脱炭素社会を2050年に
その具体的な道筋は?

政府は、2050年の脱炭素社会の実現に向けた実行計画を取りまとめました。
遅くとも2030年代半ばまでに乗用車の新車販売をすべて電動車にするなど、14の分野で具体的な目標を設定し、達成に向けてあらゆる政策手段を総動員するとしています。

25日、総理大臣官邸で開かれた成長戦略会議で、2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにするという目標の達成に向けた実行計画がまとめられました。

今回の計画では、地球温暖化への対応は経済成長の制約やコストではなく、新たな成長の機会として捉えるべきだとして、その前提として2050年の発電量に占める再生可能エネルギーの割合をおよそ50%から60%に引き上げることも参考値として盛り込みました。

そのうえで、今後の成長が期待できる14の分野について、具体的な目標を設定しました。

このうち、自動車の分野では、遅くとも2030年代半ばまでに乗用車の新車販売をすべて電気自動車やハイブリッド車、それに燃料電池車などといった、いわゆる電動車にできるよう包括的な措置を講じ、その達成のために車に搭載する蓄電池の性能を向上させるなどとしています。

また、洋上風力の発電能力を2040年までに大型の火力発電所に換算して最大で45基分にあたる4500万キロワットにまで拡大することを目標として、国内の関連産業の育成を進めます。

さらに、水素を火力発電の燃料などに活用し、2050年の利用量を今の10倍にあたる2000万トン程度にまで引き上げるために技術開発に取り組むとしています。

政府は、目標の達成のためにはこれまでのビジネスモデルを根本的に変える必要があるとして予算、税制、金融などあらゆる政策手段を総動員するとしていて、二酸化炭素に価格をつけて排出量に応じたコストを企業などに負担してもらうカーボンプライシングの手法も活用することにしています。

【洋上風力発電】

洋上風力発電は、2040年までに発電能力を3000万から4500万キロワットまで拡大することを目指すとしています。
これは、大型の火力発電所に換算して30基から45基分に相当します。
洋上風力発電はヨーロッパを中心に普及が進んでいますが、国内には風車の製造拠点がなく、今後、関連する産業をいかに育成するかが課題となっています。

【燃料アンモニア産業】

燃焼しても二酸化炭素を排出しないアンモニアについては、2030年までに火力発電の燃料として石炭に20%混ぜて燃やすことを目指しています。
ただ、高い比率でアンモニアを燃やすと窒素酸化物も発生するため排出を抑制する技術の確立が必要となるほか、大量のアンモニアを調達できる供給網の構築も課題となっています。

【水素産業】

次世代のエネルギーとされる水素については、火力発電の燃料やトラックの燃料電池のほか製鉄に使うことで2050年の利用量を今の10倍にあたる2000万トン程度に引き上げることを目指します。
ただ、現状では海外から輸入する場合には専用の運搬船が必要となるほか、国内での製造コストも極めて高いことからコストの低減が課題です。

【原子力産業】

原子力は実用段階にある脱炭素の選択肢と位置づけ、現在の原子炉と比べ、安全性が高いとされる小型原発の開発を進めていくことにしています。
原発の再稼働も着実に進めるとしていますが、東京電力福島第一原子力発電所の事故以降、安全性への懸念が根強く残り、新たな規制基準に合格して再稼働している原発は9基にとどまっています。

【自動車・蓄電池産業】

自動車・蓄電池産業では、製造から廃棄に至るライフサイクル全体で2050年に温室効果ガスの排出を全体としてゼロにすることを目指すとしています。
このため、電気自動車や燃料電池車、ハイブリッド車などのいわゆる電動車の普及を進め、遅くとも2030年代半ばまでに乗用車の新車販売ですべて電動車にできるよう包括的な措置を講じるとしています。
バスやトラックなどの商用車については、来年夏までに目標を設けるとしています。
また、この10年間は電気自動車の導入を強力に進め、軽自動車などについては特段の対策を講じていくとしています。
ただ、電動車の普及には充電施設や水素ステーションなどの整備が必要となるほか、技術革新による蓄電池の性能の向上や低価格化などが課題となります。
このため、2030年までのできるだけ早い時期に、電気自動車とガソリン車の経済性が同じになるよう蓄電池のコストを引き下げることも掲げています。

【半導体・情報通信産業】

半導体・情報通信産業では、2040年に全体として温室効果ガスの排出を全体としてゼロにすることが目標です。
これに向けて電気自動車や燃料電池車、それに通信インフラなど幅広い分野で活用されている、「パワー半導体」について2030年までに消費電力を今の半分以下に減らすとしています。
そのために、大幅な省エネ効果が期待できる酸化ガリウムなどを素材に使った次世代のパワー半導体の研究開発を支援するとしています。
また、2030年以降に建設するデータセンターについて、消費電力を今よりも3割減らすほか、再生可能エネルギーの活用を義務づけることを検討します。
このほか、ビヨンド5Gなどと呼ばれ、消費電力が現在の100分の1の次世代の通信規格を2030年に実現するとしています。

【船舶産業】

船舶産業は、2028年までに水素や電気を動力源にした貨物船などの商業運航を実現し、2050年に新たに建造されるすべての船舶の動力源を水素やアンモニアなどに切り替えることを目指します。
このため、水素などを直接燃焼できる専用のエンジンなどの開発が課題となります。

【航空機産業】

航空機産業では、環境意識の高まりや規制の強化から、地球温暖化への対策が求められ、電気や水素を動力源にする航空機の開発が進んでいます。
ただ、実用化に向けては、モーターや電池の性能をさらに向上させる必要があり、部品の技術開発を促進するとしています。

【物流・人流・土木インフラ産業】

物流の産業では、二酸化炭素の排出が多いトラックなどへの依存度が高いことが課題で、鉄道輸送などへの転換を促すことが必要だとしています。
また、人の移動についてもLRT=次世代型路面電車など二酸化炭素の排出が少ない輸送システムの導入を促進するとしています。

【食料・農林水産業】

食料・農林水産業では、ロボットやAIを活用したスマート農業を普及させて省力化や効率化を進めることや農業用機械や漁船の電動化が課題となります。
さらに、森林や海の生態系には排出された二酸化炭素を吸収する働きがあることから森林の整備や木材の利用の拡大を図るとともに藻場や干潟の造成や保全を進めることにしています。

【カーボンリサイクル産業】

今回の計画では、排出された二酸化炭素を回収し、燃料などに活用するカーボンリサイクルにも取り組むとしています。
製造過程で二酸化炭素を吸収するコンクリートを、既存の製品と同じ価格にまで引き下げるため、国や地方自治体による調達を拡大するほか、大阪・関西万博での導入を検討することにしています。
また、二酸化炭素を吸収する藻を原料にしたバイオ燃料を他国に先駆けて2030年ごろには、実用化するとしています。

【住宅・建築物産業】

1年間に電力会社やガス会社から購入したエネルギー量から太陽光発電で賄った電力のエネルギー量を差し引くとゼロになる「ゼロ・エネルギー住宅」は、注文住宅の2割にとどまっていることから太陽光発電の導入を促す制度を導入するなどして2030年にすべての新築住宅から排出されるエネルギーを平均でゼロにすることを目指します。

【資源循環関連産業】

植物などを原料とするバイオマスプラスチックの普及に向けて、素材の強度を高めるなどの研究を進め、量産体制の確立や需要の創出に取り組みます。
また、ペットボトルなどをリサイクルする工程で排出される温室効果ガスを削減するための研究開発を行うほか、リサイクルできる廃棄物を効率的に回収する仕組みを整備します。

【ライフスタイル関連産業】

再生可能エネルギーのさらなる導入を図るため、住宅に設置した太陽光パネルなどで発電して余った電力を融通しやすくする仕組みを導入するほか、太陽光発電の導入などで家庭や中小企業が削減した温室効果ガスを「クレジット」として認証し、販売できるようにすることで地域全体で脱炭素を目指すとしています。

専門家「実現性が問われる」

エネルギー問題が専門の国際環境経済研究所の竹内純子理事は、今回の実行計画について「2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする目標を掲げ、それをどうやって実現するかが問われる中で、このスピードで計画をまとめたことは評価できる」としました。
その一方で、「脱炭素社会は非常に大きな社会転換で、それをあと30年という非常に短い時間軸で達成することを目指している。ものすごく高く急斜面の山に登っていくようなもので、実行計画の実現性も強く問われる」としています。
そのうえで、今後の計画の進め方について、「技術開発は予定どおりに進むものでなく、大きなコストもかかってくる。コスト負担や、技術革新で失われる雇用も含めて、得られるものと痛みのバランスを取りつつ、計画を適宜、見直しながら目標に近づくことが必要だ」と話しています。

国と地方自治体が初会合 ロードマップ策定へ

「脱炭素社会」の実現に向けて、必要な政策を国と地方自治体が協議する会議の初会合が開かれ、地域での取り組みや国民の生活と密接に関わる分野で来年6月までにロードマップを策定することになりました。

総理大臣官邸で開かれた初会合には、関係閣僚のほか、長野県や横浜市、岩手県軽米町など6つの自治体のトップが出席し、再生可能エネルギーの導入など「脱炭素社会」の実現に向けて、それぞれの自治体が取り組んでいる事業を紹介しました。

また、会議では「住まい」や「交通」「働き方」など、地域での取り組みや国民の生活と密接に関わる8つの分野で、2050年までに「脱炭素」を実現するためのロードマップを、来年6月までに策定することが確認されました。

今後5年程度を集中期間とし、先行して「脱炭素」を実現するモデル地域を、離島や農村といった比較的素地のあるところにつくったうえで、こうした地域を2030年までに、できるだけ広げることを目指すということで、今後の会議で具体的な政策を検討することにしています。

会議のあと小泉環境大臣は「まだ日本には再生可能エネルギーのポテンシャルが眠っているところがあるので今後、自治体などへのヒアリングを通して掘り起こすとともに、ロードマップの具体化を進めたい」と述べました。