「覚悟決めました」なぜ半額に?由利高原鉄道社長の決断

赤字でも半額「由利高原鉄道」

「利用できない列車ではどうにもならない。こちらも一生懸命やってるところを形で見せたい」

そう話すのは、秋田県の第三セクター「由利高原鉄道」の社長、萱場道夫さん、67歳です。萱場社長が去年、打ち出した策が「通学定期の半額」。
ただでさえ赤字のローカル鉄道で、なぜ値下げに踏み切ったのか?その結果は?
(秋田局 毛利春香)

赤字が続く「由利鉄」

由利高原鉄道が運営する「鳥海山ろく線」は、秋田県由利本荘市の羽後本荘駅ー矢島駅間をつなぐ、鳥海山のふもとを走る全長23キロの鉄道です。地元では「由利鉄(ゆりてつ)」の愛称で親しまれています。

由利高原鉄道の車両
かつての国鉄から第三セクターに移行して36年。沿線の人口は年々減少し、ピーク時の昭和61(1986)年度には約63万5000人だった利用者は令和2年度(2020)年度は20.7%にあたる約13万1500人、1日あたりの平均利用者数は360人まで減少しています。
昨年度(2021)の赤字額の見込みは約1億円と、厳しい経営が続いています。
こうした中、3年前に就任した社長の萱場道夫さんです。

由利高原鉄道 社長の萱場道夫さん

仙台市役所で局長や、バスや地下鉄の車両を維持・管理する仙台交通で社長などを務めました。「由利鉄」の前社長が任期満了で退任したのを受けて行われた公募に「自分の経験を生かせるのではないか」と応募し、社長に就任しました。

「人口減」以上のペースで激減?

そして最初に手をつけた大きな戦略が、冒頭で紹介した「通学定期半額」です。

利用者のおよそ半分を占める高校生の通学定期を、2021年4月からほぼ半額にしたのです。
大きな「賭け」のようにも見える大幅な値下げ。しかし、その判断は「データ」に基づいたものでした。萱場さんがまず目を付けたのは「通学定期利用者の数の変化」です。

沿線の高校に通う生徒の通学定期の利用率を見て、その変化に目を奪われたといいます。

通学定期利用者数は年々減少

2016年度には数にして159人、43%だった通学定期の利用率は、年々減少が続き、2020年度には71人、24%にまで減少。このペースでいけば2021年度には57人、20%と5年で半分以下にまで落ち込むと予想される事態になっていました。沿線地域の少子化と人口減少は進むものの、それをはるかに上回るペースでの減少でした。

(萱場道夫社長)
「高校生の利用の落ち込み方が激しかった。これは『人口減少だから』で片付けられない、何か魅力のない状況になってしまっているなと。となれば、と…」

浮かび上がった「2.5倍」の差

通学定期の利用が落ち込んだ理由として、まず考えたのは「料金」でした。
実際に地元の人たちから「高い」という声もあるなかで、1キロあたりの料金はどのくらいなのか、JRと比較してみたのです。
するとその差は約2.5倍。1か月の定期代は、羽後本荘駅から矢島駅の23キロの最長区間で1万8230円になります。萱場さんはこのデータを見て、値下げが必要だと考えました。

(萱場道夫社長)
「市民感覚、自分の感覚からしても高いと思った。ただ利用をお願いするだけでは全く伸びないので、こちらも一生懸命やっているということを形でお見せできればなというふうに思いました。あと2、3年も待ったら本当に取り返しがつかなくなると思ったので、思い切った策をしなきゃいけないと」

見えてきた“勝算”

しかし「思い切った策」を打つには具体的な「勝算」が必要です。
値下げを行った場合、どの程度利用者が増える見込みがあるのか。
第三セクターの由利鉄の出資者である秋田県と由利本荘市にも説明する必要があります。
萱場さんは沿線の6つの高校に通う生徒の保護者を対象にアンケート調査を行うことにしました。

質問は、通学方法や希望の時間帯など6つに及びましたが、中でも重要なのはこの質問です。
「通学定期が安くなると列車を利用しますか」「1か月定期の値段の目安は」

市の中心部と市の山間部の矢島地区を結ぶ「由利鉄」。
鉄道を利用していない高校生たちは、市の中心部で働く保護者が通勤のついでに子どもを送るなどマイカー通学のケースが多くありました。またバスの利用者も含め、こうした高校生がどの程度鉄道利用に変わる可能性があるのかが鍵を握ります。

アンケートの結果、価格がJR並、あるいは半額になれば利用すると答えた人が4割にのぼりました。この4割の人が購入したと仮定すると、およそ半額に値下げしても、定期券の収入は赤字にならない試算となりました。

目指すのは「“当たり前”をつくること」

県や市と協議のうえ、いよいよ2021年4月から、高校生の通学定期半額に踏み出しました。
萱場さんはPR活動のため、みずから沿線の高校や中学校に出向いて、学校側や保護者などにほぼ「半額」になったことにあわせ、地域に鉄道を残す大切さも訴えながら、利用を呼びかけました。

さらに、PR用のポスターも作りました。

「ゆりてつは覚悟を決めました」のポスター
「大幅値下げします」
「ゆりてつは覚悟を決めました」
「レールの上の教室で通学を」
値下げだけでなく、列車での往復時間に勉強でき、生徒を応援していることを伝え、学校や生徒向けのPRを狙ったものです。

保護者や学校側の鉄道利用に対する意識を、大きく変えていこうという思いが込められています。萱場さんはここまで宣伝した理由を、こう話しています。

(萱場道夫社長)
「乗ること自体が当たり前だという風潮を作らないといけないと。ある程度の割合の人が乗ってくるようになれば、ほかの人たちもまた列車に乗ることが『おかしい』ではなく、『普通だ』という地域をつくっていくのが大事だと思いました」

通学定期利用者が、2021年度に想定された57人から倍増すれば、半額ほどまで値下げしても利益はプラスマイナスゼロになり、倍増を上回れば実施前よりも利益が増える、と試算。まずは3年かけてプラスマイナスゼロを上回る状態にすることを目標としました。果たして、その結果は…

通学定期「半額」値下げ後は想定の57人の2倍以上に
初年度の2021年度で約120人と、想定の57人の2倍以上に増えました。実施前よりも年間で約70万円の利益が出ることになったのです。

ことし5月下旬に取材した際、萱場社長に「この結果を見て、率直にどうでしたか?」と質問してみると、萱場さんは「よかった。辞めなくて済んだ、ですよ(笑)」と冗談交じりに笑顔で話していました。

車内の学生たち

その生徒たちにも話を聞いてみました。
「定期券が買いやすくなって使いやすくなった」「親もたぶん助かっていると思う」と、値下げが鉄道を利用するきっかけになっていました。
また「違う高校に進学した友達と列車で一緒に通学できる」「朝から人と話すことで明るい気持ちで学校に行ける」との声もあり、マイカーでの送迎などとの違いを挙げる生徒もいました。

萱場さんは、車内が生徒たちで埋まる様子を見て「あの人数が駅を通るんですよ。やっぱり駅のまわりにたくさんいるのはいいですね。素直にうれしいです」と話していました。

少しでも収入を増やすために

「通学定期半額」の一手が成果を挙げ始めた「由利鉄」。しかし、振り返って年間約1億円の赤字という現実に目を向けると、その厳しさに大きな変わりはないのも事実です。
萱場さんは収入を増やすため、季節に合わせたイベントや地元の魅力をいかした商品開発にも取り組んでいます。

車内にこいのぼりが飾られた「こいのぼり列車」

3月の「おひなっこ列車」、5月の「こいのぼり列車」などのほか、地元の料理店と協力した「レストラン列車」も運行しました。

由利牛が入ったユリテツカレー

さらに、沿線で採れた山菜や酒蔵の日本酒、地元特産の牛肉「由利牛」を使ったカレーなど、さまざまな商品を開発し、自社のホームページで販売もしています。

商品の売れ行きは上々で、昨年度の収入は約900万円となる見込みで、萱場社長は「まだまだ伸びしろがある」としています。

コロナ禍も2年以上たち、依然油断はできないものの、観光の客足が戻ることへの期待も高まっています。一方で燃料費の高騰や、鉄道とバスの接続の問題など、新たな課題もあります。

「由利鉄」の未来は

取材中、今後目指す由利鉄のあり方は?と聞いてみました。

「いまの赤字額を、黒字に変えるというのは正直難しい」(萱場道夫社長)

萱場さんは「赤字を増やさない」を現実的な目標にしてやってきた、と話します。

実際、赤字額は2019年度は約9800万円、2020年度は約9500万円、そして直近の昨年度は燃料の高騰や施設や車両の保険料、新型コロナなどの影響もあり約1億円の見込みですが、経営が悪化するのを食い止めています。
そのうえで萱場さんは、今以上に価値のある鉄道にしたいと考えています。

「この地域にとって由利鉄は必要な資源だと思っているので、もっともっと必要だと言われるような状況にしていきたい。地域に愛されて、地域の活性化に非常に役立たせていきたい。由利鉄はものすごく価値のあるものだと思うし、それを多くの人が認識できるようにしていきたい」

秋田局記者
毛利 春香
2018年入局。初任地の秋田で農業や伝統文化など地域に根ざした話題を取材。のんびり走る由利鉄の車窓から見える田園と鳥海山が好きです。