戦後最悪の日韓関係
新大統領就任で改善なるか

韓国でユン・ソンニョル新大統領が就任した。5年ぶりの保守系政権だ。
革新系のムン前政権下の5年間、日韓関係は戦後最悪といわれるまで悪化した。
ユン大統領は、健全な状態に戻すと意欲を示す。
一方、日本側。
「今度こそ」という期待の声と、「何度も裏切られてきた」という疑念が交錯しているのが実情だ。
関係は改善に向かうのだろうか。
(霜越透、青木新)

韓国 新政権の発足

韓国ユン大統領の就任式
5月10日午前、韓国・ソウルの国会前の広場で行われたユン大統領の就任式。

来賓や一般市民など4万人余りが詰めかけた会場に、林外務大臣の姿があった。

ユン大統領の就任式に出席する林外相

就任式のわずか4日前に岸田総理大臣の特使として派遣が決定。
日本の外務大臣として、およそ4年ぶりに韓国を訪問したのだ。

林大臣は、現地で記者団に強調した。
「悪化した日韓関係をこれ以上、放置してはならない」

日韓関係“最悪”の5年間

ムン前政権下で、日韓関係が悪化するに至った象徴的な出来事の1つが、その前の保守系のパク・クネ政権時、2015年に結ばれた日韓合意の不履行だ。

慰安婦問題は「最終的かつ不可逆的に」解決されたことを確認し、日本政府が10億円を拠出して元慰安婦を支援する財団を設立することなどで合意したものだ。

韓国ムン・ジェイン大統領(当時)
しかし、ムン前政権は、この合意の批判を繰り返した末に、2018年11月、財団の解散を一方的に発表した。

太平洋戦争中の「徴用」をめぐる問題も深刻だ。
日本が1965年の日韓請求権協定に基づき解決済みとしているこの問題について、韓国の最高裁判所は、2018年10月に、日本企業に賠償を命じる判決を言い渡したのだ。
原告側は、日本企業の資産を差し押さえ「現金化」する手続きを進めている。

外務省幹部は、この5年を、こう語る。
「日韓合意は、事実上、破棄された状態になっているし、もう、どうしようもないほどに関係は壊れた。『徴用』をめぐる問題で、このまま現金化が行われれば、日韓関係の法律的な基盤を覆す事態で、本当に取り返しがつかないことになる」

慰安婦問題を象徴する少女像

新政権の代表団が来日

日韓関係が暗い影に覆われる中、誕生したユン政権。
光明となりうるのか。

「深刻なまでに悪化した対日関係の修復に早速取りかかる」
ユン大統領は、選挙戦中からそう言及してきた。

大統領に当選後、さっそく具体的な行動を見せる。
就任に先立つ4月24日、韓国国会の副議長らによる代表団を日本に派遣したのだ。

韓国代表団と日韓議連メンバー
翌25日、林外務大臣や日韓議連のメンバーらと相次いで会談。
代表団は、ユン新政権は、日韓関係の改善に前向きだというメッセージを繰り返した。

こうした中、注目が集まったのは、岸田総理との会談が実現するかどうかだった。

政府・与党内では、意見が分かれていた。
「来日してまで日本との連携を呼びかけているのだから、トップが会うべきだ」
「いや、関係改善というがことばだけだ。懸案の解決に向けた具体策が見えないうちは会うべきではない」

こうした中、岸田総理が下した決断は「会う」だった。

外務省幹部は、総理の胸中をこう推察する。
「ことばどおり、改善に前向きなのか否か。今の段階では、本当のところはわからない。でも入り口をこちらから閉ざすのも避けるべきだと判断したのではないか」

釘を刺すことも忘れず

そして4月26日に行われた岸田総理と代表団の会談。

岸田総理と韓国代表団の会談
代表団側は、ユン新大統領から岸田総理宛ての親書を手渡した上で、切り出した。
「日韓関係を重視しており、関係改善に向けてともに協力していきたい」

岸田総理は、こう応じた。
「ルールに基づく秩序が脅かされている現下の国際情勢で、日韓などの戦略的な連携が、これほど必要な時はなく、関係改善は待ったなしだ」

ウクライナ情勢や北朝鮮問題などを念頭に、両国の連携の重要性を強調した。

一方、岸田総理は、こうも言った。
「日韓関係を発展させていく必要がある。そのためには旧朝鮮半島出身労働者問題をはじめとする両国間の懸案の解決が必要だ」

日本も関係改善の重要性は理解しているが、実際に進めていくには太平洋戦争中の「徴用」をめぐる問題や慰安婦問題などの懸案解決が不可欠だと、強く釘を刺す発言だった。

2015年日韓合意の時の岸田外相(当時)
思い起こせば、岸田総理は、安倍政権下の2015年、外務大臣として韓国側と日韓合意を結んだ当事者だ。

ある政府関係者は、岸田総理の胸の内をこう話す。
「まさに、自分が責任を負って行った約束をほごにされ、苦い目に遭わされたわけだからね。韓国への不信感は、いまでも相当強いよ。ただで関係改善なんてあり得ないよ。韓国側の責任で懸案を解決することが不可欠で、ボールはあくまで韓国側にある。その点を強調したんだ」

就任式をめぐる葛藤

新政権発足に伴い、もう1つ焦点となったのが、5月の大統領就任式に「誰が出席するのか」だった。
2000年代以降、外国の要人が出席しなかった前回・2017年を除けば、日本からは現職の総理大臣、もしくは総理大臣経験者が出席してきた。

今回は、どうすべきか。
ここでも政府・与党内から両論が出た。
「先行きが分からない中、総理みずから行くのは時期尚早だ」
「関係改善の糸口をつかむ意味でも総理が行ってもいいのではないか」

さらに与党内からは「韓国に妥協する姿勢を示せば、国内の保守派が離れていく」など、今夏に控えた参議院選挙への影響を懸念する声も聞かれた。

政府関係者の1人は「総理は、相当悩んでいた」と言う。

どうするのか。
決断に注目が集まる中、就任式が1週間後に迫った5月2日。
岸田総理は、みずからの出席は見送り、代わりに総理特使として、林外務大臣を派遣する決断を下す。

この決断の意図について、外務省幹部は、こう説く。
「これまでの経緯を振り返ると手放しで融和ムードで総理が行くわけにはいかない。やはり、韓国の新政権に『ことばだけではなく、懸案解決には適切な対応しかないんだ』という意図を改めて明確に示しておくことを優先したんだと思う」

そして、こう続けた。
「一方で誰も派遣しないとなると、新政権にスタートから砂をかける形になる。外務大臣という外交のトップを総理特使として送ることで、メンツを重んじる韓国にも一定程度、配慮する形をとった」

国内外のさまざまな意見や状況を踏まえて、バランスをとることに最大限配慮したということだろう。

関係改善へ展望は

5月10日、ユン大統領の就任式の直後、林大臣は大統領と個別に会談。

握手する林外務大臣と韓国ユン大統領
林大臣が岸田総理大臣からの親書を手渡すと、ユン大統領は「早いうちに岸田総理大臣にお目にかかりたい」と応じた。
そして、林大臣が、両国の連携の重要性を説きつつ、関係改善には、懸案の解決が欠かせないことを強調。
これに対し、ユン大統領は、日韓関係を重視しており、関係改善に向けて共に協力したいと述べ、今後、政府間で緊密に意思疎通を行っていくことを確認した。

友好的なムードで始まったファーストコンタクト。

今後、両国の関係は、本当に改善していくのだろうか。
私たちの取材に対し、多くの外務省幹部は「容易ではない」と間髪を入れず即答する。

米韓関係を重視し、アメリカと同盟関係にある日本とも比較的、友好的な対応をとろうとしてきた韓国の保守政権。
とはいえ、韓国国内の世論は無視できないのが実情だ。

2012年イ・ミョンバク大統領(当時)の竹島上陸

かつて日本との未来志向的な関係構築を目指すとしていた保守系のイ・ミョンバク元大統領は、支持率が低迷した政権末期の2012年、韓国大統領として初めて竹島に上陸し、日韓関係の悪化を招いた。

また、日韓合意を結んだ同じ保守系のパク・クネ政権も、厳しい世論に直面し、合意の履行が十分果たされなかった。

そして今回のユン新政権。スタートから状況は容易ではない。
政権は保守系にかわったとはいえ、韓国国会は、日本に厳しいスタンスをとる議員が多い革新系がいまも第1党となっている。
ユン新政権にとっては、世論に加え、こうした勢力にも配慮しながら難しい政権運営を迫られるというわけだ。

こう辛辣に言う外務省幹部もいた。
「韓国は、どの政権でも最初はいいんだよ、最初は。支持率が低迷し、世論におされるようになると、また掌を返すんだ。手放しで信用できない。慎重に一歩ずつだよ」

一方で、こうも語った。
「ただ、いまの東アジア情勢の厳しさや、ウクライナ情勢をふまえれば、今度こそ、関係を修復していかなければいけないんだけどね… 先のことは読めないけど、前向きに取り組みは進めていくしかないんだ」

ロシアの軍事侵攻で世界秩序の根幹が揺らぎつつある国際情勢。
海洋進出を強める中国や、弾道ミサイル発射などを繰り返す北朝鮮の動きで、東アジアの安全保障環境は厳しさを増す。
ひたひたと迫り来る現実の“脅威”を前に、日韓関係の改善を果たせるのか。
岸田総理が掲げる「リアリズム外交」の真価が問われるのはこれからだ。

政治部記者(外務省取材担当)
霜越 透
2008年入局。旭川局、札幌局、政治部、大阪局を経て、2021年に2回目の政治部。外務省取材では、韓国を含むアジア地域などを担当。
政治部記者(ユン大統領の就任式を取材)
青木 新
2014年入局。大阪局を経て2020年から政治部。林外務大臣の番記者として、大臣の一挙手一投足を追いかける日々。