ゼレンスキー大統領電撃来日 極秘調整と対面参加リスク

「電撃来日」岸田首相とウクライナ ゼレンスキー大統領

日本では7年ぶりのG7首脳会議「広島サミット」が幕を閉じた。
ロシアのウクライナ侵攻が続く中での開催。初めて被爆地が会場になったこともあり、G7の首脳が平和と安定や核軍縮に向けた決意を打ち出した。
多くの発信が行われた今回のサミットで、最も世界の注目を集めたのはウクライナ大統領のゼレンスキーの参加だろう。
ロシアの侵攻を受ける当事国のリーダーの電撃的な来日。受け入れに向けて日本政府内では極秘の調整が行われた。
(清水大志、森田あゆ美、家喜誠也)

電撃訪問 アジアへは初

写真:タラップを下りるウクライナのゼレンスキー大統領

5月20日、午後3時半ごろ。広島空港。
カーキ色の服に身を包み、タラップを駆け下りる男の姿に世界の人々の視線が注がれた。
ウクライナ大統領のゼレンスキーだ。
1年以上、ロシアの軍事侵攻を受け、戦い続ける国のリーダーの電撃来日。
軍事侵攻の開始以降、日本はもとよりアジアへの訪問は初めてだ。
まさに歴史的瞬間だった。

水面下で調整 当初は慎重論も

当初、ゼレンスキーの来日は予定されていなかった。
ことし3月、総理大臣の岸田文雄がウクライナを訪問してゼレンスキーと首脳会談を行った際、広島サミットへの参加を打診したが、「戦況の見通しが厳しい」という回答だったためオンライン参加で合意し、これに沿って着々と準備が進められてきていた。
しかし4月下旬。
ウクライナ側から一転して「対面で参加したい」という強い意向が示されたという。
「戦況の見通しが変わったのだろうか」
ウクライナ側の翻意に対し、日本政府内ではさまざまな見方が出た。しかし、意向は重く受けとめないといけないとして、どう対応すべきか議論が行われた。

政府関係者は、当初の議論では対面参加に慎重論が強かったと振り返る。
「これまで積み上げてきた議題や演出などが、ゼレンスキー大統領の来日でかすんでしまい、話題がさらわれるのではないかという懸念があった」

また警察庁などからは、安全確保の観点から課題が多いという指摘も出されたという。
議論が続く中、岸田に判断を仰ぐこととなった。
岸田は、こう指示したという。
「ウクライナ側が強い意向を持っているのなら、想定されるリスクをなるべく減らすやり方を考えて、実現できるよう進めてほしい」

リスクをとってでも、対面参加を実現する。そうした判断だった。

グローバル・サウスへの配慮を入念に

受け入れの判断後、最も気をつかったのがグローバル・サウスとも呼ばれる新興国や途上国への対応だ。

写真:招待国との記念撮影

今回のサミットで日本政府はこうした国々との連携を最も重視していた。
このため、岸田は訪問や会談を繰り返し、入念な準備を進めてきた。
グローバル・サウス諸国には、ロシアや中国ともつながりがあり、ウクライナ情勢で中間的な立場をとってきた国も多く、国際協調を広げる上で大きなカギを握ると考えていたからだ。

日本政府は、サミット期間中、グローバル・サウス諸国も含めた8か国を招待し、拡大会合を予定していた。
政府内で「せっかくゼレンスキー大統領が対面で参加するなら、この場にも加わってもらおう」という意見が強まっていった。
しかしひとつ間違えると、招待国が来日をとりやめる可能性もあり、調整には細心の注意が払われたという。

(政府関係者)
「特にインドなどは、ウクライナ情勢に際して、あいまいな態度をとってきていたこともあった。ゼレンスキー大統領が来るとなったら『やっぱりサミットは欠席します』という反応をするんじゃないかということが懸念された」

日本政府は、打診の順番や会合のテーマ設定を配慮しながら、慎重に根回しを行った。

「『ウクライナ情勢』をストレートに議論すると、なかなか厳しい。どうやれば最大公約数でくくれるかと言うことで、会合のテーマを『平和と安定』にした。これだと『法の支配の重要性に反対する国や人はいませんよね』『力による一方的な現状変更は許されませんよね』となりやすいと考えた」

そして、グローバル・サウスの中でも代表格といわれるインドやブラジルなど、招待国の中でロシアとの関係も深い国々への根回しを先に進め、韓国やオーストラリアなどほかの国々からも承諾を得られたという。

政府関係者は次のように振り返る。
「G7メンバー国からは承諾を得られたが、招待国の中には『なかなかトップの反応がとれない』と言って返事をしてこなかったり、拡大会合の議論は具体的にどういう中身になるのかを相当気にする国もあったりして、ぎりぎりまでかかった。ようやく終わったのはサミットの1週間前だ」

この拡大会合。結果は、日本政府の狙いどおり、法の支配に基づく国際秩序や力による一方的な現状変更を許さないことが重要だという認識で一致をみた。

(政府関係者)
「これでみんながウクライナ側につくということはありえないけど、ある程度、協調を促せたかとは思う。招待国のなかには、渦の中に巻き込まれたような感じはあったかもしれないが、それはそれで実績。『一本取った』という感じかな」

G7メンバー国も協力

ゼレンスキーの来日にあたって、G7のメンバー国も安全確保の面などで協力を惜しまなかったという。
当初は、アメリカの用意した航空機で移動するという案もあったが、ロシアや中国を刺激する可能性があるという懸念もあり、代替案が検討された。
結果的に、ロシアや中国とも一定のパイプがあるとされるフランスが、ゼレンスキーを搭乗させることになった。

写真:フランスの飛行機

情報管理の面でも、各国で徹底されていたと振り返る。

(別の政府関係者)
「情報管理は特に気をつかった。安全上の問題から、事前に情報が漏れると『やっぱり訪問をとりやめる』となる可能性もあったので。G7だけでなく、ほかの招待国も含め、漏れなかった。よく徹底されていたと思う」

リスクとり 成果に

ゼレンスキーは、サミットへの参加を終えたあと、広島市の平和公園を訪問。原爆資料館を視察した。

写真:祈りを捧げる岸田首相とゼレンスキー大統領

途中から、岸田も平和公園にかけつけ、そろって原爆慰霊碑に献花を行い、犠牲者に祈りをささげた。

その後、平和公園内で首脳会談。

写真:握手する岸田首相とゼレンスキー大統領

岸田から、追加のウクライナ支援策として、自衛隊が持つトラックなど、100台規模の車両や、およそ3万食の非常用食料を提供することなどを伝達した。

(政府関係者)
「ゼレンスキー大統領が来日することが決まり、ペースをあげてまとめあげた。憲法上、法律上の課題をクリアして可能なかぎりの応援をしているという日本の姿勢を対面で伝えたかった」

写真:記者会見する岸田首相

サミット閉幕後、議長として記者会見に臨んだ岸田は、こう成果を強調した。
「ロシアによるウクライナ侵略に対し、国民の先頭に立って立ち向かうゼレンスキー大統領にも議論に参加してもらい、メッセージをより力強く国際社会に発信することができたことは非常に有意義だった」

政府内でも、評価が広がる。
「当初想定された『ゼレンスキーに話題をさらわれる』というリスクは、結果的には、ポジティブな形に出た。核廃絶やグローバル・サウスとの連携など、日本政府が重視することが、ゼレンスキー大統領との対面行事により、いっそう世界に注目されたと思う」
「これまでに日本で開催されたサミットの中で、最も発信力、メッセージ性の高いものになったのではないか」

厳しい反応も 問われる今後

世界の注目を集め、閉幕したG7広島サミット。
評価の声の一方、政府内には「ゼレンスキー大統領を呼んだことによるメッセージ性が強すぎると、かえって世界の分断がより深まってしまうのではないか」という懸念の声もある。
実際、ロシアや中国は、さっそく厳しい反応を示している。

また、いくら強いメッセージを打ち出したとはいえ、ロシアによるウクライナ侵攻が止まったわけではない。核廃絶についても、ロシアによる核の威嚇だけにとどまらず、中国の核戦力の増強や北朝鮮による核・ミサイル開発の活発化など、目の前に広がるのは、厳しい、いばらの道だ。
日本のG7議長国としての務めは今後も続く。ゼレンスキーの参加も得て打ち出したメッセージを、具体的な成果につなげていけるのか。真価が問われるのはこれからだ。
(文中敬称略)

政治部記者
清水 大志
2011年入局。初任地は徳島局。自民党・岸田派の担当などを経て官邸クラブに。
政治部記者
森田 あゆ美
2004年入局。佐賀局、神戸局などを経て政治部。自民党や外務省担当を経て、現在は2回目の野党クラブ。

政治部記者
家喜 誠也
2014年入局。宇都宮局、仙台局を経て政治部。現在は官邸クラブで安全保障や危機管理などを担当。