安倍前首相を任意聴取
東京地検特捜部

「桜を見る会」の前日夜に開催された懇親会をめぐる問題で、東京地検特捜部が21日、安倍前総理大臣本人から任意で事情を聴いたことが関係者への取材で分かりました。特捜部は後援会の収支報告書に懇親会の収支を記載していなかったとして、安倍氏の公設第1秘書を年内にも政治資金規正法違反の罪で略式起訴する方向で調整を進めているものとみられますが、事情聴取に対し、安倍氏本人は不記載などへの関与を否定したということで、刑事責任を問うのは難しいと判断しているものとみられます。

「桜を見る会」の前日夜の懇親会をめぐっては、去年までの5年間の費用の総額が2000万円を超え、このうち少なくとも800万円以上を安倍氏側が負担したとみられることが明らかになっています。

しかし懇親会を主催した「安倍晋三後援会」の政治資金収支報告書に懇親会に関する収支は記載されていません。

特捜部は後援会の代表を務める安倍氏の公設第1秘書が、懇親会の収支を収支報告書に記載しなかった政治資金規正法違反の疑いで捜査を進めているものとみられますが、安倍氏本人からも説明を求める必要があると判断し、21日、任意で事情を聴いたことが関係者への取材で分かりました。

安倍氏はこれまで国会などで「懇親会のすべての費用は参加者の自己負担で支払われており事務所や後援会の収支は一切なく、政治資金収支報告書に記載する必要はない」と繰り返し説明していましたが、安倍氏周辺の関係者は先月24日の取材に対し事務所の担当者が「収支報告書に会の収支を記載していなかったため、事実と異なる内容を安倍氏に答弁してもらうしかないと判断した」と説明していることを明らかにしています。

また、安倍氏は先月23日にこうした内容の報告を受けたとしています。

安倍氏は今月4日、記者団に対し事情聴取の要請については「何も聞いていない」としたうえで「真実を解明することが大切なので誠意を持って対応していく」と説明していました。

特捜部は懇親会の収支を長年にわたって収支報告書に記載していなかったことへのみずからの認識などについて安倍氏本人から説明を求めたものとみられます。

総理大臣経験者が東京地検特捜部から任意で事情聴取されるのは平成16年と17年に、自民党旧橋本派の政治団体への1億円の献金事件で事情聴取された橋本龍太郎元総理大臣以来とみられます。

特捜部は安倍氏の公設第1秘書について収支報告書が保管されていた去年までの4年間に、参加者から集めた会費やホテル側に支払った費用の総額を後援会の収支報告書に記載しなかった政治資金規正法違反の罪で、年内にも略式起訴する方向で調整を進めているものとみられますが、事情聴取に対し、安倍氏本人は不記載などへの関与を否定したということで、刑事責任を問うのは難しいと判断しているものとみられます。

安倍氏の国会などでの説明は

「桜を見る会」の前日夜に開催された安倍前総理大臣の後援会主催の懇親会をめぐる問題は去年11月以降、国会で議論になりました。安倍氏の国会などでの説明をまとめました。

【5000円の会費】
懇親会は7年前の平成25年から去年まで都内のホテルで毎年開かれ、会費5000円で支援者らが参加していましたが、野党側は1人5000円の会費は安すぎるなどとして「安倍事務所が費用を補填(ほてん)していたのではないか」などと追及しました。
これに対し、安倍氏は「参加者1人当たり5000円という価格については、800人規模を前提に大多数がホテルの宿泊者だという事情などを踏まえ、ホテル側が設定した価格だと報告を受けている。価格分以上のサービスが提供されたわけでは決してない。ホテル側において当該価格どおりのサービスが提供されたものと承知している。事務所側が補填をしたという事実も全くない」などと説明していました。

【収支報告書への記載】
次に政治資金収支報告書への記載についてです。
安倍氏は、代金の支払い方法について「ホテル側との合意に基づき、懇親会の入り口で安倍事務所の職員が1人5000円を集金し、ホテル名義の領収書をその場で手交した。受け付け終了後に、集金したすべての現金をその場でホテル側に渡すという形で、参加者からホテル側への支払いがなされた」と述べ、ホテル側との契約は、みずからの後援会ではなく懇親会の個々の参加者との間で交わされたと説明しました。
そして「夕食会を含めて、旅費、宿泊費等のすべての費用は、参加者の自己負担で支払われており、安倍事務所なり、安倍晋三後援会としての収入・支出は一切ないことを改めて確認した」として、事務所や後援会の収支は一切なく、政治資金収支報告書に記載する義務はないと説明していました。

【明細書・領収書の発行】
このほか懇親会の費用の総額が書かれた見積書や明細書についても「事務所に確認を行った結果、ホテル側からの発行はなかったとのことだ」と説明しました。
野党側から明細書や領収書を国会に提出するよう求められたのに対しては「明細書については、ホテル側が営業秘密に関わることでありお示しすることができないということだった。領収書については出席者とホテル側との間で現金の支払いと領収書の発行がなされたものであり、私の事務所から指図できるものではない」と説明していました。
また、野党側から「ホテルが見積もりや請求明細書を主催者に対して発行せず、領収書も金額を手書きで記入し宛名を空欄にして発行したケースはなかったとのことだ」と問われたのに対しては「ホテル側に確認したところ、あくまで一般論で答えたもので、個別の案件については、営業の秘密に関わるため、回答には含まれていないとのことだ。私の事務所は、明細書などの発行は受けておらず、領収書については、宛名を『上様』としていた可能性はあるとのことだ」と説明していました。

明らかになった事実は

懇親会をめぐっては、去年までの5年間の費用の総額が2000万円を超え、このうち少なくとも800万円以上を安倍氏側が負担したとみられることが先月、明らかになっています。

【ホテル側は見積書・明細書を作成】
複数の関係者によりますと、懇親会の会場となった「ホテルニューオータニ」と「ANAインターコンチネンタルホテル東京」は、いずれも懇親会の開催前に飲食代や会場代、音響費などの総額を記した見積書を安倍氏側にあらかじめ示していたということです。
そして、参加者が支払った会費分を懇親会の当日などに前払い金として受け取り、差額については安倍氏の事務所宛てに請求していたということです。
その際に発行した明細書には、懇親会の費用の総額、会費分などの前払い金、差額分の請求額がそれぞれ記されていたということで、安倍氏側は懇親会の開催前から費用の一部を負担することを認識していたとみられています。

【領収書は資金管理団体宛てに発行】
安倍氏側が懇親会の総額から会費分などを差し引いた差額を支払うと、ホテル側は安倍氏が代表を務める資金管理団体「晋和会」宛てに領収書を発行していたということです。
領収書には安倍氏側が去年までの5年間に少なくとも800万円以上を負担していたことが記されているということです。

【平成26年分以降 不記載か】
懇親会は、7年前の平成25年以降、毎年開催されましたが、会が始まった最初の年の平成25年分の資金管理団体「晋和会」の収支報告書には、82万9000円余りを「会合費」としてホテル側に支払ったことが記されています。
しかし関係者によりますと、安倍事務所の関係者は、政治資金収支報告書に記載すれば不適切な支出だと指摘されるおそれがあったため、平成26年分以降は記載しないことにしたなどと周囲に説明しているということです。

【領収書は廃棄か】
また、安倍氏側が費用の一部を負担した際にホテル側が発行した領収書について安倍事務所の関係者は「廃棄した」と周囲に説明しているということです。

【秘書らの説明は】
関係者によりますと、特捜部の調べに対し後援会の代表を務める安倍氏の公設第1秘書は「事務所側の負担分は後援会の収支報告書に記載すべきだった」などと説明しているということです。
また、安倍氏周辺の関係者は先月24日の取材に対し、事務所の担当者が「収支報告書に会の収支を記載していなかったため、事実と異なる内容を安倍氏に答弁してもらうしかないと判断した」と説明していることを明らかにしました。
そして、安倍氏は先月23日にこうした内容の報告を受けたとしています。

任意聴取の焦点

今回の事情聴取で、特捜部は懇親会の収支が政治資金収支報告書に記載されていなかったことへの安倍氏本人の認識について説明を求めたものとみられます。

【不記載への認識は】
政治資金規正法は、政治団体がイベントなどを主催した場合、その収支を政治資金収支報告書に記載することを義務づけています。
記載義務があるのは政治団体の会計責任者やそれを補佐する人が対象になっていますが、不記載を具体的に指示するなど「共謀」した事実が認められた場合には政治家本人も罪に問われます。
このため特捜部は、みずからの後援会の収支報告書の記載内容を把握していたのかどうかや、不記載の事実をいつ知ったのかなどについて、安倍氏から説明を求めたものとみられます。
それ以外にも政治団体の代表者が会計責任者の選任と監督について注意を怠った場合は、罰金刑にすると定めていますが、後援会の代表者は公設第1秘書が務めていて、安倍氏ではありません。
また、先月24日に取材に応じた安倍氏周辺の関係者は、去年の年末に、安倍氏本人が事務所の秘書に会費以上の支出がないか尋ねた際、担当者が「5000円以上の支出はない」と事実と異なる説明をしていたとしています。
安倍氏本人も不記載への関与を否定しているとみられ、特捜部は刑事責任を問うのは難しいと判断しているものとみられます。

【国会答弁の経緯は】
また、特捜部は、安倍氏が国会で「後援会の収支は一切なく、事務所側が費用を補填(ほてん)した事実は全くない」などという答弁を繰り返した経緯についても本人から直接確認したものとみられます。
政治資金規正法では、あくまで「収支報告書に記載しなかった段階」での安倍氏の認識や関わりが問われるため、その後の国会答弁の内容は、今回の容疑と直接関係はありません。
安倍氏は「後援会の収支は一切ない」と国会で答弁していましたが、安倍氏周辺の関係者は「担当者が事実と異なる内容を安倍氏に答弁してもらうしかないと判断した」と説明しています。
ただ、去年分の収支報告書は国会での説明が始まったあとに提出されていて、事実と異なる国会答弁を繰り返したその経緯は、収支報告書の記載への認識の有無にもつながります。
このため特捜部は、こうした経緯についても安倍氏から説明を求めたものとみられます。

首相経験者の聴取は橋本龍太郎氏以来か

総理大臣経験者が東京地検特捜部から任意で事情聴取されたのは、平成16年と17年に自民党旧橋本派の政治団体への1億円の献金事件で事情聴取された橋本龍太郎元総理大臣以来とみられます。

【旧橋本派 日歯連事件】
平成16年、自民党旧橋本派の政治団体「平成研究会」が、日本歯科医師会の元会長から提供された1億円を政治資金収支報告書に記載しなかったとして、特捜部は旧橋本派の会長代理だった元官房長官と元会計責任者を政治資金規正法違反の罪で起訴しました。
この事件で特捜部は、日本歯科医師会の幹部から1億円の小切手を直接受け取った橋本龍太郎元総理大臣から平成17年までに2回にわたって事情聴取を行いましたが、不正は認められなかったとして、嫌疑不十分で不起訴にしました。

【政治家本人が聴取されたケースはほかにも】
ほかにも政治資金をめぐる事件で政治家本人が事情聴取されたケースはたびたびあります。
平成27年には小渕優子元経済産業大臣の後援会などが開催した「観劇会」などをめぐり、収支報告書にうその記載をしたなどとして、元秘書2人が政治資金規正法違反の罪で在宅起訴されましたが、この事件で特捜部は小渕氏本人からも事情聴取を行いました。
小渕氏は関与は認められないとして不起訴になりました。