再び聖火は灯るのか
札幌冬季オリンピック・
パラリンピック招致

日本選手が熱戦を繰り広げた北京オリンピック・パラリンピック。
金・銀4つのメダルを獲得したスピードスケートの高木美帆選手をはじめ、多くの北海道出身アスリートが日本の活躍を牽引した。
その北海道、札幌市が目指すのが2030年冬のオリンピック・パラリンピック招致だ。
しかし、開催をめぐる混乱が続いた去年夏の東京大会を経てなお、開催を追い求めることが、果たして札幌の未来を切り開くことになるのか? 市民からは経費を懸念する声があがり、思いは必ずしもまとまっていないようだが…
(三藤紫乃)

「8年後 札幌で会いましょう」

「8年後に札幌でオリンピック開催が決まったら、僕も大倉山、宮の森(ジャンプ競技場)を飛びたいと思います。札幌で会いましょう」

日本選手たちが冬のオリンピックとしては過去最多となる18個のメダルを獲得した北京大会。
金・銀2つのメダルを獲得したスキージャンプの小林陵侑選手は、JOC(日本オリンピック委員会)の公式ツイッターでこう呼びかけた。

札幌市が目指す、8年後、2030年冬のオリンピック・パラリンピック。実現すれば小林選手にとっては地元、札幌での開催となる。

開催を期待する声は、ほかのアスリートからも上がる。

フィギュアスケートの羽生結弦選手は「僕も出たいです。楽しみにしています」とメッセージを掲載。その投稿には2万を超える「いいね」が集まった。

札幌で2度目のオリンピックを

1972年、冬のオリンピック開催経験がある札幌市にとって、開催が実現すれば2度目で、パラリンピックは初めての開催となる。

札幌市が招致に乗り出したのは2014年。このとき、目指したのは2026年の大会だった。
当時、市民1万人を対象に行ったアンケート調査では、「賛成」・「どちらかといえば賛成」と答えた人が67%。「反対」・「どちらかといえば反対」と答えた人の21%をはるかに上回った。
こうした声を背に、札幌市は招致に名乗りを上げた。

しかし、2018年に北海道地震が発生。当初目指していた2026年の招致を断念し、2030年へと方針を転換した。
札幌市議会では、一部の会派を除き、招致を目指す方向でおおむね意見がまとまっている。
人口減少や老朽化した公共施設の更新時期を迎える中、あるベテラン市議は「オリンピックはまちづくりの起爆剤になる」と、開催への期待をのぞかせる。
国政レベルでも考えは同じだ。超党派の国会議員が招致を目指して議員連盟を発足させ、強力に後押ししている。

経済界も効果を期待

道内の経済界も前向きだ。
札幌商工会議所は今年1月、北海道経済連合会など道内の経済団体とともに、招致に向けたシンポジウムを開催。経済界を挙げて、招致推進に取り組むことを確認した。商工会議所主導でサポーターズクラブを立ち上げ、招致推進の輪を広げたい考えだ。
期待するのは、札幌の冬の風物詩「さっぽろ雪まつり」の5倍とも言われる経済効果だ。

市の試算では、大会の開催によって、札幌市では3500億円、北海道全体で4500億円、日本全体では7500億円の経済効果が見込めるとしている。

3月10日には、札幌市の商店街連合会が招致実現を求める要望書を秋元市長に提出。連合会の理事長は、大会をきっかけに、札幌がコロナ以前のように観光客があふれるまちに戻ってほしいと期待を込める。

「この2年間、各商店街はコロナで非常に苦労してきた。この苦境から、いつ解放されるんだろうという不安の中で、商売が立ち行かずに去った者もいる。未来に希望を持ちたい。何かを目標にしたい。そういう意味で明るい未来を見いだせるのが、オリンピック・パラリンピック招致だと思う」(札幌市商店街振興組合連合会・島口義弘理事長)

市民の機運は高まらず…

札幌市は、2030年大会招致に向けた動きを本格化させるため、2021年11月、新たな開催概要計画を公表した。

計画では、開催経費は最大で3000億円と試算している。既存の競技施設を使い、運営に携わる要員も削って、経費をそれまでの試算に比べて最大900億円圧縮するとした。
新たな計画を広く知ってもらおうと、市は、コロナ禍で中断していた市民向けの対話事業を再開。新たな計画を説明し、理解を求めている。

しかし、これまで4度にわたり開かれたワークショップの参加者数は、定員の200人を下回る120人にとどまり、市民の機運が高まっているとは言えない状況だ。

東京大会の負のイメージ

機運醸成の動きを鈍らせているのが、夏の東京大会で露呈した経費増大への懸念だ。
東京大会をめぐっては、2021年12月の組織委員会の理事会で、開催後に精査した結果、経費が総額1兆4530億円にのぼる見通しであることが明らかになった。これは招致段階で説明されていた7340億円のおよそ2倍にあたる。

秋元市長は、スポンサー収入や国の交付金などを活用することで、札幌大会では最大3000億円の開催経費のうち、市の実質負担額は450億円にとどまるとして理解を求める。

「今後のオリンピックで、できるだけ将来負担のない大会を目指すということは、IOC(国際オリンピック委員会)としての基本的な考え方だ。『(経費を)少し小さく見せて(開催が)決まったら増えました』というようなことは許されないと思っている」

しかし、経費の問題で迷走した東京大会の負のイメージは払拭されていない。
市役所の中にも「過去の大会でも経費が想定を上回ってきたのだから、試算段階では多く見積もったうえで削っていくべきで、それが膨れ上がったときに市民に説明がつかない」と、現時点で経費を圧縮して見積もることについて懐疑的な見方もある。

100件を超える投稿 市民は何を?

市民は、大会の招致について、今、どう思っているのか。何が知りたいのか。
NHK札幌局取材班は、視聴者から、招致に関する疑問や意見を募集し、秋元市長に直接、ぶつけることにした。
募集の期間はおよそ1週間。これまでの経験から、20件程度が集まれば御の字だと思っていたが、蓋を開けてみると、実に100件を超える投稿が寄せられた。
その多くが、やはり、経費を懸念する声だった。

「予算がきれいに収まるとは思えない」
「東京大会の時も二転三転あった」
「なし崩しになるのを目の当たりにしてきた」
「予算から負担額が増加するのが常だ」

生出演で市長が語ったのは

経費への懸念について、秋元市長はNHKのニュース番組に生出演し、夏の大会と比べ冬の大会は開催規模が5分の1、経費も5分の1程度になるという見通しを示した。その上で市が負担する450億円の経費は、将来にわたり活用できる施設の建て替えなどに使われると説明した。

「建物の整備というのは、だいたい30年くらいで返済していく市債を発行して賄う。市民1人あたりの負担は、1年あたりにならすと900円、納税者1人あたりに換算しても、1800円程度」

東京大会で経費が膨れ上がったことを、どう考えるかについても認識をただした。
ーー市民は経費増大を懸念し、疑念を持っている。これにどう答えるつもりか?

「東京大会で最終的に必要となった1兆5000億円に相当する金額をベースに、冬の大会に必要な金額を、今、経費として見ています。ですから、東京大会のように、想定を超えて金額が倍増するという状況にはないということ、それと、不測の事態に備えた200億円の予備費を見たうえでの試算だということでご理解いただきたい」(札幌市・秋元市長)

秋元市長は、あくまで東京大会の経験を踏まえ、その実績に近い経費を算出できているとして、理解を求めた。

市民の答えは いかに

札幌市は、招致に向けて、3月2日、市民・道民あわせて1万7500人を対象にした意向調査をスタートさせた。
郵送やインターネットのほか、街頭での調査を行い、招致の賛否やその理由などについて尋ねている。
市は、招致への期待や懸念の声を把握し、今後の計画更新や招致活動を進める上での参考にする考えだ。
この意向調査は、IOCのバッハ会長も結果を注視している。

「開催地の選考に関しては、今はまだ初期の段階にある。まず日本国内、特に札幌の人々がオリンピックに関わりたいのか否か決めることが必要だ」
巨額の税金をかけて行うオリンピック・パラリンピックに市民の十分な理解を得る必要があるのは言うまでもなく、札幌市は、コロナ禍での招致活動や、大会開催にどのような意義があるかを説明し、将来のまち作りのビジョンも示していかなければならない。

東京大会の混乱を目の当たりにしてきた市民は、果たしてどのような答えを出すのか。8年後、聖火が再び札幌に灯ることになるのか。

【リンク】札幌市の意向調査についてはこちら

【リンク】冬季五輪・パラリンピック 市民の疑問を札幌市長に直撃

札幌局記者
三藤 紫乃
九州出身。2017年札幌局に着任し、帯広局を経て、再び札幌局。現在は札幌市政を担当。北海道勤務でスノボに目覚めました。