アダルトビデオに出演したら… “地下化”に潜む新たな被害

ことし6月、AV=アダルトビデオへの出演を強要される被害を防ぐための法律、いわゆる「AV新法」が成立した。新法を評価する声が上がる一方、AVを取り巻く環境を悪化させる側面もあるという指摘が出ている。
「AV新法」の光と影を取材した。
(今村亜由美、山田宏茂)

意に反するAV出演を後悔「誰にも相談できない」

「AVに出たことで恋愛も結婚もできない。自己責任ですね」

そう語るのは、ユーチューバーとして活動する、くるみんアロマさん。
意に反してAVに出演した過去を持つ。
つらい思いをする人が1人でも少なくなればと、胸の内を打ち明けてくれた。

それは10年前の夏。
東京・新宿で「グラビアモデルを探している」と声を掛けられたのが始まりだった。

インタビューに答えるくるみんアロマさん
(くるみんアロマさん)
「バンドを組んでいて音楽デビューしたいと思っていた。『グラビアで水着になったら音楽デビューさせる』と言われ、22歳で最後のチャンスという気持ちがあった」

半年ほどしゅん巡した結果、水着のグラビアに出演することを決めた。
しかし、プロダクションからは水着ではなくヌードでの撮影を求められた。
社長の高圧的な態度に断り切れずヌードの撮影に応じたところ、今度はAVの出演を打診された。
なかなか首を縦に振らないでいると、10人以上に囲まれ、説得されたという。

(くるみんアロマさん)
「スタッフたちから『わがままだ』とののしられ、何を言っても言い負かされ、自分が間違っているのではないかと冷静な判断ができなかった。AV出演にはすごく抵抗があったが、こんな状況になってしまったのは自分の責任だと思ってしまった」

最終的に出演を承諾したものの撮影では事前にできないと伝えていた行為も求められた。その後、事務所は倒産し、音楽デビューどころか出演料が支払われることもなかったという。

(くるみんアロマさん)
「脱いじゃったし、AVやっちゃったし、家族にも言えない。誰にも相談できないまま1人で抱え込んだ。どうしてもAVに出演したいと思えるならやればいいけど、後悔することも多いことを知った上で判断してほしい」

4人に1人が“スカウトされた経験あり”

こうした事例が必ずしも特殊なものだとは言えないことをうかがわせるデータがある。
2020年に内閣府が実施した調査結果だ。
全国の15歳から39歳までの女性2万人を対象にインターネットで行われた。

《街中でのスカウトやSNSのメッセージなどを通じて『モデルやアイドルなどになりませんか』などと勧誘されたことがありますか》

この問いに「ある」と回答した人は全体のおよそ25%(4916人)だった。
4人に1人が何らかの形で勧誘を受けた経験があることになる。

調査では、モデルやアイドルなどの勧誘を受けたり、応募したりした経験があると回答した女性で、協力を承諾した人の中から2575人を対象にさらに質問をしている。

《聞いていない・同意していない性的な行為などの写真や動画の撮影に応じるよう求められたことはありますか》
この問いに「ある」と回答したのは13%(345人)。
このうち求められた行為に応じた経験のある人は38%(131人)だった。

AV被害防止法 ポイントは

こうした背景の中、国会で「AV出演被害防止・救済法」、いわゆる「AV新法」が成立し、6月23日に施行された。

ことし4月の成人年齢の引き下げで、新たに成人となった18歳と19歳が出演を強要される被害などに遭うおそれが指摘されたことをきっかけに与野党6党が検討を進め、成立にこぎつけた。

法律のポイントは以下の通りだ。

◇アダルトビデオの制作にあたっては、制作者側と出演者が書面で契約を交わすことを義務づける。
◇契約書には、アダルトビデオであることを明記し、撮影の日時や場所、映像を公表する期間や方法、出演料や支払いの時期なども記載する必要がある。
◇出演者が契約を解除できる。
◇制作者側には、契約から撮影までには1か月間、撮影終了から公表までには4か月間を空けるよう求め、この間は無条件で契約を解除できる。
◇公表されたあとでも1年間は無条件で契約を解除できる(施行から2年までは2年間)。
◇出演者が法律に基づいて契約を解除しても損害賠償の責任は負わない。

罰則も設けられている。

◇契約にあたって、意図的にうその説明をしたり、脅したりした場合、法人に対しては、1億円以下の罰金、個人には3年以下の懲役または 300万円以下の罰金を科す。
◇契約の際に書面を渡さなかったり、うその内容の書面を渡したりした法人には、100万円以下の罰金、個人には6か月以下の懲役または100万円以下の罰金を科す。

「強力な法律」評価する声

国際人権NGO「ヒューマン・ライツ・ナウ」の副理事長を務める伊藤和子弁護士は「AV新法」を出演強要の被害から守ることにつながる法律だと評価する。

インタビューに答える伊藤和子弁護士
(伊藤和子弁護士)
「強力な法律ができた。AV出演被害への対応についてはまったく制度がなく、出演強要があっても被害者側が立証するのは非常にハードルが高かった。販売後でも無条件で契約を解除することができることになったのは大きい。今後は、法律の実効性を確保するための議論を深めていくことが必要だ」

支援の現場からも期待の声が上がっている。

AV出演強要などの性暴力の相談支援に取り組んでいるNPO法人「ぱっぷす」の金尻カズナ理事長は、新法がきっかけとなり、AVの販売差し止めなどの相談件数が増加傾向にあるという。

インタビューに答える金尻カズナ理事長
(金尻カズナ理事長)
「法律が話題になって相談件数が増加し、対応がパンクしている状態だ。法律の条文でAVの出演被害があると認められたことが評価できる。まずは被害を訴えた出演者たちに寄り添っていくことが大事だ」

AVを制作する業界側 法律の負の側面を指摘

一方で、AVを制作する業界側は、新法に負の側面があると指摘している。
これまで業界側がルールにのっとって制作してきた“適正AV”が圧迫され、かえって悪質な撮影が増えかねないというのだ。
いったいどういうことか。

“適正AV” ルールのもとで制作

AVを制作する大手メーカーやプロダクションは、ここ数年、コンプライアンスを重視する取り組みに力を入れてきた。
業界側が出演契約を強要したり、出演者が撮影を拒否した場合に、多額の賠償金を支払わせようとしたりする被害が社会問題化したことがきっかけだった。

こうした問題を受けて、2017年に、弁護士や法学者がAV業界を第三者的立場で監督する「AV人権倫理機構」が設立され、出演者の人権に配慮し、健全化を図る枠組みが整備された。
機構は、撮影にあたって自主規制ルールを設けている。

アダルトビデオ出演承諾書
出演者には契約書の写しを渡し、撮影内容の詳細を事前に説明することや、面接は録画をしながら1対1で行うことなどが主な内容だ。
出演者の申請があれば販売を取り下げる仕組みもある。
業界側はこうしたルールのもとで制作された作品を“適正AV”と呼んでいる。

懸念される “地下化”

機構の理事を務める桐蔭横浜大学法学部の河合幹雄教授は、新法によって“適正AV”よりもさらに厳しい規制が法律で定められ、枠組みから脱落したり、抜け道を探ったりして“地下に潜る”メーカーが出る恐れがあると指摘する。

インタビューに答える河合幹雄教授

(河合幹雄教授)
「新法で出演者からの契約解除を広く認めた結果、作品の回収などのリスクを考えれば、多額な負担に耐えられない零細事業者は“適正AV”の枠組みから脱落し、結果的に“地下化”が進む。現在はインターネットの普及と撮影や編集機材の進歩でAV制作は誰でもできるようになった。個人制作の同人AVや、無修正の違法サイトが性犯罪の温床になっている。こうした闇の部分こそ本来、規制すべきだ」

“地下化”で新たな被害も

AVに出演している天使(あまつか)もえさんは、新法によって、出演者や制作現場をめぐる環境に影響が出ていると訴える。

特に問題視するのは、契約から撮影までには1か月間、撮影終了から公表までには4か月間を空けるよう求められている点だ。

インタビューに答える天使もえさん
(天使もえさん)
「公表までに時間がかかるので、メーカーはデビューしたばかりの実績が十分ではない女の子にオファーを出しにくくなった。その子たちは仕事がない状態が続いてしまうので、そこに目をつけた悪質な業者が声をかけ、そちらに行かざるをえなくなっている」

新法の改正や廃止を求め、天使さんは、ほかの出演者らと協力して署名活動や街頭でのビラ配りなどを続けている。

(天使もえさん)
「AV被害者の救済はもちろん必要で異論はなく、アダルト業界に入ってくる女の子が増えることも良いとは思っていない。しかし、覚悟を決めて入ってきた子が、そこで生きられるような環境を整えてあげるのは業界の使命だと思う。新法は業界が立ち行かなくなる内容なので、現場の声を取り入れた内容に改正してほしい」

どう向き合うべきか

新法の施行によって見えてきた、光と影。
2つの要素が相反しているようにも見える課題にどう取り組めばよいのか。

フェミニズム理論について研究する東京大学大学院総合文化研究科の清水晶子教授は、まずはAVの出演者を守るための環境整備に重点を置くべきだと主張する。

インタビューに答える清水晶子教授
(清水晶子教授)
「新法は被害者を救済するための法律だ。出演者を被害から守るためにはどうするのが望ましいのかを最優先として議論されるべきだ。職業選択の自由は重要だが、積極的に選び取ったのであろうとそうでなかろうと労働者の安全と権利は守られるべきで、それをまず念頭において制度設計を考えていく必要がある」

清水教授の主張は、被害の防止や被害者の支援に最優先で取り組むべき課題だが、同時に、性産業などに従事している人たちにとって、よりよい労働条件を確保できる仕組みを検討していく必要性がある、というものだ。

社会全体で議論を

古今東西、「性」は商品化され、その是非にはさまざまな議論がある。
AVをめぐる規制も国によって異なっている。
アジアでは一部を除きAV制作そのものが禁止されている国もあり、日本で合法的に制作されていること自体に否定的な意見もある。

こうした中、新法によってAVの出演の強要防止や出演者保護に焦点が当たった。
新法のもとでさらなる出演者の保護に力を入れるべきだという意見の一方、業界を健全に保つことが、結果的にその被害防止にも資するという指摘もあった。

何が最適解なのか。
引き続き議論を深めていくことが求められている。

政治部記者
今村 亜由美
2009年入局。文部科学省を担当。
政治部記者
山田 宏茂
2015年入局。横浜局、社会部を経て去年から政治部。現在は法務省を担当。