防衛費財源は増税?国債? 渦巻く自民の党内論争

論争勃発と萩生田氏

去年末、総理大臣・岸田文雄が自民党内にある根強い反対を押し切る形で一旦は決着した防衛費増額に伴う増税の方針。しかし、年が明け、くすぶった火種を再燃させるかのような新たな舞台が生まれた。通称「特命委」。立ち上げたのは、党政務調査会長で最大派閥・安倍派の萩生田光一だ。
財源論が党内政局に発展するのか?
議論の行方を取材した。
(米津絵美)

【リンク】年末の議論の舞台裏はこちら「防衛増税『聞かない力』も岸田流?」

再燃 自民党内 財源論争

「国債に頼らず、責任を持って財源を確保しないといけない」(増税を容認する議員)

「国債のルールを見直して財源を確保すべきだ」(増税に否定的な議員)

防衛関係費の財源検討に関する特命委員会の会合
1月24日、自民党本部で開かれた「防衛関係費の財源検討に関する特命委員会」の2回目の会合。政府の防衛費増額に伴う増税方針に容認・否定的それぞれの議員の間で激しい応酬が続いた。

党幹部が「ここは赤組、白組に分かれて党内を二分するような議論を行う場ではない」と発言し、冷静な議論を呼びかけたという。

「特命委」なぜ設置?

特命委で財源の議論が始まることになった背景には、自民党内にたまっている不満がある。

党内に防衛力の抜本強化に反対する意見はほとんど聞かれないが、増税で財源を賄うことへの反対が安倍派の議員を中心に根強い。増税を容認する議員の中でも、より丁寧な議論が必要だったという受け止めは多い。

防衛費増額の4分の1を増税で賄うグラフ

政府・与党は去年末、防衛力強化のため、今後5年間で今の1.6倍にあたる総額43兆円の防衛予算を確保することを決めた。このうち、5年後の2027年度の予算は、9兆円程度に増え、増額分の4分の3は歳出削減や決算剰余金などで捻出し、残り4分の1=1兆円余りを増税で賄う方針だ。

萩生田は議論の目的について、1月19日の初会合でこう発言している。

「財源のうち、税については、税制調査会で一定の道筋をつけていただいたものの、その他の事項は、今なお党内にさまざまな意見がある。税以外の財源の具体的なあり方について丁寧に議論する」

萩生田は周辺に「税以外の4分の3が本当に賄えるか誰も検証していない。きちんとしておかないと増税が4分の1で済むかもわからない」と語っている。

4月には統一地方選挙に加え、衆議院の補欠選挙が複数行われるなか、税以外の4分の3の財源が本当に確保できるのか、積み増しをさらにできないのか、議論する姿勢を国民に見せなければならないという強い思いもある。

国債活用の余地はあるか

特命委で議論の焦点になるのが国債の活用だ。

発端は、去年4月の安倍派の会合だった。

挨拶する安倍元総理
生前の安倍元総理大臣が、防衛費増額の財源について「道路や橋を造る予算には建設国債が認められている。防衛予算は消耗費と言われているが間違いだ。まさに次の世代に祖国を残していく予算だ」と述べ、国債の活用を提起した。

このおよそ8か月後の去年12月11日。

台湾で公演する萩生田氏

安倍派有力議員の1人で、政務調査会長となった萩生田は訪問先の台湾での講演で、国債活用の一環として、償還ルールの変更に言及した。

「場合によっては、国債償還の60年ルールを見直して、償還費をまわすことも検討に値する」

安倍氏が重視した台湾で、防衛費の財源として国債活用に触れた萩生田。その遺志を受け継ぐ姿勢を示したとも受け取られた。

60年償還ルールとは
萩生田が言及した「60年ルール」は次のようなものだ。
政府発行の国債は、満期が来た時に1度に全額「償還」=返済することは難しいので、新たな国債である「借換債」を発行して少しずつ返済していく。
国債を全額返済するまでの期間を60年に設定し、毎年度の予算でおよそ60分の1にあたる1.6%を債務の償還にあてている。

萩生田の考えは、このルールを見直し、60年となっている償還期間を延長して、単年度で償還に充てる費用を減らし、防衛力強化の財源に回すことを検討してみてはどうかということだ。
新年度=令和5年度予算案では、債務償還費は16兆7000億円程度。仮に償還期間をさらに20年延ばし、80年にすると償還費は12兆円余りとなり単年度では4兆円程度が圧縮される。

ただ、単年度で減った償還費を別の目的で使えばその穴埋めはしなければならず、「借換債」を発行する期間が長くなることで利払いが増え、国債全体の残高が膨らむことになる。国債の金利も上がることが懸念される。

“かさぶた”剥がす議論

萩生田と同じく安倍派有力議員の1人、官房長官の松野博一は記者会見で「60年償還ルールが市場の信認の基礎として定着している現状を踏まえれば、財政に対する市場の信認を損ねかねないといった論点がある」と指摘。

岸田は、萩生田が特命委で財源の議論を行うことは認めているが、国債を活用することには否定的な考えを示している。

国会で演説する岸田総理

「将来の世代に先送りすることなく、いまを生きるわれわれが将来世代への責任として対応していく」

ある政府関係者も「国債のルールを変更することは難しいと思う。そもそも『国債を使わない』ということには、総理の並々ならぬ思いがある」と漏らす。

政府・与党内では、特命委の議論をきっかけに、決着がついたはずの増税の党内議論が再び激しくなるのではないかと警戒する声が出ている。

「去年あれだけ議論したのに、税以外の財源を検討すると言いながら、かさぶたを剥がすような行為にならないか心配だ」(閣僚経験者)

「これで国債で対応します、となったら『税でやる』と言った総理の顔が立たない」(政権幹部)

安倍派の主導権争いか

一方で、増税に反対する議員は安倍派に多くいることから、安倍氏亡きあと、後継の派閥会長を選出できない安倍派の主導権争いに、議論が使われているという冷めた見方も広がっている。

「発言したい人は特に安倍派の若手に多い訳だから、議論の場を設ければ萩生田さんの求心力につながる」(閣僚経験者)

「安倍さんの国債発言に引っ張られすぎているんじゃないか。安倍さんは観測気球をポーンと打ち上げて落とすところを見つけるのが得意だったけど、今はそれをやる人がいない」(党執行部経験者)

安倍元総理の遺影

落としどころは…

初会合で萩生田は「防衛力強化の取り組みが絵に描いた餅にならないよう責任ある議論を行っていきたい」と強調した。

自ら立ち上げた特命委の議論をまとめられるのか。
増税以外の財源の上積みを図り、増税幅の圧縮まで踏み込んだ結果を出せるのか。
党の政策責任者として、また安倍氏の後継をうかがう有力議員として、党内は萩生田のその手腕を見ている。
(文中一部敬称略)

政治部記者
米津 絵美
2013年入局。初任地は長野局。平河クラブで自民党・安倍派、政務調査会など担当。