「ひきこもり死」1年間に
72人以上 全国自治体調査

長年、自宅にひきこもった末に命を落とす、「ひきこもり死」とも言える深刻な実態が明らかになりました。全国の自治体の支援窓口にNHKがアンケートを行ったところ、去年1年間に少なくとも72人が死亡していたことがわかりました。支援窓口の7割近くが「本人が支援を拒むなど難しさを感じた」としています。

全国の自治体が設置している、およそ1400のひきこもりの支援窓口にNHKがアンケートを行い、1022か所から回答を得ました。

その結果、支援窓口がひきこもりの状態にあると把握し支援に乗り出したものの、亡くなった、いわば「ひきこもり死」は、去年1年間に少なくとも72人にのぼっていたことがわかりました。

7割近くが40歳から64歳までの中高年の男性で、「病死」がおよそ4割、「自殺」が3割近くだったほか、「餓死」や「熱中症による死亡」もありました。

亡くなった本人を支援する際に感じた難しさについて複数回答で聞いたところ、本人が支援の必要性を感じていなかったり、支援を拒んだりしたことだと回答したのは全体の71%、本人とコミュニケーションをとるのが難しかったと答えたのは35%、会うことさえ難しかったと回答したのは30%でした。

また、新型コロナウイルスの影響で新たにひきこもり状態になった人から相談があったと回答したのは85か所にのぼり、相談内容としては経済状況や家族関係が悪化したといったものでした。

ひきこもり支援に詳しい専門家は「長年の孤立によって自分の命を守る意欲が低下する『自己放任』に陥り、自分の価値を感じられない人が命の危険にさらされている実態が浮かび上がった。プライバシーや本人の意思に配慮しながらも、一方で命を救っていくという地域の体制作りが必要で、どう防ぐか、議論を進めていく必要がある」と指摘しています。

「ひきこもり死」の現場では

長年のひきこもりの末に命を落とす、「ひきこもり死」。

ことし1月、千葉県四街道市のアパートの1室で、53歳の男性が亡くなっているのが見つかりました。死因は心不全でした。

支援にあたっていた担当者によりますと、男性に出会ったのは4年前、家賃の滞納があり電話もつながらないと、アパートの管理会社から連絡があったのがきっかけでした。部屋は電気やガス、水道が止まっていて、男性は食事をまともにとらず「もう死ぬしかない」と繰り返していたということです。

やがて男性は、職場の人間関係がこじれ、仕事を辞めてからひきこもるようになったと打ち明けたということです。生活保護の受給も当初は拒否感を示しましたが、担当者の説得でようやく受給するようになりました。

それからは市のケースワーカーがサポートしましたが、男性は再びつながりを断ってひきこもり、人知れず亡くなりました。

四街道市社会福祉協議会くらしサポートセンター「みらい」のセンター長、及川哲さんは「『自分は社会の中で役割がない』と感じ、ひきこもったのかもしれません。本当は人とのつながりを求めていたのではないか。彼の生きがいを見つけ、心のよりどころとなる場所につなげることができたらよかったですが、残念でなりません」と話していました。

支援窓口の7割 “支援拒否が壁”

「ひきこもり死」は、なぜ、防げないのか。全国の自治体が設置する支援窓口の7割が、“直面している壁”と答えたのが、「支援拒否」です。

去年8月、岐阜県に住む美濃羽千枝子(75)さんは、30年近くひきこもっていた息子の治さんを亡くしました。治さんが49歳のときでした。

治さんはラーメン店などで働いていましたが、20歳のとき交通事故に遭って足を切断する大けがをし、ひきこもるようになったということです。治さんはしだいに自暴自棄になって母親に暴力を振るうこともあり、自宅の壁などには暴れた際の痕跡が残っています。

美濃羽さんは息子の状況を変えようと市の職員や民生委員に訪問してもらいましたが、治さんが外部と接触するのを拒んで追い返し、それから一切の支援を受けなかったということです。美濃羽さんは「息子は『何しにきたんだ』と怒鳴りました。言われた人はいい気がしないだろうと思い、何一つ、頼めなくなりました。この時が一番つらかったです。それでも一日一日、なんとか過ぎていけばいいと思っていました」と当時の心境を振り返りました。

治さんはその後、がんが発覚しましたが、治療を受けるのを拒み、母親にみとられて自宅で亡くなりました。

美濃羽さんは治さんが亡くなる直前に語った言葉を大切に書き留めています。

『こんな僕でごめん。もうたたかないから、手をにぎって。お母さん』。

美濃羽さんは「いくら私が努力しても限界がありました。息子のことは絶対に忘れられず、思い出すと涙が出ます」と話していました。

当事者「『助けてほしい』と言い出せなかった」

全国の自治体が設置する支援窓口に行ったNHKの調査では、ひきこもりの当事者がみずから助けを求めることが難しい現状も見えてきました。本人みずから支援窓口に相談に来たケースは、わずか15%に過ぎませんでした。

20年以上、ひきこもっていたという55歳の男性は、専門学校を卒業後、調理師の免許を取り、飲食店で働いていました。しかし、長時間の労働に加え、同僚となじめなかったことから店を転々とし、仕事を辞めたのを最後に再就職先は見つからず、実家にひきこもるようになりました。

その後、2年前に80代の父親が亡くなり、男性は異変に気付きましたが、どうしていいか分からず、助けを求めることもできなかったということです。そして、半年間、父親の遺体と暮らしながら、本人も心身が衰弱した状態で近隣の住民らによって発見されました。

男性はひきこもってから20年以上、外部との接触がほとんどなく、父親の遺体が見つかったことで行政とつながり、医療機関で治療を受け、訪問看護などの福祉サービスを利用できるようになりました。

男性は「長年働いていないことへの“負い目”や“引け目”がありました。近くに親戚や親しい人もおらず、『助けてほしい』と言い出せなかったです」と話していました。

親の遺体とともに発見 各地で相次ぐ

高齢の親が亡くなってもひきこもり状態の中高年の子がそのことすら言いだせず、遺体とともに発見されるケースは各地で相次いでいます。

こうした場合、遺体を放置した疑いで警察に逮捕されますが、本人が衰弱していることも多く、親の死に積極的に関わっていないことがわかると不起訴となることもあります。

去年、埼玉県川口市では、「部屋から異臭がする」とマンションの管理会社から通報があり、警察官が駆けつけると、室内から80代の母親の遺体と衰弱した50代と40代の兄弟が見つかりました。

調べに対し、兄は「気付いたら母が動かなくなっていた。葬儀をする金もなく、自分たちも食事をとっていなかった」などと述べ、その後、不起訴となりました。

専門家「本人の意思に配慮も、命を救っていく体制作り必要」

ひきこもり支援に詳しい愛知教育大学の川北稔准教授は、ひきこもり死の実態について、「直接の死因は病死や自殺が多いものの、亡くなる前にひきこもり状態だったことで、周囲からのサポートが受けづらかったり、自分の健康状態を維持する気力を失ったりしていたと思われる。長年の孤立によって自分で自分の命を守る意欲自体が低下する『自己放任』に陥ったり、自分の価値を感じられず『迷惑をかけたくない』と思ったりする人が、命の危険にさらされている実態が浮かび上がってきた」と指摘しました。

支援の難しさについては「ライフラインが途絶え、健康状態が悪化した人を前にしながらも、本人の支援拒否や、プライバシーや人権の問題が壁となって、ジレンマに陥っている支援者が多くいることがわかった。本人の興味や関心を時間をかけて丁寧に探り、多角的にアプローチすることが求められ、専門性のある職種でチームを組んで連携することが必要だ」と話しています。

その上で「命の危機が迫っている場合、警察や保健所と連携しながら、一歩踏み込んだ安否確認を行う事例もある。プライバシーや本人の意思に配慮しながらも、一方で命を救っていくという地域の体制作りも必要だ。今回の問題は社会としても気づき始めた段階だと思われ、徐々に迫る危険をどう防ぐか、注目して議論を進めていく必要がある」と指摘しています。

新型コロナウイルスの影響については「コロナによって家庭の人間関係が悪くなったり経済的に困ったりして相談につながるなど、“顕在化”する部分がある。一方で、仕事を失った人々が何年もその状態が続くゆえにひきこもりとなる場合、明らかになるまでに長い年月がかかり、“潜在化”する部分もある。両方の側面があるので、コロナの影響が及んだとみられる人々を見守り続ける長期的な取り組みが必要だ」としています。