対立し失職さらに落選… リーダーに求められる“対話力”とは

東京・あきる野市は混乱していた。理由は市長と市議会の対立。
この夏、市長は市議会から2回にわたり不信任決議を突きつけられ失職。
9月の出直し市長選挙でも対立候補に大差をつけられ落選した。
対立はなぜここまで深まったのか。取材するとリーダーの“対話力”の大切さが見えてきた。
(西澤友陽)

選挙ラッシュ 混乱した市政

東京・西部に位置する人口8万人近くのあきる野市。この夏から秋にかけて、立て続けに選挙が行われた。

7月24日に市議会議員選挙、そして9月4日に市長選挙。市長選は3年前、市議選にいたっては去年、行われたばかりだ。

選挙ラッシュの原因は、前市長の村木英幸と市議会の対立だった。
市議選は、議会から不信任決議を受けた市長が議会を解散したため。
市長選は、再び議会から不信任決議を受け市長が失職して行われたものだった。

【リンク】不信任決議と首長の失職

この出直し市長選では、村木が、あきる野市議会の前議長の中嶋博幸に3倍以上の大差をつけられ敗れた。

この出直し市長選への市民の視線は冷ややかだった。

(市民)
「選挙にかかったお金がもったいない」
「市長と議員が一丸でなくいらいらしていた」

対立の要因は高齢者施設の誘致

市長と市議会の対立はなぜ起きたのか。
大きな要因は、介護老人福祉施設の誘致だ。
この施設の誘致は、3年前の選挙で初当選した村木の肝いりの公約だった。

残土置き場となっている市有地に、100床の特別養護老人ホームを誘致する計画だ。

その実現に向けて必要になるのが、市長のリーダーとしての“対話力”だ。

当時の市議会議員は20人。
このうち、選挙で村木を支援したのは、立憲民主党や無所属などの議員の会派、それに共産党の会派のあわせて7人。
残りのうち12人は、市長選で対立候補を支援した自民党や公明党の会派で、野党会派から理解を得るのが必須だったのだ。

対話不足① ひっくり返しても説明しない

しかし、肝心の“対話”が足りず、市政は混乱していく。

最初の舞台は、市の福祉計画の素案を作る有識者などから構成される委員会。
市側は、この計画に介護老人福祉施設の誘致を盛り込もうとした。

しかし、おととし12月、委員会が示したのは「あきる野市の施設のベッド数は足りている。いまは誘致の必要はない」という内容だった。
市長の意に反し、“施設の誘致を盛り込まない”という計画案が示されたのだ。

これに対し、市長は自身の一存で、計画に施設の誘致を盛り込むという、異例の対応に打って出る。施設は将来に向けて必要な投資だとして、委員会の計画案をひっくり返したのだ。

強引とも言える対応に十分な説明はなく、委員会からも反発の声があがった。

事態を重く見た市議会は、市長と委員会の再協議を求める決議を行ったが市長は応じず、施設を誘致することが盛り込まれたまま、計画が決定された。

与党会派は“対話”を模索も…

そして舞台は、“本丸”ともいえる市議会に移る。

その市議会は、去年3月、誘致の妥当性を議論する特別委員会を設置。
市長が直接説明する機会がほとんどないため、公の場で答弁する機会をつくるためだった。

与党会派の市議たちは、この段階では、対話による解決の糸口を探っていた。
その中心を担ったのが、ベテラン市議だった合川哲夫だ。
議会で丁寧な説明を尽くすよう、市長に繰り返し求めたという。

「施設は将来に向けても必要なものだと思っていたので、反対するつもりはなかったんです。市長に時期が多少延びてもよいのじゃないかという話もしましたが、明確な返事はなかったと思います」

対話不足② 味方にも説明しない

一方、施設の誘致は、議会で結論が出ないまま、暗礁に乗り上げていた。
こうしたなか、ことし4月、市の広報誌に衝撃的な内容が掲載される。
それは「施設の事業者を募集するお知らせ」だった。

市長からは、与党会派の議員にさえ説明がなかったという。
不信感を募らせた合川は、ことし6月、議会で市長に説明を求めた。

(合川哲夫 元市議会議員)
「議会でも結論が出ていないなかで市長の執行権を主張されていましたが、議会に対する認識をどのようにお考えか」

(村木 前市長)
「議会からいろんな意見が出てこようかと思いますが、それらの意見要望等については適切に反映させて参ります」

市長は「議会は市長の執行権を妨げている」と主張し、野党会派はもとより、与党会派とも話し合いのテーブルにつくことはなかったという。

(合川哲夫 元市議会議員)
「事前に相談もなく広報誌に掲載があったのを見て、説明を求めました。『私は私でやる。議会は議会でやってくれ』と言われた。もう許せないなとなってしまった」

不信任で失職 落選

議会を軽視するかのような対応を重ね誘致を進めようとする市長に、市議会は2回にわたり不信任案を可決。この結果、地方自治法に基づき、市長は失職した。

新型コロナの第7波のなか、市議選と市長選が立て続けに行われ、あわせて9000万円余りの予算がつけられた。

市長選のあと、合川は、こうした事態を対話で回避することはできなかったのかと、後悔の念を口にした。

(合川哲夫 元市議会議員)
「なんとか議会やほかの会派と歩み寄りができなかっただろうかと今になって思うし、反省している。ひざをつきあわせて話す雰囲気が失われてしまった」

一連の対応に 村木は…

一連の対応を、村木はどう考えているのか。8月中旬、直接話を聞いた。

(記者)
「もう少し議会とうまく対話すれば、ここまでの事態にならなかったと思うが」

(村木 前市長)
「反対する人たちは最初から反対ありきなので、彼らが満足する答弁は何なのか教えてほしい」

しかし、市長選の後、記者団から敗戦の理由を尋ねられると、村木は「議会対応がうまくできなかったことが大きな理由だ」と話した。このとき初めて、対話が不足していたことへの反省を口にした。

対話の重要性を象徴

あきる野市のケースは、リーダーの「対話力」がいかに重要かという教訓を投げかけている。
地方自治に詳しい専修大学法学部の白藤博行教授は、政策の実現には、本来、議会はもとより、住民との対話も必要だと指摘する。

「住民・首長・議会が正三角形の関係性を成立させることが重要で、多様な住民の意見を反映している議会を無視すると、これがゆがんでしまう。市長は議会がなぜ反対しているのか、対話で確かめる必要があった。また、野党会派との調整は、与党会派の責任でもある。そして一番大事なのは住民の意見で、市の重要政策に関わる計画は、説明会のような形で直接、住民から意見を聞く手続きも重要だ。今回のケースでは、丁寧に住民の考えを確認しながら合意形成する努力が市長も議会も不十分だったのではないかと思う」

“対話力” ポイントは柔軟に考え方を変えること

政治や行政の分野にとどまらず、私たちの暮らしの中でも大切な“対話力”。
そのポイントを、組織と対話に詳しい法政大学経営学部の長岡健教授にも聞いた。

「対話は、意見が食い違う人どうしの問題をすぐに解決する特効薬にはならず、漢方薬のようなものだ。対話を無駄と思う人は、他人が自分の好む方向に変わってほしいと思っていることが多い。そのため、議論の場で急に対話をしようとしても解決にはつながらないことが多い。例えば、会社の上司が部下に意見を求めた時、上司が自分の考えを変える気がなく臨むと、対話ではなく、命令や指示になってしまう。

対話の大切なポイントは、小さな事柄から自分の好まざる方向に変化する経験を重ねることだ。自分の考え方や価値観を、対話の前後で変えてもよいと心の準備をして臨んで、100%納得できなくても、柔軟に考え方を変えることが、価値観の異なる人と対話をするためには必要になる。リーダーをはじめ、組織の一人ひとりが、ふだんからこうした体験を積み重ねると、対話が文化として組織に浸透していく」
(文中敬称略)

首都圏局記者
西澤 友陽
大阪局などをへて2022年夏から首都圏局。あきる野市をはじめ、東京・多摩地区に日々通い、行政などの取材に奮闘中。