なぜ、18歳から大人?

今年4月、成人年齢が20歳から18歳に引き下げられる。

成人年齢は明治9年の太政官布告で20歳と定められて以来、約140年ぶりの改正となる。

なぜ、成人つまり「大人」は18歳からに決まったのか。そこには意外な法律が関係していた。
(吉岡桜子)

はじまりは憲法改正の手続き

そもそもなぜ、成人年齢が引き下げられることになったのか。きっかけは2007年にさかのぼる。

第1次安倍政権下で成立した国民投票法だ。
憲法96条には、憲法改正には衆議院参議院それぞれで総議員の3分の2以上の賛成で、国会が発議し、国民投票で過半数の賛成を必要とすると規定しているが、国民投票を具体的にどのように行うかは、戦後長い間決まっていなかった。
この法律の成立によって、憲法改正の賛否を問う国民投票にあたっては18歳以上の国民に投票権が与えられることになった。

世界のスタンダードと「落としどころ」の18歳

ここで初めて出てきた「18歳」という年齢。

当初、自民・公明両党と当時の民主党が提出したそれぞれの法案では投票権年齢に違いがあった。
前者は「20歳以上」、後者は「原則18歳以上、場合によっては16歳以上」だった。
協議の結果、自民・公明両党が民主党案を受け入れる形で、投票権の「18歳以上」が決まった。

当時、国政や地方選挙の選挙権年齢は「20歳以上」。
多くの法律が20歳で大人のラインを引いていた。大人は20歳から、が共通認識だった。
どのような議論を経て、18歳投票権は生まれたのか。そして、なぜそれが18歳成人につながったのか。

与野党協議にあたった自民党の船田元氏、立憲民主党(当時は民主党)の枝野幸男氏に話を聞いた。

「20歳以上」を掲げていた自民党の船田氏は、「18歳以上」の民主党案にもともとは不安を感じていたという。
それは、自らが私立学校(作新学院)の経営者だったことが関係していたと回想する。

「高校3年生はみんな順番に18歳を迎えていくわけで、クラスのなかで投票権を持つ人と持たない人が混在することについて個人的に悩んだ。クラスの結束とか指導上どうなのかという気持ちがあったが、むしろ『投票した』『投票できなかった』という状況を作ることで若い人の政治参加を浮き立たせることができる、関心を持ってもらう上で非常にいいことじゃないかという話を何人かの専門家から聞くことができて、18歳やりましょうと個人的に納得した」

国民投票の18歳案受け入れに舵を切った船田氏だったが、自民党内の反対論は根強かったという。
理由に挙げられたのは、国民投票法が成人年齢の引き下げなどにも波及することによって、新たな社会的不安を招くのではないかという懸念だった。

「18歳案は時期尚早だと結構反対があって、党内の議論で約1か月程度時間がかかってしまった。将来成人年齢が18歳になるんじゃないか、酒やたばこ、ギャンブルといった年齢も将来18歳になるんじゃないか。それは年齢的にも未熟であるし、18歳19歳の青少年を守らなければ、法的にもきちんと守らなければいかん、そういう意見が根強くあった」

一方、18歳案を訴えた枝野氏は、憲法改正という大テーマにあたってはできるだけ多くの国民が参加すべきだと主張したと語る。

「憲法は長く使うものでしょ。日本は硬性憲法(=制度上、改正が容易ではない憲法)だから、1回変えることがあったとしても3年後にまたやりますという世界ではない。それは幅広でいいんじゃないのという理屈を何度も説明した。これだけはやりましょうよ、18歳でと」

そして、超党派の議員団で各国の視察を重ねたことが「18歳以上」の合意形成を後押ししたと振り返る。
「毎年のように海外に行かせてもらったが、世界の常識は18歳、国民投票の投票権と参政権は18歳が世界の標準だよねというのが自然体で入ってきた。だから、日本で新たに国民投票制度をつくるならば18歳だよねというのは自然体だった」

国の最高法規である憲法。
戦後一度も行われてこなかった憲法改正の賛否を問う国民投票のルール作りは、与野党の枠を超えて多くの賛同を得て成立させたいー。
与野党協議に関わるメンバーからは繰り返しこのようなメッセージが発信され、話し合いが重ねられた。

論点は、投票権年齢の問題だけではなかった。
例えば、憲法改正には過半数の賛成が必要だとしているが、その母数は投票総数なのか有効投票数なのか、改正のハードルに直接関わるポイントだけに大きな論点となった。
こうした中、与野党協議の場では18歳案は比較的すんなりと決まったと枝野氏は振り返る。

「船田さんらと話している中で絶対に20歳にすべきで18歳に下げるものかという感じは初めからなかった。18歳が落としどころだよねというあうんの呼吸だった」

「18歳」をどこまで広げるべきか

国民投票の投票権を18歳以上とした場合、先述した自民党内の反対論でも見られたように、それまで20歳でラインを引いてきた他の法律をどうするかという問題が生まれる。
公職選挙法の選挙権を18歳とすることに意見の隔たりはなかったが、民法の成人年齢などもそろえるべきかについては温度差があった。
揃えるべきだとする意見では、国民投票での判断能力と民法上の判断能力は同じで、海外でもそれが主流だと指摘された。


終戦直後の1945年、選挙権年齢が25歳以上から20歳以上に引き下げられた時の根拠は、当時の民法上の成人年齢が20歳以上だったからだとされている。
これに対し、法律にはそれぞれ目的があるので、年齢を一律にする必要はないという異論も出されていた。
当時、国会に呼ばれた有識者の発言から代表的なものを紹介しておこう。


船田氏は、成人年齢の見直しにつながる議論は自然な流れだったと話す。
「18歳に投票権が与えられるなら大人としてみられるべきではないかと強烈ではないが暗黙の了解があった。投票権が18歳に決まったときに次は民法だねとなった」

一方で枝野氏は、公職選挙法以外は必ずしも18歳にあわせる必要はないと考えていたと話す。
「国民投票の投票権年齢を18歳にしたから民法や他の法律まで18歳にしなければならないという立場ではない。強く反対しないけれど積極的でもなかった」

結局、自民・公明両党などの賛成多数で成立した国民投票法の附則には、次のような内容が盛り込まれた。

附則第3条 国は、この法律が施行されるまでの間に・・公職選挙法、成年年齢を定める民法その他の法令の規定について検討を加え、必要な法制上の措置を講ずるものとする

国民投票法が施行されるまでの3年間に、民法をはじめ関係するあらゆる法律の検討が求められることになった。その本数は196本にのぼった。

船田氏が振り返る。
「すべて18歳にそろえるきっかけをつくることになるだろうということはかなり認識していた。18歳に法律全体を変えていくんだという高揚感、使命感といったものは結構共通してあった」

その後、民法や公職選挙法は改正まで3年以上の時間を要することになった。
多くの法律が絡み、内容的に慎重な議論が必要とされたことに加え、国民投票法が成立した2007年以降、民主党政権の誕生、自民・公明両党の政権奪還と与野党激突の時代が続いたことも影響したとみられる。

成人18歳実現するも懸念は

附則第3条をもとにした検討によって、18歳選挙権が導入され、すでに高校生が選挙で一票を投じる光景は見慣れたものとなった。
そして、18歳成人も今年4月に実現する。

きっかけとなった国民投票法の議論に関わった2人に感想を尋ねると、そろって懸念の声が聞かれた。

枝野氏が語る。
「社会実態として、大部分の人にとっては中学卒業して3分の1人前くらい。高校卒業して半人前くらい。就職してはじめて1人前だよねというのは日本の家族社会における大方じゃないかなと思っているので家族の中では子供扱いなのに、社会では・・ということに違和感がないことはない」
そして、こう続けた。
「心配なのは、高校生の成人。そこはきちんとフォローしなければいけない。難しいことを教える必要はなくて、親と関係なく、やったこと全部責任負わされますよと一言でいいんですけど。成人というのはそういうことですよと」

船田氏は、教育現場の一層の取り組みが重要だと強調した。
「ようやくここまできたなというある意味達成感があるが一方では不安も抱えている。
消費者被害が18歳にまで及んでしまうことをどう乗り切るか。実践を含めた消費者教育をスピードアップしてやっていただきたい。小冊子を高校生に配ってるが、なかなか使われていない点が心配だなと思っている」
そして、このように締めた。
「仏を造って魂入れずではないですけど、魂がまだまだ入ってないかという感じがしていますので今後もフォローしていきたいと思います」

憲法改正のための手続きを定める法律に端を発した18歳成人の議論。
新たに「大人」扱いされる若者を消費者被害などからどう守っていくか。
本人たちの自覚に加え、家庭や学校の支えも大事だと感じている。

選挙プロジェクト記者
吉岡 桜子
2013年入局。金沢局、水戸局を経て 20年9月から選挙プロジェクト。