ウォーホル“アートな箱”に3億円! 自治体の高額作品購入に波紋

ウォーホルの箱 有効活用か 無駄遣いか

新たにオープンする鳥取県立美術館がアンディ・ウォーホルの作品「ブリロの箱」5個を3億円で購入した。
県民からは「どこが美しいのか分からない」「5個も必要?」と疑問や批判の声。
税金3億円の使いみちは無駄遣いなのか、有効活用なのか。
実は、他の美術館でも過去に類似のケースがあった。その後の評価は…
(柴田暢士、立町千明、金澤志江)

【リンク】作品購入の責任者 鳥取県教育委員会 美術振興監 尾崎信一郎さんに聞く
【リンク】行政支出に詳しい慶應義塾大学大学院の太田康広教授に聞く

「ブリロの箱」5点を3億円で購入

鳥取県は2025年春に倉吉市に開館予定の県立美術館の目玉作品として、ポップアートの旗手、アンディ・ウォーホルの代表作の一つ「ブリロの箱」を、ことし9月に5点購入した。

ウォーホルの「ブリロの箱」5つ

洗剤付きのタワシの包装箱をベニヤ板の箱に描いた作品で、1点はウォーホルが手がけ6831万円、残り4点はウォーホルの死後、関係者が制作したもので、1つ5578万円で購入した。
この「ブリロの箱」は、ウォーホルのポップアートの傑作と言われている。
1個だけでなく5個買ったのは、大量生産・大量消費というウォーホルが作品に込めた意図を的確に反映させるためだという。

「スープ缶」も4500万円で

ウォーホルの「キャンベル・スープ」

さらに美術館は、これに先立つ7月、ウォーホルの立体作品「キャンベル・スープ」を4554万円で購入していた。

この、赤色と白色の2色が特徴の作品に発想を得て、倉吉市の美術館予定地の近くにある中華料理店は、トマトベースのスープに麺状のクリームチーズを乗せたメニューを考案した。

「キャンベル・スープ」に発想を得たラーメン

倉吉市にウォーホルの作品が来ることを応援したいという気持ちから作ったという。

(店主 牧田国夫さん)
「ウォーホル作品が倉吉市に来るというのはすごいこと。料理で盛り上げたい」

ウォーホル作品を収集する理由は…

建設地の倉吉市は、フィギュアメーカーの工場進出をきっかけにポップカルチャーに力を入れている。
ウォーホル作品を収集する理由について、鳥取県は、このポップカルチャーを美術館の柱のひとつにするためだと説明している。
鳥取県にはこれまで県立の美術館がなく「全国最後の県立美術館」とも言われる中、最後発の公立美術館が独自色を出すためにも、ポップアートの旗手のウォーホル作品を目玉にしようというのだ。

アンディー・ウォーホルの写真

アメリカのウォーホルは、マリリン・モンローの肖像画や、バナナを描いたロックバンドのアルバムジャケットなどの作品で知られている。
数々の作品は、大衆文化のイメージをアートに持ち込んだとして芸術界に大きな波紋を呼んだ。

鳥取県教育委員会 美術振興監 尾崎信一郎さん

(鳥取県教育委員会 美術振興監 尾崎信一郎さん)
「優れた作品を収蔵していれば、県民だけでなく国内外からも多くの来場者が見込まれ、美術館の存在感を増すことができる。また、ほかの美術館から『貸してほしい』といった声がかかり、代わりにこちらが望む作品を貸してもらうことができる」

「どこが美しい?」「5個も必要?」疑問や批判噴出

ところが、美術館の収集方針には歓迎ばかりではなかった。
県民から、疑問や批判の声があがったのだ。

鳥取県の説明会

そこで鳥取県は各地で説明会を開くことになった。
倉吉市で開かれた説明会では、県民から「どこが美しいのか分からない」「3億円あれば、もっといろいろな作品を購入できる」「1個あれば十分、なぜ5個も買う必要があるのか」といった疑問や批判の意見が相次いだ。

地域で美術館建設を応援してきたメンバーの1人からも「突然、3億円で購入のニュースが流れて、裏切られた気持ちがする」といった声が寄せられた。

説明が遅れたのはアート作品特有の理由

ウォーホル作品を高額で購入したことについて公表が遅れたことにも批判が集まっている。
事前に情報が漏れるとオークションなどで価格がつり上がる可能性があるというアート作品特有の理由があったと説明している。

(鳥取県教育委員会 美術振興監 尾崎信一郎さん)
「美術業界では『鳥取県がこういう作品を求めている』という情報が流れると、作品の価格が一気に上がるおそれがある。情報を明らかにしないで取り引きを進める必要があった」

過去にも高額作品購入が批判された事例が

美術館が高額な作品を購入して批判が巻き起こったケースは過去にも国内であった。

ミレーの「種まく人」と「夕暮れに羊を連れ帰る羊飼い」

1978年に開館した山梨県立美術館は開館2年前、ニューヨークのオークションで、フランスの画家・ミレーの「種まく人」と「夕暮れに羊を連れ帰る羊飼い」を合わせて1億8200万円で落札した。

この金額に対し「小さな県の大きな買い物」「法外で贅沢な買い物」と批判の声が県民からあがったのだ。

県議会でも「購入が唐突に発表され、県民とのコンセンサスを得ることにもっと配慮があってしかるべきだ」と、議員が知事の対応をただしていた。

特化して収集「ミレーの美術館」に

山梨県立美術館

高額批判を浴びながらも、独自色を出そうとミレーの作品の収集にこだわった山梨県立美術館。

開館から7年後の1985年度には、愛好家の評判を集めて来館者が年間60万人に迫った。
その後も基金や寄付金を活用してミレー作品の購入を続け、3億9800万円で「落ち穂拾い、夏」も購入する。
当時を知る学芸員によると、この頃には目立った批判はなく、作品購入を評価する声も寄せられたという。
今では美術館が収蔵するミレーの作品は70点にのぼり「ミレーの美術館」として国内外の愛好家から親しまれている。

(山梨県文化振興・文化財課の担当者)
「自然や農業をテーマとするミレーの作品は山梨県に親和性があったのだと思う。県民が美術や芸術に触れるためには必要な投資であり、美術館の質を高めた」

専門家 税金で買う美術品とは

行政支出の効率的な使い方や無駄遣いに詳しい慶應義塾大学大学院の太田康広教授は、山梨県立美術館の収集方針をこう評価している。

慶應義塾大学大学院の太田康広教授

「ミレーは、農民として生きた芸術家なので比較的農業が盛んな地域の住民の納得が得られやすく、作品の価格とのバランスが非常によい。山梨県立美術館ほどの点数を持っている所は世界的にみても非常にまれで、特色も出せていて良い方針だった」

一方で、鳥取県立美術館のようにポップアートを集める難しさを指摘した。

「ウォーホル自身は評価の定まった芸術家で、芸術作品には市場価格があるので不透明性はないと思う。ただ、ポップアートや現代美術は一般の人には分かりづらさもあり、説明が大変な作品を選んでしまった。ポップアートが鳥取県にふさわしいかどうかは、最終的には住民が判断することだと思うが、いま反発の声があがっているということは、まだ十分住民の納得が得られていなかった、熟していなかったということではないか」

県民の理解は得られるか

鳥取県立美術館完成イメージ図

あの手この手でPRを進めてきたものの、盛り上がりを欠いていた新しい美術館は、ウォーホルの作品購入をきっかけに一気に注目されることになった。
将来的に、今回の選択は多くの県民に理解されるようになるのだろうか。

鳥取局記者
柴田 暢士
1996年入局。徳島局や高知局などで勤務。支局・報道室勤務が多く、倉吉支局が4か所目となる。
甲府局記者
立町 千明
2009年入局。富山局から政治部を経て甲府局へ。現在は県政キャップ兼自民党を担当。
ネットワーク報道部記者
金澤 志江
2011年入局。仙台局や政治部などを経てネットワーク報道部へ。気になるテーマを幅広く取材中。