で取材を重ねてきました。

そのいつもの流れで、2021年12月に行われた旭市議会議員選挙の取材を始めたのです。

旭市は太平洋に面し、県最東端に位置する銚子市の西隣にあります。九十九里浜の最北端にあるというとイメージがしやすいかもしれません。人口はおよそ6万4000人で、都心や千葉市などからのアクセスもよく、平均気温は15度と過ごしやすい気候の場所です。

しかし地域の課題は深刻です。市内の一部の地域が新たに過疎地域に指定され、人口減少対策は急務です。また東日本大震災で津波による大きな被害を受け、その復興も引き続き重要な問題です。そんな中で行われたのが、市政運営をチェックする大切な役割を担う市議会議員を選ぶ選挙です。

11月6日 立候補予定者説明会

11月6日の朝9時半、私は旭市役所で行われた立候補予定者の説明会に向かいました。旭市議会の定員は20人。それよりも多い陣営が出席していたことはすぐに分かり、「あ、選挙になるな」と思いました。
元々あった旭市に2005年、干潟町、海上町、飯岡町の3つの町が合併してできたのが今の旭市です。「農業委員や青年団、消防団を務めた各地域の代表が市議会議員になる」というイメージを私は持ってきましたが、今回の選挙では、そうしたいわば定番の経歴ではない30代から40代の若い候補者がちらほらいて、国道沿いなどに立っての挨拶やSNSでの発信に力を入れているという印象でした。

12月12日 告示日


告示日は12月12日でした。私は立候補届け出の開始30分ほど前に会場に着きましたが、すでに10あまりの陣営が届け出順を決めるくじ引きを待っていました。本人が来ている陣営、事務所の関係者が来ている陣営、さまざまです。(この時はまさか、この選挙で再度くじ引きをすることになるとは全く思いませんでした)

届け出順が決まった人たちは、廊下に出ると早速「○番になった」と関係者に電話していました。市内に152か所ある掲示板に、届け出順に従って、選挙ポスターをいち早く貼るためです。私が知っている候補者が1番を引き、「1番だったね」などというたわいないやりとりをしたのを覚えています。最終的に立候補を届け出たのは24人。1時間ほどで全員の届け出順が決まり、午前10時すぎには私も会場をあとにしました。

前評判では「当選間違いなし」と言われる人から、当選は到底難しいだろうといういわゆる「泡沫」と言われる人まで、すべての候補者・陣営に直接接触するのが私の選挙取材の流儀です。今回の市議会議員選挙も、旭市をエリアごとに4日に分けて、各選挙事務所に足を運ぶことにしました。この日は市役所から近い旭市の中心部のエリアを回りました。


午前11時ごろに訪ねたのが、今回運命のくじ引きで当落が決まることになった、無所属の平山清海さん(64)の事務所でした。
ちょうど出陣式の最中で、車庫を改装した選挙事務所にはスーツ姿の来賓の人たちから、かっぽう着姿の女性たちまで、50人以上が集まっていました。選挙には定番の「ガンバロー」コールで士気を高め、非常に活気がありました。

平山さんは4年前に初当選し、引き続き防災対策などに取り組みたいと2期目を目指して立候補しました。自宅のリビングを事務所にして家族だけで準備をする候補者もいる中で、勢いも感じられた平山さんの出陣式。この時、私は「平山さんは危なげなく当選するのではないか」と感じました。

(平山さん)
「選挙中どこに行っても、誰に聞いても、『あなたは大丈夫』と言われていたんです。コロナの影響もあって、運動員とスタッフは前回選挙の半分の10人あまりでしたが、不安材料はありませんでした。前回獲得した、1121票を上回ることが目標でした」

12月16日 選挙戦5日目


選挙戦5日目、干潟地区の陣営を回る中で、のちに平山さんとくじ引きで争うことになった遠藤保明さん(70)の事務所を訪ねました。遠藤さんも無所属で、今回が2回目の選挙です。

県道沿いの駐車場にプレハブで建てられた事務所には、お茶や茶菓子がテーブルに並び、こちらもにぎやかでした。ちょうど遠藤さん本人もいて、「前回票(962票)を超えたい。わざわざここまで来てくれてありがとう、ごくろうさま」と、私に話してくれました。

干潟地区はまさに過疎地域に指定されたばかり。地域での困りごと相談に力を入れ、行政とのパイプ役を担ってきた遠藤さんにとっては力の見せ所です。遠藤さんも余裕がある表情をしていて、しっかり準備をして選挙に臨んでいるんだなと思いました。

(遠藤さん)
「序盤は1300票から1600票くらい取れるのではないかと見込んでいました。前回、この地域からいっしょに当選した人が、先日の市長選で当選したので、その人の分も取り込んで、前回962票よりも上積みできると考えたんです。ただ、運動量は、コロナの影響を受けて少なくなってしまった部分があります」

12月19日 投開票日

さあ、運命の投開票日です。私は銚子市の自宅を午後8時ごろに出て、午後9時前に開票所の旭市総合体育館に着きました。参議院選挙や県知事選挙など選挙の開票取材でここには何度も来たことがありますが、観覧席にこんなにたくさん人がいるのを見るのは、自治体の議会議員選挙ならではです。地元の人たちにとっては顔見知りが当選するか、落選するかがかかった一番身近な選挙だからでしょうか。

投票率は4年前とほぼ同じ50.22%。
午後9時に開票が始まると、自動読み取り機であっという間に24人の候補者ごとに票が分けられていきました。


午後10時 開票率60.63%。1回目の開票経過の発表です。
市の選挙管理委員会の発表資料は、得票の多い順ではなく候補者の届け出順に並んでいるので、とても見にくいんです。慎重に確認すると、900票が8人、600票が遠藤さんと平山さんを含む14人、500票が1人、200票が1人でした。

(平山さん)
「600票は10人以上いたし、大丈夫じゃないかとこの時点では焦らなかったです」


午後10時半 開票率98.85%。2回目の開票経過の発表です。
会場で配られた資料を見ると、最多得票の1879票から288票まで、それぞれの得票数が1の位まで載っています。数の少ない24番目の人から順に追っていくと、20番目と21番目の候補者が、757票で並んでいることに気づきました。

「あ、当落線上に平山さんと遠藤さんの2人がいる。これはどうなるかな」

でも、まだ残りの票が309票あるので、状況は変わるかもしれません。次の発表を待つことにします。

(遠藤さん)
「古くからの知人が開票所の立会人を務めましたが、その知人から、600票までは順調だったけど、その後の積み上がりスピードが他の候補者と比べて明らかに遅いという連絡があり、不安がよぎりました」


午後10時50分 開票率100%。確定票の結果が発表されました。
20番目の最後の1議席を狙う平山さんと遠藤さんが、757票で並んだままとなっていました

私はその場にいた以前から知り合いの選挙管理委員会の職員に声をかけてみました。

岡根記者「これ、どうやって最後の1人を決めるの?」
市職員   「くじ引きになります」
岡根記者「本人が引くの?」
市職員 「開票を行っている責任者である選挙長が引きます」
岡根記者「えっ?本人が引くんじゃないの?」
市職員   「今から本人をこの開票所に呼んだら1時間かかっちゃいますから。旭市ではこの選挙長が引くことになっているんです」

公職選挙法では得票数が同数の場合、くじ引きで当選者を決めることになっています。ただくじ引きを誰がひくか、どんな方法にするかについては、各自治体の選挙管理委員会に任されています。旭市では、本人を呼んだら時間がかかるため・・・ではなく、もともとこの選挙の開票責任者である選挙長がくじを引くという決まりになっていたそうです。

会場に「今からくじ引きをします」という放送が流れました。スピーカーの音質のせいか聞き取りにくく、会場にいた人たちも、これから何が起きるのかよくわからない人たちが多かったのではないかと思います。

「本人たちがくじを引く権利がないのか。自分が引いて落ちたら納得できる気がするけど、他人が引いて落ちてしまったら果たして納得できるのかな

私も、30年、各地の選挙取材に携わってきましたが、これまでくじ引きの瞬間に立ち会ったことはありませんでした。
「初めての経験だから記録しなくては」と、スマートフォンの録画ボタンを押しました。こんなことになるなら大きい取材用のカメラを持ってくるべきだったな、などと後悔しつつ、手ぶれをしないように冷静に構えました。

選挙長が、くじを引きます。旭市議会議員選挙で、当落がくじ引きで決められるのは初めてです


【予備くじ】

少々まどろっこしいのですが、まず、届け出順が早い平山さんの当落を決める本番用のくじを、先に引くかあとに引くかを決めるための「予備くじ」を選挙長が引きます。箱の中を見ないようにしながら選挙長が引いた棒に書かれた数字は「2」。このため、本番くじは遠藤さん分を先に引くことになりました。

【本番くじ】
そして運命の本番くじです。遠藤さんの分として選挙長が引いた棒の数字は「1」。これで、当選者は遠藤さんに決まりました。

私のいた報道関係者席からは、何が起こっているのかよく分かりませんでしたが、少し間があった後、深く会釈をする人がいるのが見えたので、当落が決まったことがわかりました。

くじを引いた選挙長の向後保夫さんも、当日その場で、くじ引きするのは自分だと知らされました自分のくじが2人の当落を決めると聞いた第一声は「俺が引くの?」だったといいます。
元市議会議員で自身も何度も選挙を経験していることもあり「これは大役だ。責任重大だ」と緊張しながら、慎重に引いたということでした。

初めてのくじ引き取材を終え、私もなにか感慨深いものがありました。

その後の2人は

後日改めて、くじ引きで当選した遠藤さんと、落選した平山さんに話を聞きに行きました。
2人は当選同期、そしていずれも農家で、市議会議員になる前から長い付き合いがある親しい間柄でした。

(遠藤さん)
「票数が同じ場合、くじ引きではなく、告示の届け出順で決まるのではないかと勘違いしていたので、票数が並んだと知ったときに落選を覚悟しました。その後、くじ引きで決めるとわかり、しかもその相手が親しくしている平山さんだというので、すごくショックでした。私の事務所の立会人がくじを引くのだと思っていたのですが、結果が決まってすぐに平山さんに電話して、『まだ若いんだから次回がんばって』とエールを送りました」

 

(平山さん)
「くじは本人が引くと思っていたので、代理の人が引いたと聞いて、そういうものなのかと意外な感じがしました。でも、代理によるくじ引きで落ちたことへの怒りはなくて、それよりも、前回より350票以上少ない757票という得票数の方がとにかくショックだったんです。なかなか寝られなくて、納得がいかなくて・・・。この間、道の駅の防災放送設備や公園へのトイレ設置などを推進し、議会での質問や活動報告もしっかりしてきたつもりですが、甘かったのかもしれないと反省しています。遠藤さんをはじめ、たくさんの同僚議員から連絡をもらいました。家業の花栽培に携わりながら、次回の選挙にも出馬するつもりです。757票は基礎票として、これから地元で活動をする中で積み上げていきます」

くじ引きで結果が決まったことよりも、4年間の議員活動を振り返り、自分の得票数に真摯に向き合っている姿が印象的でした。
いずれかにあと1票でも多く入っていたら、くじ引きにはならなかったわけです。
私自身、改めて選挙での1票の重みを感じる取材となりました。

取材後記

どんな小さな選挙でも、いや、地元での選挙だからこそ、落選した時や支援者の期待に応えられない悔しさは大きいのではないかと思います。でもそれを承知で、それを覚悟して、多くの人たちが立候補しているのではないでしょうか。
市町村の議会議員選挙まで、実際にNHKでニュースにすることは多くないですが、私は、そうした候補者1人1人の資料をもらいに事務所を訪ねてまわり、話を聞くことで、候補者の人となりや選挙にかける思いを取材してきました。

今回、開票所の記者席で、「トップ集団は○○さんと◇◇さん」などと、開票状況と選挙ちらしとを照らし合わせてみていたため、当落ラインに並んだ遠藤さんと平山さんの顔と選挙事務所の様子がすぐに思い浮かび、なんとも言えない気持ちになりました。

くじ引きで当落が決まった遠藤さんも平山さんも、あまり言葉には出しませんでしたが、議員として市政をチェックできるかどうかの今後の4年間が「くじ引き」で決まったことに、本当は複雑な思いがあったのではないかと思います。

候補者にとって人生の一時期をかけた「選挙」は、実は地方の小さな選挙になるほど面白いと感じています。引き続き、地元の選挙取材を続けていきたいと思います。

千葉・銚子支局記者
岡根 正貢
30年間地元を密着取材。くじ運はなく、くじ引きやじゃんけんになった場合「これはだめだ」と最初にあきらめます。