送迎バス子どもの置き去り相次ぐ 悲劇繰り返さないために

送迎バスへの置き去りや不適切な保育。
2022年は、幼い子どもたちが、教育・保育の現場で命を失ったり虐待を受けたりする問題が相次いで明るみに出た1年だった。
幼い子どもの安全を守っていくにはどうしたらよいのか。現場を取材するとともに、国の「こども政策」を担当する小倉少子化担当大臣にインタビューで直撃すると、再発防止に向けて新たな一手を打ち出すことを明らかにした。
(大場美歩)

「痛恨の極み」

痛恨の極みだった。強い危機感を持って対応しなければいけないと思った

2022年12月。インタビューでこう話したのは、国の「こども政策」を担当する小倉少子化担当大臣。

3か月前の9月。静岡県牧之原市にある認定こども園で、3歳の女の子が駐車場の通園バスにおよそ5時間も放置され熱中症で死亡した。車内の温度は最高45度を超えていたとみられている。

バスを運転していた当時の園長や乗務員、それにクラスの担任と副担任のあわせて4人が12月、安全管理を怠ったとして業務上過失致死の疑いで書類送検された。

繰り返される悲劇

こうした送迎バスへの置き去り事案はこれが初めてではない。2021年7月には、福岡県中間市の保育園で5歳の男の子が炎天下に送迎バスに9時間近く取り残されて熱中症で死亡した。ただ、そのときの国の対応は十分とは言えなかった。

小倉大臣
2021年の事案を受けて、各自治体にさまざまな通知を出して対応してきた。それにもかかわらずこのようなことが再び起きてしまった。今回、特に意識したのは、まず事故がなぜ起きたか、課題を関係者からのヒアリングで徹底的に洗い出すこと。その上で法制上、財政上の措置を出来ることは全てやるということだった

国の対策は

国は、送迎バスへの安全装置を2023年4月から義務化することを決めた。
対象は全国の幼稚園や保育所、認定こども園、特別支援学校などの送迎バスおよそ4万4000台。1年間の経過措置はあるが、夏場の熱中症も考慮して6月までの設置を求めている。また、現場での点呼も義務化。

自治体の監査などで違反が明らかになった場合、保育所や認定こども園などに対し、知事が業務改善勧告を行い、業務停止命令となる場合もある。違反が続くと6か月以下の懲役や禁固、または50万円以下の罰金という罰則もある。

一方、幼稚園などの場合は、文部科学省による調査で違反が確認され、指導に従わない悪質なものは、閉鎖命令の罰則が科されることもある。
厳しい罰則を設けることで再発防止につなげることが狙いだ。

専門家「安全装置は補助 保育の基本を守って」

内閣府の「教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議」の座長・甲南大学の前田正子教授は今回の国の緊急対策を一定程度、評価する。

今まで国は事故があるたびに分かりにくく長い文章の『通知』を出すだけだったが、今回は、安全装置の義務づけのほか、すぐ使えるチェックリストもあり、現場の負担も少なく、どこに注意すればいいかも分かりやすい。とても良かったと思う

その上で、今回の対策が実際に現場で活用されるかどうかが課題だと指摘する。

安全装置はあくまでも人間が行うチェックの補助であり、100%安全を保証するものでない。対策を実践するのは現場だが、自治体も監査を行うだけで現場任せにするのではなく、研修会を開いたり現場に出向いて確認したりして現場と一緒になって取り組むことが求められる

「保育現場はギリギリ」

保育現場の受け止めはどうか。

千葉県柏市にある幼保連携型の認定こども園「こばとこどもえんネスト」を訪れた。この園で預かるのは0歳から5歳までの子ども180人。32人の職員で見守る。送迎バスは1台で、3歳以上の40人余りが利用している。

この園では、牧之原市の置き去り問題以降、送迎バスに乗せた子どもをチェックする表に「誰が確認したのか」を毎回明記するなど、対応を改めて見直したという。

園長に聞くと、国の緊急対策を実践するために、恒常的な保育士不足にも目を向けてほしいと話してくれた。

渡辺祐一園長
人のミスを防げるので送迎バスへの安全装置は必要だ。ただ、日常業務が少し増えるぐらいなら対応できるが、保育士は少なくギリギリでやっているので、ほかの業務に支障が出て、安全な保育を行えないと意味がない。運転者や添乗員が安全装置を使えるよう説明も必要で、どういうものを付けたらいいのかなどを早めに示してほしい

保育現場の実態は

保育現場の人手不足は、小倉大臣も危機感を抱いている。

小倉大臣
現場は多忙を極め、子どもの安全に目配りする人員の余裕がないという声もちょうだいしている。保育園の人手不足をめぐるさまざまな要望を1歩でも前に進めたい

保育現場のうち、認可保育所は、児童福祉法に基づく省令で、保育士の配置基準が子どもの年齢ごとに定められている。

こうした保育士の給与は、国や自治体からの補助金や保護者からの保育料で賄われている。補助金は定員や子どもの年齢などによって施設ごとに配分される。

リーダー的な役割を担う中堅の保育士には加算するなど処遇改善が行われてきたが、2021年の保育士の平均賃金は月収換算で30万9000円と、全産業の平均と比べて(35万5000円)5万円近く低い。待遇面もあって、資格を持っている人は2020年時点で167万人余りいるのに実際に保育士として働いているのは64万人余りにとどまっている。

こうした状況に、小倉大臣は、支援の新たな一手を考えていることを明らかにした。保育現場の人手不足を解消して再発防止につなげようと、保育士の目が届きにくい、大勢の子どもを預かる保育所が追加で保育士を雇えるよう、補助金を拡充するというのだ。

小倉大臣
特に4・5歳児の配置基準は、70年以上改善が実現できていないので、規模の大きい保育所で1人の保育士が25人を超える園児を担当している場合に加算金を拡充する。また、登園や降園時など人の目を多く必要とするような時に、保育士を補助する『支援員』を置く事業を検討している

早ければ来年度からこうした対策を実行したいと言う。

子どもの危険はいたるところに

さらに、子どもの安全確保をめぐって、現場から指摘があるのは、「子どもが危険な目に遭う事故が起きるのは送迎バスの中だけに限らない」という点だ。

たとえば、都内の認定こども園で、2020年に4歳の男の子が給食のブドウをのどに詰まらせて亡くなるなど、内閣府の調査によると、保育所や幼稚園、認定こども園などで子どもがケガなどをする事故は増加傾向にある。2021年は年間2347件と、2015年に今の形式で集計を始めてから過去最多にのぼったという。

2022年には、静岡県裾野市の認可保育園の元保育士3人が1歳児の足を持って宙づりにしたり、頭を殴ったりしたなどとして、暴行の疑いで逮捕される事件も発生した。

実は、2015年からは子どもが死亡するなどの重大事故が起きた場合、保育所や幼稚園などは事故の詳細を自治体と保護者に報告することが義務づけられ、今年度から重大事故の検証報告書が内閣府のホームページに掲載されている。だが、こうした情報は十分に活用されていないという指摘もある。

甲南大学 前田正子教授
まさか自分たちの園では起こらないという気持ちもあると思う。注意しなければならない保育の基本を守っていれば大きな事故にはつながらない。それが保育士さんにとっても安心感につながり、保護者の安心感にもつながる

命に関わる重大事例を共有する仕組みについて、国は、年度内に改善策を示す方向で検討を進めている。

“こどもまんなか社会”実現のために

子どもを守るには、「安全装置設置の義務化」「一斉通知」などで終わりとするのではなく、継続的に園の責任者や保育士の意識向上を促すとともに、保育現場のさらなる負担軽減を進める必要がある。

国は、2023年4月のこども家庭庁の発足を踏まえ、今後も対策強化を進める考えだ。

小倉大臣
子どもの安全・安心が最も配慮されるべき保育所などにおいて虐待事案が相次いで発覚したことは極めて遺憾だ。『こども政策』はさまざまな関係省庁にまたがるが、政府の縦割りを打破し、さまざまな困難に直面する子どもにきめ細かく対応できるようにしたい。将来的な『こども予算』の倍増に向けた道筋や政策の基本的な方針を定める『こども大綱』の議論も、まさに今スタートラインに立ったところであり、より多くの国民が納得できる『大綱』にしていきたい


子どもの安全を守ることは、政府が目指す「こどもまんなか社会」の大前提だ。
相次ぐ子どもの被害を防ぐことはできるのか。政府の本気度が問われている。

政治部記者
大場 美歩
新聞社勤務の後、2010年に入局。長野局を経て2020年から政治部。厚生労働省で医療や年金を取材。2022年夏から官邸クラブ。こども政策などを担当。