自民・維新の共闘はねのけ 保坂展人 東京・世田谷区長選挙

世田谷区長選挙で4選、保坂氏

現職・保坂展人の4選は間違いないだろう。
そう見られていた東京・世田谷区長選挙が大きく動いたのは、告示まで2か月の2月だった。
自民党と日本維新の会が、対立候補を擁立したのだ。

世田谷区出身、29歳の元財務官僚。
“区政をチェンジする”と意気込む新人を保坂は何とか振り切った。選挙戦を追った。
(星 和也)

保坂の危機感「区政打倒統一戦線」

「保坂区政打倒統一戦線ができている。保坂区政ラストステージに向けて押し戻していただきたい」

投開票日4日前の4月19日。世田谷区南烏山のホールで危機感を示したのは、保坂展人。

社民党の衆議院議員を務めたあと、平成23年の区長選挙で初当選を果たし、そこから3期12年にわたって区長を務めてきた。

保坂世田谷区長

ツイッターのフォロワーは、12万人。圧倒的な知名度を生かし、過去2回の区長選挙では、次点の候補に大差をつけて当選してきた。

自身が「最後の締めくくり」と位置づける4期目に向け、今回の選挙にも立候補した。しかし、過去の選挙に比べ危機感があった。

2月に立候補を表明した、対立候補の存在だ。

29歳 元財務官僚が立候補

「特別区の区長の平均年齢は65歳を超えている。新陳代謝のために区長をチェンジする必要がある」

2月19日、内藤勇耶は立候補を表明する会見で、こう述べた。

立候補表明する内藤氏

内藤は29歳。地元・世田谷区出身で、東京大学法学部を卒業後、財務省に入省した。今回、財務省を退職して区長選挙に挑んだ。

29歳で当選すると、東京23区ではこれまでで最も若い、初の20代区長となる。その若さを前面に打ち出し、内藤は繰り返し世代交代の必要性を強調した。

自民と維新“異例の共闘”

区長選挙への立候補の打診を受けた内藤が示した条件はこの2つだった。
「自民党が一丸となって戦える体制を作ってもらいたい」
「区政に対する思いを同じくする政党などからの応援体制をつくってもらいたい」

「保坂一強」の状態が続く世田谷区で、自民党は早い段階から候補者探しに動き出していた。その中で、当時、財務省の職員だった内藤が浮上したという。

自民党関係者のひとりは「政治はただの情念だけではできない。(内藤は)具体的なデータを分析する力、有権者の声に耳を傾ける力を持った候補者だ」と大きな期待を寄せた。

さらに今回“異例”となったのが、内藤を日本維新の会も推薦したことだ。実は内藤の擁立には、維新も選考段階から関与していた。
「保坂を打倒すべき」と考えていた維新は、立候補を表明する会見の前の段階で、内藤を紹介された。慎重に検討を重ねた結果、「内藤なら“選挙に強い保坂”に勝てる」と見込んで推薦を決めたという。

維新の関係者は「自民党との協力は異例中の異例だが、今回踏み切ったのは、内藤が素晴らしい候補者だと確信したからだ」と自信を見せた。

“大物議員”が続々と応援に

選挙戦で、内藤は「チェンジ」をキーワードに、真っ向から保坂区政の刷新を訴えた。

大きな争点として打ち出したのが、区庁舎の建て替え計画の見直しだ。

世田谷区役所

内藤のアイデアは建設費用とされる400億円を、民間事業者との連携などで浮かせて、子育て政策などに活用しようというものだった。

「3期12年続いた、保坂区政をチェンジすべく、いまここに立ち上がりました。皆さんから税金をいただかずにこの区役所を建て替えれば、皆さんの住民サービスに使うことができます」

内藤氏第一声

自民党と日本維新の会は、内藤を全面的にバックアップ。
自民党は松野官房長官や萩生田政調会長、維新は馬場代表など、次々と大物議員を応援に送り込んだ。

松野官房長官、維新馬場代表

松野官房長官
「未来を目指す世田谷という船には、新しい若い船長が必要だと思います。こんな世田谷区をつくるんだという明確なビジョンを持った。狂わない羅針盤を持って船を操る技術を持つ、そんな若い船長をみんなでつくっていこうじゃありませんか」

日本維新の会 馬場代表
「皆さん方が納めて頂いた税金が、自分たちのためにきっちり使ってもらえるような、そういう政治家をこれから選んでいこうではありませんか。日本維新の会、全力をあげて戦っていきます」

保坂も対決姿勢を鮮明に

一方、政党からの推薦を受けないで選挙戦に臨んだ保坂展人。内藤が立候補を表明した当初、それほどの焦りは見せていなかった。

取材に対し、「区長選挙は国政とは違って政党間の代理戦争や対決ではない。前回の選挙でも自民党や公明党の支持者の半分から支援があった」と話し、地道に政策を訴えていく戦略を進めてきた。

世田谷区長選挙保坂氏第一声

しかし、内藤が追い上げを見せる中、対決姿勢を鮮明にするようになる。

取材や演説で保坂は、区庁舎の建て替え計画について「争点にならない」などと語っていながらも、内藤が訴える区庁舎の建て替え計画の見直し案について、世田谷区で進めるのは現実的ではないと強調し、チラシやツイッターにその根拠を詳しく掲載した。

また、告示日に行った最初の街頭演説では、区庁舎の建て替えに触れなかったが、選挙戦が進むにつれ、みずからの声で批判する場面もみられた。

保坂の陣営関係者からも「内藤のチラシを見た支持者から問い合わせが寄せられるなど、説明に追われた」という声が聞かれた。

著名な論客らが保坂を応援

さらに、「有権者との対話」を重視して、個人演説会を頻繁に開催。

杉並区長や中野区長といった連携する区長に加え、保坂氏の政策に賛同する著名な論客たちが応援に駆けつけた。例えば、憲法学者の小林節氏や政治学者の中島岳志氏、経済思想家の斎藤幸平氏らだ。

さらに、教育政策をめぐり意見を交わしてきた文部科学省の元事務次官の前川喜平氏は、強く保坂への支持を呼びかけた。

保坂氏と前川氏


「いま国でも地方でも、人々を分断するような政治が非常に横行しているわけです。人々を敵と味方に分けてしまう。しかし保坂さんの区政というのは、分断の政治とは対局にある包摂する政治だ。不登校の子どもたちひとりひとりに手が届くような施策など、特に子供のためには非常によくやってきてくださっている。これをさらに進めていっていただきたい」

保坂も、演説の多くの時間を教育政策に使い、あと4年間で実現させてほしいと訴えた。
「子どもたちと一緒に未来をひらくためにも、世田谷で新しく始まった教育のモデルを続けたい。ぜひ、ラストステージだと思っています。次の4年でやらせてもらえたらと思います」

結果は保坂の4選に

4月23日、投開票日当日。

午後9時前に事務所に到着した保坂は、多くの支持者とともに固唾をのんで開票速報を見守った。

選挙戦序盤は、大差で当選した過去2回の選挙と同じか有利な情勢だと感じていた。

しかし、投票日が近づくにつれ、「内藤の訴えが区民に浸透し始めている」と感じるようになっていた。負けるとは思わなかったが、票数は相当迫ってくる可能性があると考えたという。

そんな中で深夜11時すぎ、保坂当選の1報が入ると、事務所が沸いた。

当選を喜ぶ保坂

結果は3万9000票の差をつけての当選。7万票近い差をつけた前回・平成31年の選挙と比べると迫られたものの、今回も大差の勝利だった。

NHKの出口調査によると、無党派層の半数余りに加え、内藤を推薦した自民の支持層の半分、維新のおよそ4割からも支持を得た。

年代別でも、20代を含む若い世代にまで支持を広げた。

保坂は集まった支持者たちに、「本当に厳しい戦いだった」と選挙戦を振り返った上で、「組織や大きな力があるわけではなくて、ひとりひとりの意思と力とサポートと心がつながって、きょうがあると思っています」と感謝を伝えた。

その上で、「4期目は本当に大事だと思う。学校や児童館や子どもの居場所作りの後押しをして、子どもたちにいい環境を残していきたい」と述べた。
(文中一部敬称略)

社会部星記者
社会部記者
星 和也
2017年入局 名古屋局を経て2022年から社会部 警視庁と東京消防庁を担当