“水質改善で漁業悪影響も”
瀬戸内海の水質管理 改正案

瀬戸内海で水質の改善が進んだことが地域によってはかえって漁業に悪影響を及ぼしていることから、政府は、沿岸の府県がそれぞれの海域の実情に応じて水質を管理できるようにすることを盛り込んだ、瀬戸内海の環境保全に関する法律の改正案を26日の閣議で決定しました。

瀬戸内海ではかつて、工場や家庭からの排水や開発が原因で窒素やリンが増え、赤潮が頻発していましたが、規制を強化した結果、窒素やリンなどの濃度は大幅に低下しました。

一方、プランクトンの栄養にもなる窒素やリンが減ったことが、地域によっては養殖のりの「色落ち」など、かえって漁業に悪影響を及ぼしているということです。

このため政府は、水質管理の在り方を見直す方針を決め、こうした内容を盛り込んだ「瀬戸内海環境保全特別措置法」の改正案を26日の閣議で決定しました。

改正案では、これまでのように窒素やリンなどの濃度を低下させるだけでなく、高めることも可能にしたうえで、沿岸の府県がそれぞれの海域の実情に応じて濃度の目標値を設定できるようにするとしています。

また、瀬戸内海沿岸に漂着するプラスチックごみのほとんどは沿岸の府県から出されていると考えられることから、プラスチックごみの除去や発生を抑えるための対策を国と沿岸の自治体が連携して講じていくことも盛り込まれています。

政府はこの改正案を今の通常国会に提出し、成立を目指す方針です。

瀬戸内海の水質“漁業への影響”“規制強化”の歴史

瀬戸内海では、高度経済成長期に工場からの排水や開発によって水質が悪化し「ひん死の海」と呼ばれました。

昭和48年に沿岸の府県からの排水を厳しく規制することなどを定めた法律が施行され、さまざまな対策が講じられた結果、一部の海域を除いて水質は一定程度、改善しました。

おととし瀬戸内海で発生した赤潮は58件で、最も多かった昭和51年の299件と比べると5分の1ほどにまで減少しました。

一方、水質が改善したことがかえって漁業に悪影響を及ぼしている地域もあります。

環境省によりますと、気候変動による水温の上昇などの影響もあって養殖のりなどの色が薄くなる「色落ち」が、播磨灘、備讃瀬戸、紀伊水道、燧灘それに、周防灘で確認されています。

また、播磨灘では特産のイカナゴなどの減少に影響を及ぼしている可能性があるほか、広島湾では養殖用のかきの稚貝がうまく育たない要因になっている可能性があるということです。

一方、瀬戸内海ではいまも広い範囲で赤潮が発生しています。

環境省は「海域によって必要な対策は異なり、実情に応じたきめ細かい水質管理を可能にすることで『豊かな海』をつくりたい」としています。

環境相「水行政の在り方転換 非常に意義ある法律になる」

小泉環境大臣は閣議のあとの記者会見で「水質の規制から水質の管理に水行政の在り方を転換する、非常に意義のある法律になると思う。地域の理解も得ながら、産業や環境の前向きな転換につなげていきたい」と述べました。

春を告げる魚「イカナゴ」は深刻な不漁

兵庫県では瀬戸内海に春の訪れを告げる魚、「イカナゴ」の深刻な不漁が続いています。

県の水産技術センターは、下水道の整備などで水質が改善され、海中の窒素やリンが減ったことで餌のプランクトン不足に陥ったことが主な原因だと指摘しています。

イカナゴは瀬戸内海の播磨灘や大阪湾が主な漁場で、兵庫県では「シンコ」と呼ばれる稚魚をしょうゆや砂糖などで甘辛く煮た「くぎ煮」が、春の味覚として親しまれています。

20年前までは多い年で3万トン以上あったイカナゴの漁獲量は減少傾向が続き、去年は147トンにまで落ち込みました。

兵庫県水産技術センターの研究チームは、去年、保管していた35年分の標本や、瀬戸内海の海水のデータをもとに不漁の原因を調査した結果を公表しました。

それによりますと「栄養塩」と呼ばれる窒素やリンの濃度が低下し、イカナゴなどの小魚の餌となるプランクトンが減少したことが主な原因だと指摘しています。

下水道の整備や工場排水の水質改善が進み、瀬戸内海の「栄養塩」の濃度は30年前の3分の1程度まで低下していて、イカナゴは20%ほど小さくなったほか、1匹当たりの産卵量も30%減っていたということです。

兵庫県水産技術センターの反田實技術参与は、「海をきれいにするという一辺倒ではなく、市民も含めてどういう海にしていくかを考えるきっかけにもなるのではないか」と話しています。

資源守る工夫も

播磨灘や大阪湾での「シンコ」の漁は、記録的な不漁となった去年の漁獲量は147トンと過去最少で、漁が行えた日数も大阪湾では2日間、播磨灘では5日間しかありませんでした。

兵庫県水産技術センターのこれまでの調査では、ことしの産卵量は去年よりは多いものの、平年の6.4%にとどまり、ことしも不漁が見込まれています。このため、資源を守るための工夫も行われています。

播磨灘と大阪湾での「シンコ」の漁は、例年2月下旬から3月上旬に解禁され、ことしの解禁の時期を見極めるため、24日に地元の漁業者が瀬戸内海で試験操業を行いました。

去年までは4センチを超える「シンコ」が6割になるころを解禁日にしていましたが、兵庫県と大阪府、それに漁協は、ことしは7割になるころまで解禁を待つことを申し合わせました。

兵庫県水産課の担当者は「少しでも翌年に資源を残すため、去年よりも解禁日を遅らせました。漁の期間についても平年と比べて短くなる可能性があります」と話していました。

兵庫県の春の風物詩「くぎ煮」もピンチ

水揚げされたばかりのイカナゴの稚魚「シンコ」をしょうゆや砂糖などで甘辛く煮つける「くぎ煮」づくりは、昭和初期から続く、兵庫県の春の風物詩です。

「くぎ煮」は阪神・淡路大震災のあと、支援への感謝の気持ちとともに被災者した人たちが各地に贈ったことで広く知られるようになり、兵庫県には「くぎ煮」を製造する会社が10社以上あります。

しかし記録的な不漁でシンコの値段が数年前の4倍ほどに高騰し、入手が難しくなっていて、兵庫県明石市の市民の台所「魚の棚商店街」でも「くぎ煮」の値上げが続いています。

このうち、明石の海産物を中心に取り扱う創業89年の店舗では、地元の「くぎ煮」に手が出せなくなり、去年初めて香川県や北海道でつくられた「くぎ煮」を仕入れたということです。

この店の白川孫人社長は「イカナゴは明石産にこだわっていただけに苦渋の決断でした。庶民の味だったのがすっかり高級魚になっていて、今後の対策で少しでも回復してほしいです」と話しています。

条例制定や「海を耕す」取り組みも

兵庫県は海の豊かさを守るため、おととし海水に含まれる窒素やリンの量が減りすぎないよう下限を設ける、全国で初めての条例を制定しました。

条例では豊かで美しい瀬戸内海の再生に努めることを県民や事業者の責務とし、工場や生活排水に含まれる窒素やリンなどを適切に管理し海中濃度の下限を定め、その濃度が保持されるよう努めるとしています。

そして、水質の目標値について窒素は海水1リットル当たり0.2ミリグラム以上、リンは海水1リットル当たり0.02ミリグラム以上と全国で初めて下限を設けました。

合わせて兵庫県や漁連は瀬戸内海の環境保全に関する法律の改正も訴えていました。

また、兵庫県内では各地の漁協が連携しおよそ10年前から「海を耕す」取り組みも続けられています。

「海底耕うん」というこの取り組みは、「耕うん桁」と呼ばれる鉄製の器具を海に沈めて船で引っ張って海底を掘り起こすことで、堆積している砂や泥の中にある窒素やリンを海中に放出するのがねらいです。

現在、兵庫県では全国で最も多い年間で延べ2300隻が作業にあたっています。

「海底耕うん」を行う明石浦漁業協同組合の戎本裕明組合長は「魚がとれる豊かな海に戻すために、漁師としてできることをやっていくしかない状況です。漁場によって事情が違うので管理の方法を場所ごとに任すという内容はいいと思います」と話しています。

ほかにも、兵庫県明石市は市内に100余りあるため池の底にたまった「栄養塩」たっぷりの泥水をポンプを使って海中に放流する「かい掘り」にも力を入れています。