また変わるの!? 選挙の区割り 有権者のため息も

12月28日に変わる

小選挙区の数を「10増10減」するなど、過去最多の140選挙区の区割りを変更する改正公職選挙法が、12月28日に施行される。
1票の格差是正は喫緊の課題だ。
一方、地域によっては「区割り、また変わるってよ」、そんな有権者のため息も聞こえる。
有権者にどう周知するのか。有権者の声をどう政治に結びつけていくのか。揺れる地域の現場を取材した。

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過去最多25都道府県で140選挙区の区割り変更

【東京】“杉並区をなんで分けるの!?”

「『杉並区』をなんで一緒(の選挙区)にしないんですか?」

「数あわせではなくて、もう少し心の通った選挙制度や区割りを考えてほしい」

杉並区の説明会
改正公職選挙法成立の前日、11月17日。
杉並区の東側にある9つの地区の町会長などを対象にした説明会で、参加者からいらだちの声が相次いだ。

これらの地域は今回の区割り改定で「新27区」となる。

杉並区は「新8区」と「新27区」に再編

杉並区は、これまでも「7区」と「8区」に分かれていた。
これが「新8区」と「新27区」に再編され、分割のまま区割りの線引きが変わった。

インタビューに応じる杉並区選挙管理委員会の江川雅志事務局長

(杉並区選挙管理委員会 江川雅志事務局長)
「新しい区割りに納得している人もいると思うが、そうでない人もいる。毎回変わって混乱もあるという声も理解できる。自分たちにどうにかできることではないが、地域によりそって準備を進めたい」

また変わるの? 区選管は“てんてこまい”

最大の課題は、住民への周知だ。
区選管は、冒頭のような説明会をすでに6地域で行った。
12月には「新27区」に新しい区割りを周知するチラシを全戸配付する。
さらに年明けには住民向け説明会も開くなど手を尽くしたいとしている。

また、いざ解散・総選挙となった場合の開票作業にも大きな影響が出る。
これまで杉並区は、「7区」と「8区」の開票を同じ施設内の、武道場(7区)とアリーナ(8区)に分けて行っていた。
しかし、「新27区」の有権者は10万人となり、武道場では狭く、対応できないことが判明した。
別の体育館を手配し、今後はそれぞれの開票所に職員を派遣して開票作業を行う。

これまでは専門知識を持った選管の職員が、同じ施設の中の2か所を行ったり来たりして、得票の計算や疑問票の判定のチェックを行ってきたが、こうした戦力が分散されてしまう。心配は尽きない。

(江川雅志 選挙管理委員会事務局長)
「総務省には、コミュニティーや文化圏を重視するよう申し入れはしてきた。住民に色々な思いがあるのは承知しているが、衆議院選挙はいつあるかわからないので、すぐに準備しないといけない。人材の育成も急ぎたい」

【長崎】“離島の声が伝わるのか?”

日本最多、971の離島を抱える長崎県。

長崎県の選挙区は4から3に減る
今回の区割り改定で、選挙区数が4から3に減るが、ある課題が持ち上がっている。

NHKの連続テレビ小説「舞いあがれ!」の舞台にもなっている「五島列島」の中心都市、長崎県五島市。

区割り改定で地元の人たちが口にするのは、「離島軽視」への不安だ。

五島市で呉服店を営む片岡豊治さん(76)は、自分たちの島のことを考えたいと、毎月、地域の人たちを集めて離島政策などの勉強会を開いてきた。

この日、開かれた勉強会では区割りの改定が話題となった。

「今の3区の中心都市は五島市だが、新3区では佐世保市が中心になるのではないか」

“離島率”「40%」から「10%」に

五島市が含まれる現在の3区は、五島列島を始め、対馬や壱岐など県内の主な離島がまとまっていた。
フェリー航路の整備や医療施設の確保といった離島振興でも、協力して政府や国会議員への陳情を行ってきた。

離島の有権者は計9万4192人。選挙区全体の40.1%を占めていた。
その影響もあり、離島の中心都市である、五島市出身の議員が当選を続け、市内に拠点を置いて活動してきた。

今回の区割り改定で、これらの離島が“分断”される。五島列島は「新3区」となり、佐世保市などと同じ選挙区となる。
そして、対馬、壱岐は「新2区」となる。
「新3区」の離島の有権者は4万8347人、選挙区全体に占める割合は13.5%に低下する。
一方、佐世保市の有権者は20万2395人、選挙区全体の56%を占める。

五島市の野口市太郎市長は「離島振興の比重が落ちてくるのは紛れもない事実だ」と語る。

直接移動できない?“一体性”課題に

さらに、「新3区」で不安視されているのが、「選挙区の一体性」だ

長崎県の大石知事は、記者会見でこう懸念を示した。

長崎県の大石知事

「新たに新3区となる県北地域(佐世保市など)と下五島地域(五島市)を直接結ぶ航路がない。一体性に課題が残っている」

五島市から、佐世保市に、直接移動できる高速船などの航路はない。
このため、高速船などで長崎市に1時間半かけて移動。そこから、バスなどでさらに1時間半かけて佐世保市まで行かなければならない。
このため2つの地域の生活圏は大きく異なっている。

島民“五島が置いてけぼりに…”

五島市で住民の勉強会を重ねてきた片岡さんは、これから政治に声を届ける先が遠のくのではないかと不安を感じている。
片岡さんの自宅の近くには国会議員の事務所があり、勉強会で出た意見や相談事ををもとにみずからの考えを伝えてきた。

「佐世保市とは人的、物的交流が非常に薄い。どっちかっていうと長崎市を中心に経済が流れていた。佐世保中心の行政が展開されていくということになると、五島市が置いてけぼりを食うんじゃないのかなと」

【宮城】“区割りまた変わるの?”

現在の小選挙区比例代表並立制が導入されてから、大規模な区割りの改定は今回を含め4回になる。
頻繁に区割りが変わる選挙区もある。

大崎市の旧三本木町、旧松山町、旧鹿島台町

そのうちのひとつが、宮城県大崎市の南部の3地域(旧三本木町、旧松山町、旧鹿島台町)だ。

この地域は
・2006年の市誕生時 4区
・2013年の改定 5区
・2022年(今回)の改定 新5区
と変遷をたどった。

4区は、衆議院議長も務めた伊藤宗一郎氏の長男、信太郎氏が引き継ぎ、一度落選したものの、これまでに当選を重ねている。
その後5区になり、立憲民主党の安住淳氏が議席を守ってきた選挙区に移行した。
さらに新5区は、いまの6区が中心となり、自民党では小野寺五典氏が立候補を希望しているという。

地元の人は、毎回変わる選挙区にため息をつく。

「選挙区が変わりすぎて、今はどこの選挙区なのか分からない人が多い。なじみのない候補になるので、誰に入れていいか分からず、選挙に行かない人たちまでいた」(旧三本木町 50代の男性)

10年後は「5増5減」?

今の制度を続ける限り、区割りの変更は、今回で終わりではない。
法律に基づいて、2025年の国勢調査で1票の格差が2倍以上の選挙区があれば、区割りを見直す。
そして、10年に1度の「大規模国勢調査」ごとに各都道府県に割り振られる小選挙区数の見直しも行うため、今回のような選挙区の増減を含めた区割り改定は、2030年の国勢調査をもとに行われる。

そこで、国立社会保障・人口問題研究所が発表している将来推計人口を元にわれわれが独自にシミュレーションしてみた。
すると、2030年の推計人口では「5増5減」となる。
東京や愛知などが1増となる一方、北海道や茨城などは1減する。
さらに、今回1つ減った、滋賀と岡山は1増と、元に戻ることになるという結果になった。

専門家 「抜本改革の検討を」

政治学が専門の日本大学の林紀行教授は、区割りの変更が頻発することで選挙への関心が薄れかねないと警鐘を鳴らす。

日本大学の林紀行教授

「今の制度のままでは、過疎化が進み、国勢調査のたびに選挙区の区割りを見直さなければいけない。無意味とは言わないが、選挙区が頻繁に変わることで、有権者も次第に選挙や民主主義に対する疑問を持ちかねない」

そして、選挙制度の抜本的な改革が必要だと指摘する。

「選挙制度をどうするか、憲法は国会に裁量権を与えている。単純な算術的な計算で区割りを考えるというのはもうそろそろやめにして、国会の方から抜本的な改正を率先して取り組むべきだ」

どうなる?与野党協議

こうした声は、与野党双方からも上がっている。
今回、衆議院の特別委員会では、公職選挙法とともに付帯決議が採択された。
この中では「法律の施行後も、選挙制度は不断に見直していくべきだ」とうたっている。
そして、速やかに与野党協議の場を設け、人口減少や地域間格差が拡大している現状を踏まえ、議員定数や地域の実情を反映した区割りのあり方などについて抜本的な検討を行うとしている。

1994年に現在の小選挙区比例代表並立制が導入されて四半世紀が過ぎ、さまざまな課題も指摘されている。
1票の格差という課題と向き合いながら、選挙制度のあり方について与野党の徹底的な議論が求められている。

首都圏局記者
西澤 友陽
2015年入局。大阪局などを経て首都圏局。東京都内の自治体の行政や選挙を担当。学生以来8年ぶりの東京生活で人口増加を実感。
長崎局記者
橘井 陸
2016年入局。徳島局を経て長崎局。現在県政キャップ。五島列島の取材を通して。風光明媚な自然に魅せられる。
仙台局記者
武藤 雄大
2017年入局。山形局を経て2021年から仙台局。宮城県政など行政を中心に取材。日本酒激戦区・東北で日々「味わい」を学ぶ。
政治部記者
阿部 有起
2015年入局。鹿児島局、福岡局を経て政治部。総理番、厚労省担当を経験し、現在、総務省担当。「10増10減」法の国会審議を取材。