学校名は誰のもの?全国で相次ぐ学校統合 校名が新たな火種に

私たちの母校が統合されたら名前はどうなってしまうのか…
少子化に伴い、全国各地で学校の統廃合が進む中、新しい校名をめぐって混乱が続いている。
鳥取県倉吉市では、市民への公募で最も多かった案が通らず、地区代表が決めた案も2度にわたって退けられ、結局、これまで全く議論されてこなかった校名を市議会が決定し混乱。
決定のプロセスでどうしてこんなに揉めたのか。
(柴田暢士 松本裕樹)

鳥取倉吉市 公募で最多は「打吹」

鳥取県倉吉市では、今年4月に市中心部にある児童数119人の「成徳小学校」と、そこから少し離れた33人の「灘手小学校」が統合して新しい学校が開校する。

打吹山の近くに成徳小学校と明倫小学校 灘手小学校は離れた所にある

さらに将来、統合することになっている「明倫小学校」と一緒になっても引き続き同じ校名を使おうと、市は「1字たりともこれら既存の校名を使わない」というルールで新しい校名の公募を行った。このルールが後々、問題となって浮上することになる。
341件の応募があり、最も多い4割にあたる150件が地元のシンボルとなっている山の名前でもある「打吹」(うつぶき)だった。

打吹山

地区代表・市議会は応募最少の「至誠」

これを受けて地区代表や保護者、学校職員らでつくる「学校統合準備委員会」で議論が行われた。成徳地区が公募の結果1件だった「至誠」を、灘手地区が最多だった「打吹」を推し、話し合いで調整がつかなかったため投票で「至誠」が選定された。
「至誠」は中国の古典「中庸」に由来する言葉で「この上ない誠実さ、まごころ」という意味があるという。
校名は、「統合準備委員会」が案を選定し、それを受けて市が議会に提出し、議会が条例を可決して正式決定となる。
市議会も追認する形で「至誠」を新しい学校名とする条例を可決した。
市の教育委員会は今回の公募を投票ではなく「アイデアの募集」だったとしている。

住民グループの署名活動・直接請求で白紙に

こうした決定に住民グループが反発した。

住民グループは、「至誠」の決定過程に問題があったとして「至誠」と決めた条例の廃止を求める署名活動を展開する。
廃止を求める直接請求に必要な署名は有権者の50分の1にあたる764人分。これに対し、その6倍を超える4815人分の有効署名が集まった。

直接請求

これを受けて倉吉市で51年ぶりとなる直接請求の手続きが行われ、市議会で「至誠」と決めた条例が廃止されて校名選定は白紙に戻った。

苦肉の策は「打吹至誠」

差し戻された形となった「統合準備委員会」。
今度は先の委員会で最後まで候補に残っていた2案を合わせた「打吹至誠」を選定する。
対立を解消し間近に迫った開校の準備を進めるための苦肉の策だった。

市議会は議論の根幹覆す「成徳」

「打吹至誠」案を審議する市議会は誰もが予想しない展開となった。
「1字たりとも既存の校名を使わない」という前提を覆す形で一部の議員が「成徳」を提案したのだ。

(「成徳」を提案した議員)
「このまま『打吹至誠小学校』と決定すれば市民等により新たな紛争が起こることが懸念され、4月1日の開校ができなくなることも想定される。リスクを最小限に抑えるには現状の『成徳小学校』として開校することが望ましい」

これに議会は紛糾した。「成徳」に同意できないとする議員は。
「『成徳は使わない』と言ってきたのに、どこの民意を汲んでそんな案が出てきたのか」
「地域住民の自己決定権を奪うことは避けるべき」

一方で「成徳」を支持する議員も。
「名前が変わると子供に不安な気持ちを抱かせる。統合後も使われる校舎の校名を使用するのが一番影響が少ない」

倉吉市議会

採決の結果、15人の議員のうち8人が「成徳」に賛成し、条例は可決された。
「統合準備委員会」が選定するとしてきた校名を市議会が2度にわたって受け入れなかっただけでなく、「既存の校名を使用しない」とする議論の前提を覆すという異例の事態になったのだ。

戸惑い、悔しさ

行政側は戸惑いを隠せない。

倉吉市 広田一恭市長

(倉吉市 広田一恭市長)
「元々、既存の校名は使わないという話だったので、それが出たものだから、正直いって驚いている。たとえ統合準備委員会が自分たちで決めても、また議会でスパッと変えられるということが懸念されると、委員がちゃんと携わってもらえるのか心配だ」

(倉吉市教育委員会 小椋博幸教育長)
「議員の説明をよくよく聞いてなぜ『成徳』なのか、まだ私自身もよく理解できていない。議会の決定なので最終的に議会のどなたかに適切な説明をお願いしたい」

校名を選定するはずだった「統合準備委員会」は、「これまでの議論がすべて否定され、委員会は不要になった」として解散を決めた。
灘手地区の委員の1人は「子供たちのために何とか折り合いをつけようと努力してきたのに、市議会や教育委員会に翻弄されて解散に至った」と述べ、悔しさをにじませる。

「成徳小学校」の児童数が最も多く、校舎も現在の「成徳」のものを使うことになるため、灘手地区では「大きな学校に吸収されるだけ」といった懸念の声がある。

「灘手の声を反映させよう」と、直接請求に向けて署名活動を行った住民グループ代表も、むなしさを感じている。

住民グループ共同代表 高田博正さん

(住民グループ共同代表 高田博正さん)
「灘手の人は全く納得できない。多くの人に署名してもらったのに、このような結果になり、申し訳なく思っている」

市民からは「慣れ親しんでいる『成徳』でよいと思う」「この結論では『灘手』の人は納得できない」「これまで議論してきたのは何だったのか」と様々な声が聞かれた。

専門家「住民の声受け止め説明責任を」

地方自治に詳しい専門家は今回のケースについて、開校が迫る中でも、より住民の声を尊重し、説明を尽くすべきだと指摘する。

大正大学社会共生学部 江藤俊昭教授

(大正大学社会共生学部 江藤俊昭教授)
「学校は地域のシンボルで、歴史文化のすごく大事なものなので統廃合するときの議論と名称はすごく大事だ。
地方は人口も減って財政も少なくなる縮小社会なので、住民、議員、執行機関の3者の総力戦によって色々なアイデアを持ちよって先に進んでいかないとこれからの地方は成り立たなくなる。住民の声をしっかり受け止めて議決して、説明責任を果たしていかなければならない」

全国では小中学校統合で4割に

子供の数が減る中、学校の統合は全国で進んでいる。

文部科学省の調査では、公立の小学校や中学校の統合は2017年度から2021年度まで毎年100件を超え、5年間で合わせて714件行われた。
1744校の小中学校が統合され、4割ほどの737校になっている。
調査では、学校を再編して規模を適正化する際の課題や懸念としておよそ9割の市区町村が「保護者や地域住民との合意形成」を挙げていて、少子化で子供の数が減る中、地域の象徴的な存在である学校を統合することがいかに難しいか、自治体にとって大きな悩みの種になっている。

校名は誰のもの?

公募で最多のものでもなく、地区代表が選んだものでもなく、これまで全く議論されてこなかった校名を市議会が決定した倉吉市での校名選定。
子供たちは、この春から新しい学校生活を始めることになる。
校名は誰のためのものなのだろうか。

鳥取局記者
柴田 暢士
1996年入局。徳島局や高知局などで勤務。支局・報道室勤務が多く、倉吉支局が4か所目となる。
ネットワーク報道部記者
松本 裕樹
2005年入局。初任地鳥取の問題にヤキモキしている。住民が納得いく解決を望んでいます。