風評の正体に迫る
東日本大震災・原発事故12年

東日本大震災と原発事故の発生から3月11日で12年。
福島県では原発事故のあと、放射性物質の検査結果が基準値を下回っているのに農産物や水産物が売れなくなる状況が続いた。こうした原発事故による風評被害はいまだ払拭しきれずに関係者たちを悩ませ続けている。
ただ、一言で「風評」といっても、その実態はなかなか捉えづらい。その正体は何なのか。ビッグデータから風評の「可視化」を試みると、食品によって差異が浮かび上がってきた。
(出原誠太郎、芋野達郎、斉藤直哉)

小名浜のカツオ 水揚げ戻らず

写真:小名浜の水揚げ

福島県内最大の港の小名浜港は、全国有数のカツオの水揚げを誇ったが、原発事故後は激減し、戻る兆しがない。

魚は漁獲された海域ではなく水揚げされた港を産地として売り出される。原発事故後、「福島産」となるのを避けるため、近隣の宮城県や千葉県の港に水揚げする動きが広がり、それが今も続いているという。

写真:カツオを扱う会社役員 野崎太さん

(カツオを扱う会社の役員 野崎太さん)
「ネガティブなイメージがいまだにどうしても払拭し切れていない。ほかの港よりは価格を安くつけざるをえないという状況が続いた。ちょうど中間地点にある小名浜港を飛ばして石巻港や銚子港に魚が行ってしまう現状は悲しい」

発信の総量は減少 ネガティブからポジティブに

風評の正体は何なのか。それは時の経過とともに変わっているのではないか。
こうした問題意識をもとに、ネット上のビッグデータから迫った。

まずは、「福島の農水産物」が「放射能」や「放射線」などという言葉とともに発信されたこの12年間のツイッター投稿の分析結果だ。

グラフ:「発信される量」は時の経過とともに減っている

「発信される量」は、時の経過とともに大幅に減っていることがわかるが、2022年でも4000件以上の投稿があった。

次に、「福島の農水産物」が、ツイッターでどのような言葉と一緒に投稿されていたかを分析した。より頻繁に使われた言葉がより大きく表示されている。

図:2011年は「原発」「放射」が大きく表示

原発事故が起きた2011年は「原発」「放射」「汚染」など、放射性物質による汚染を直接的にイメージさせる言葉が多いことがわかる。
こうした傾向はしばらく続き、「福島の食べ物すべてが心配」「福島産を食べることで復興支援はできない」といったネガティブなツイートもあった。
ところが原発事故発生から4年経った2015年頃からこの傾向に変化が見られるようになった。

図:2015年は「羽山」「ふじ」「甘い」が大きく表示

「原発」や「放射」といった言葉が徐々に小さくなり、代わりに「羽山」「ふじ」といったリンゴの産地やブランド名とともに「甘い」といった好意的な言葉が目立つようになる。
その後も、「美味しい」「ふるさと納税」といったポジティブな文脈で使われる言葉の発信が増えている。

「桃」風評の払拭 着実に

続いて、人々の関心を可視化するため、大手検索サイトのネット検索のビッグデータを使って、「福島」と関連付けて検索された具体的な食品の言葉を分析した。調べたのは「桃」「米」「魚」の3つだ。

こちらは「福島」「桃」と一緒に検索された言葉の推移だ。赤が「懸念を示す言葉」青が「購買につながる言葉」横棒の大きさが件数の多さを示している。

表:「桃」はネガティブだった言葉がポジティブな言葉に代わる傾向

「桃」では、前出のツイッターの発信分析と似た、時間の経過とともに、ネガティブだった言葉がポジティブな言葉に代わる傾向が見られた。
原発事故直後は「放射能」が上にあるが、徐々に赤い「懸念を示す言葉」が減っていき、「直売所」「通販」といった青い「購買につながる言葉」が上位を占めるようになっている。
東京オリンピックの際には「福島の桃はデリシャスだった」と海外の競技関係者が絶賛したことが報じられて話題になり、近年は、「パフェ」「ジュース」といった言葉も目立つようになった。
「桃」については、風評の払拭が着実に進んでいると言えそうだ。

「米」ブランド化の効果か

次に「福島」「米」と一緒に検索された言葉の推移。こちらは「桃」とは少し違う傾向がみられる。

表:「米」は完全に風評払拭とは言えないものの、新オリジナルブランド米の効果ありか

懸念を示す赤い「放射能」「セシウム」「検査」といった言葉は、時間が経つにつれ順位が下がる傾向にあるが、「放射能」は2022年になっても2番目に多くなっている。
一方、黄色で示した「ブランドや品種に関する言葉」が年を追うごとに多くなっている。
「米」は、完全に風評払拭とは言えないものの、新しい福島県オリジナルブランド米などの取り組みの効果が出て、購買につながる認知度が高まっているとみられる。

「魚」懸念示す言葉が目立つ

「魚」は懸念を示す赤い言葉が目立つ。

表:「魚」は「放射能」という言葉は近年むしろ増えていて「奇形」「汚染」も見られる

「放射能」という言葉は近年むしろ増えていて「奇形」「汚染」も見られる。「放射能」という言葉が増えた時期は、原発にたまり続ける水の問題がクローズアップされた時期とも重なっている。

こうした状況を改善するためにヒントになるかもしれないデータが、今回の分析で浮かび上がってきた。

「懸念する言葉」を検索していた人の属性別・年代別の傾向をみると、結婚して家庭を持っている人や、子どもがいる人、10代・20代より30代以上の人が多いということがわかった。大切な人のために安全・安心を求める心理が背景にあることがうかがえる。
処理水の海への放出が迫り、関係者の間で新たな風評被害が懸念されている中、不安や懸念を抱えている人たちにどれだけ効果的に安全性を訴求できるかが、今後の風評対策の鍵になりそうだ。

続く風評払拭の取り組み

2月に福島県が開催した県外のバイヤー向けのツアーには首都圏や関西圏から食品業界の関係者が参加し、魚市場を見学した。

写真:市場を見学

全ての魚種を対象に漁協が行っている放射性物質の検査を見学し、安全性を確実に担保するため、国の基準よりも厳しい自主基準でチェックしているという。

仲買人団体代表の小野利仁さんは、原発事故後に小名浜港のカツオの流通ルートが変わってしまい、漁獲量が戻らないのは風評被害の典型例だと感じている。

写真:仲買人団体代表の小野利仁さん

「震災直後のあの汚染水が漏れたという印象で、データのアップデートができてない人が多いのではないか。だから、少しでも水揚げを増やして、少しでもお客さんの目につくように、流通のパイプを少しずつ太くしていかなきゃだめなのかなと思っている」

安全でおいしい魚を届けようとする地道で真摯な取り組みを正しく理解してもらうことが、福島県産の魚のイメージを変える。こうした思いから、風評被害を払拭する取り組みが続けられている。

福島局記者
出原 誠太郎
2018年入局。福島が初任地で、警察司法担当を経て、いわき支局で被災地取材に当たる。現在は遊軍担当。
ネットワーク報道部記者
芋野 達郎
2015年入局。釧路局、旭川局を経て、現職。
ネットワーク報道部記者
斉藤 直哉
2010年入局。岡山局・福岡局・科学文化部を経て2019年から現所属。ソーシャルデータの分析などデジタルツールを活用した取材に取り組む。