原因はアメリカ兵?
オミクロン株 水際対策に抜け穴

全国的なオミクロン株による感染爆発。
先進国でも厳しいとされる水際対策をとっていたはずの日本だが、結局、壁は破られてしまった。
その抜け穴の1つになったのではないかと批判を浴びているのが在日アメリカ軍だ。
現地ルポを交えて報告する。
(岡野杏有子、西林明秀、鈴木幹人)

あっけなく破られた壁

「米軍兵士の感染が県内の流行につながった。許せない」

アメリカ海兵隊のキャンプハンセンを抱える沖縄県金武町。
感染急拡大が続いていた1月17日、70代男性の住民は、こう憤った。

政府は、この2か月前の去年11月末には、先進国でも最も厳しい水際対策を始めた。
オミクロン株が世界各国に広がる中、対策の柱の1つとされた。
これが功を奏したのか、12月に入ってもしばらくの間、国内の感染状況は落ち着き、全国の1日あたりの新規感染者数は150人前後にとどまっていた。
沖縄の中心部「国際通り」も、多くの人でにぎわっていた。

しかし、平穏な日常を守る水際対策の壁は、その沖縄の地からあっけなく破られた。

去年12月15日。
キャンプハンセンで、8人の新型コロナ感染を確認。クラスターの発生だった。

だが、当初、政府は楽観していた。
在日アメリカ軍でも適切に感染対策が講じられているため、感染の広がりは海兵隊の基地内にとどまり、じきに収束すると見ていたのだ。

実は、在日アメリカ軍には日本の検疫措置は適用されない。その理由は、日米地位協定だ。
アメリカ軍が日本に駐留するにあたって、さまざま取り決めを定めたこの協定の9条によって、検疫はアメリカ側が行うルールになっている。

日本側も手をこまねいていたわけではない。
新型コロナの感染の波が世界を最初に襲ったおととし。
この年の7月に日米両政府で、在日アメリカ軍でも、日本国内の措置と「整合性をとる」ことで合意。出入国時の検査、入国後の行動制限などを実施することになっていた。
日本側は、この約束が守られていると信じていた。

当初、外務省幹部は、取材にこう答えていた。
「日に日に広がっていく感じではない。数日で落ち着くのでは」
「アメリカも感染を広げたくないという気持ちは一緒なので、連携してやっている」

また、政府関係者は…
「感染は基地外に広がってるわけではない。そこまで問題にはならないはずだ」

このとき、政府は、在日アメリカ軍を信じ、要請したのは、マスクの着用の厳格化にとどまった。

守られていなかった約束

しかし、感染は急速に拡大していった。

最初に8人の感染が確認されてから1週間後の12月23日には、30倍近い232人の感染がキャンプハンセンで確認された。

また、そんなさなかに当のキャンプハンセン所属の兵士が飲酒運転していたことも発覚。
住民の怒りの炎に油を注ぐ形となった。

飲酒運転の現場近くにいた浦添市に住む30代の女性は
「県民が我慢している中、正直、どうなのかと思う。もう少し考えて行動してほしい」

こうした中、政府内でも、アメリカ側の対応に不信感が出始めた。
「日本国内と整合性のとれる感染対策は、本当に講じられているのだろうか…」

外務省は、在日アメリカ軍に対し、実態の照会をかける。
そして12月24日。驚くべきことがわかった。

去年9月以降、国内の全ての在日アメリカ軍の施設区域などで感染対策が緩和されていたのだ。
関係者の出入国時の検査は行われず、施設内で行動制限が徹底されないなど、不備が次々と明らかになった。

アメリカ軍側は、9月時点では、世界的にも日本国内でも感染状況が落ち着き、ワクチン接種が進んでいたことを、緩和の理由にあげた。
「日本国内での感染状況も落ち着いていた。またワクチン接種が進んだことも踏まえて緩和した」

しかし、日本側への説明はなかった。
そして、オミクロン株による世界的な感染拡大を受けても、対策が再強化されることもなかった。
日米間の約束は、何の断りもなく、守られていなかったのだ。

外務省にも重い責任

当初の外務省内の楽観論は一掃された。
林外務大臣が、在日アメリカ軍のトップであるラップ司令官に強い遺憾の意を伝え、対応の改善を申し入れる事態となった。

(林大臣)
「遺憾だ。アメリカ側の措置が、日本側の措置と整合的であることを確保すべく、日米間での連携をより一層強化していく」

話は、単にアメリカを責めればいいというものではなかった。
この間、外務省は「アメリカも対策を講じている」と信じ込み、確認を怠っていた。
結果として、対策の不備が3か月間、放置された形となった。
岸田政権がオミクロン株の世界的な拡大を受けて水際対策を強化した去年11月末から見ても3週間以上、“切り札”とされた措置に穴が空いていたのだ。

外務省幹部は、こう弁解する。
「日米両国でやりとりはしていたが、具体的な対応までは詰めて確認していなかった。『なぜ確認していなかったのか』と言われたらそれまでだが、不十分だったということは認めざるを得ない」

本当に確認のやりとりが行われていなかったのか。

在日アメリカ軍に取材すると、文書でこう回答した。


「この2年間、われわれは日本政府と連携している。言うまでもなく、とられている措置については、日本政府に対して情報を提供してきた」

日本側の説明と食い違う内容だ。

日米関係に詳しい法政大学法学部政治学科の明田川融教授は、日本政府の対応に苦言を呈する。

「水際対策強化と言っていたが、米軍施設から漏れ出す可能性は容易に想像できた。なぜ確認していなかったのか。こういう時こそ政府はアメリカにしっかり意見を言ってもらいたい」

林大臣は、一連の外務省の対応について、記者会見で問われるとこう釈明した。
「日本側の検疫措置が変更されるたびにその措置を詳細に説明し、アメリカ側の措置がこれと整合的なものとなるよう連携を図ってきたが、取り組みに不十分な点があったことは否定できず、真摯に受け止めたい」

感染は周辺自治体にも

在日アメリカ軍の不備による感染拡大は、沖縄だけにとどまらなかった。

沖縄の基地でクラスターが確認されてからおよそ1週間後の去年12月21日。
山口県にあるアメリカ軍の岩国基地でも1人の感染者が確認されたのだ。
感染は瞬く間に広がり、29日には、感染者が80人となった。

基地で働く日本人従業員は、当時の状況をこう証言する。
「基地の関係者は、新型コロナへの意識が日本とはまるで違うんだよ。『ワクチンを打っているから大丈夫』などと、マスクもせずに過ごしていた。同じ職場で居合わせることに恐怖すら覚えた」

さらに最も恐れていた事態が起きた。基地周辺の自治体でも感染者が増えてきたのだ。

沖縄、山口だけでなく、岩国基地が隣接する広島県をはじめ、全国的に危機感が広がり始めていた。
にもかかわらず、岩国市内では、基地周辺の飲食店街を夜まで出歩くアメリカ軍関係者の姿が見られた。

そのさなか、基地関係者がクリスマスに利用した飲食店で、市民の感染が確認されるなどした。
住民の間では、基地からの感染拡大ではないかと不安が広がっていった。

岩国市に住む40代の女性は…
「沖縄のことがあったので、岩国で感染が広がったとき、これはアメリカ軍の影響なのではないかと直感した」

アメリカに改善要請も難航

日に日に事態が悪化する中、政府は、重ねて対応の改善をアメリカ側に要請。
しかし、ことはスムーズに進まなかった。
検査や行動制限という措置以前に、すでに申し入れていたマスク着用すら徹底されていないのが実態だった。
政府関係者は、アメリカ軍との感染症に対する認識に大きな差があったという。

(政府関係者)
「国によって対策の深刻度が全然違う。例えばマスク着用は、日本では当然のことだけど、アメリカではそうじゃない。そうしたところから決定的な認識の差があったので、1つ1つ前に進めるのは、容易ではなかった」

政府は、外務・防衛の閣僚協議「2プラス2」などハイレベルでも申し入れを行った。
そして、岸田総理大臣みずからも対策の徹底の必要性を強調。アメリカ側にメッセージを送った。

そして、去年の大みそか。
ようやくアメリカ側が重い腰を上げた。
在日アメリカ軍から日本国内のすべての基地に所属する兵士らに出入国時の検査を実施することを決めたと日本側に通知。

さらに9日後、1月9日には、在日アメリカ軍の関係者の不要不急の外出が制限されることになった。
すでに沖縄の基地でのクラスター発生から、3週間以上がたっていた。

責任の所在は?

このころには、市中感染も広がっていた。
1日あたりの感染者数は沖縄県内では1500人を超え、
山口県でおよそ150人、広島県では600人余りに。

大都市の東京や大阪を超える感染爆発ともいえる状況になり、
第6波では最も早く、1月9日から沖縄、山口、広島の3県に「まん延防止等重点措置」が適用された。

その後、感染は一気に全国的に広がり、連日過去最多の新規感染者が出る深刻な状況となった。
水際対策の壁は、完全に崩れた。

「在日アメリカ軍の基地が、日本国内の感染拡大を招いた」
国内の批判はさらに高まる。

こうした中、在日アメリカ軍司令部は、次のように説明する。

(在日アメリカ軍司令部)
「継続的に対策の見直しと更新を行っているが、迅速にワクチンを接種することで、関係者の健康を維持するという約束を放棄したわけではない。世界的なパンデミックの中、責任の所在を明らかにすることは利益をもたらさない。世界中で感染者が増加していて、例えば南極大陸でも増加している。何が大切かというと、われわれは何が起きても仲間だということだ」

責任逃れをするかのような回答に、基地周辺の住民は何を思うのだろうか。

一方、1月13日、日本政府は、基地での感染が周辺自治体の感染拡大の要因の1つである可能性を認めた。

(林大臣)
「感染拡大は大変深刻に受けとめている。やはり米軍施設区域内の感染状況が、周辺自治体での感染拡大の要因の1つである可能性は否定できない」

地位協定の見直し求める声

日本側の働きかけで対策は強化された。
だが、その後もアメリカ軍関係者の感染は相次ぎ、最も多かった1月20日時点には、全国で6000人以上の感染が確認された。
アメリカ側は、感染状況は徐々に落ち着きつつあるとして、1月末で外出制限の措置を終えたが、軍関係者の感染は連日確認されている。

住民の不信感はなお消えない。

沖縄県金武町の70代男性は…
「以前に比べて兵士を見なくなったが、基地の外でマスクをしていない兵士を、憲兵が注意しているのを見た。信用していない」

根本的な問題改善には日米地位協定の見直しが欠かせないという声も根強い。

沖縄県の玉城知事もこう指摘する。
「単なる対策の不備として矮小化するのではなく、この状況をつくり出しているのは、日米地位協定がもたらす構造的な問題という強い危機意識を持ってほしい」

地位協定によって、アメリカ軍施設内には日本の施政権が及ばない。
このため、水際措置もしっかりやるという約束をしても、日本の担当者が直接、かつ常時チェックすることは不可能だ。
このあり方を見直さない限り、いくら対策を厳しくしたところで、また同じように抜け穴は生じてしまうというのだ。

国会審議でも野党側から協定の見直しを求める声が相次ぐ。

一方、政府は、協定の見直しは必要ないという立場を崩さない。

(岸田総理大臣)
「アメリカ軍関係者に対する入国時の検疫は、他国と比べて特別な扱いをしているという
指摘はあたらない。日米地位協定の見直しは考えてないが、日米合同委員会で感染拡大の防止と沖縄県を含む地元の不安解消に向けて、日米間の連携をより一層強化していく」

日米両国の外務・防衛当局などの担当者による「日米合同委員会」では、感染症が流行した際の対応について取り決めを行っていて、通報や情報共有することなどを定めている。
枠組みとしては十分で、課題はあくまでも運用面だと考えているのだ。

在日アメリカ軍にも質問してみたが、ほかの質問への対応とは異なり、日米地位協定については回答がなかった。

外務省内からはこんな本音も漏れてくる。
「結局こちらはお願いするだけで、あとはアメリカにやってもらうしかない。確認できるならしたいよ。でもできないんだから仕方ない。やっていると信じるしかない」

1月15日、沖縄の基地周辺の繁華街の飲食店にアメリカ軍の関係者とみられる男性が出入りする姿が確認されている。不要不急の外出制限が適用されている中だ。
本当に対策は徹底されているのか。

日米関係に詳しい明田川教授は、運用面の改善だけを求めても、実効性が伴わない可能性を指摘する。

「運用改善となると、『できるかぎり』とか『次の場合は除く』とか、留保がつくケースがこれまでだと多い。実効性が心もとないものになってしまうだろう」

その上で、直ちに協定を見直すことは、現実的には難しいとしながらも、先を見据えて議論は排除すべきでないと強調した。

「また別のパンデミックが起きるかもしれないし、そうなった場合、今のままだとまた場当たり的な対応になってしまう。そうではなく、中長期的に考えて、規定を設ける必要があると考える。日本政府が早々に『地位協定の見直しをしない』と言うのは、疑問が残る」

見直しが難しい現実も認める一方、将来的な見直しの余地もあるという指摘だ。
日米地位協定の見直しの是非をめぐっては、専門家の間でも、賛否両論さまざまな意見がある。

再発を防止するには

今回、見落とされていた水際対策の抜け穴。
そして後手に回った対応と感染拡大。
単に検疫措置だけにとどまらない、本質的な問いも投げかけられているようにも感じる。
また同じようなことがあれば、日米同盟を支える「信頼関係」を揺るがす事態に発展しないとも限らない。
パンデミックも含め、危機はいつ、どこで起きるかわからない。今回のような問題の再発を防ぎ、国民を守っていけるのか。対応が急がれる。

【リンク】在日アメリカ軍司令部の回答文書 全文はこちら

政治部記者
岡野 杏有子
2010年入局。大阪局などを経て18年から国際部。ことし政治部に。外務省でアメリカなどを担当。
沖縄局記者
西林 明秀
2015年入局。松江局を経て、2020年から沖縄局。玉城デニー知事の担当。
山口局記者
鈴木 幹人
2017年入局。沖縄局を経て、2020年から山口局。岩国支局で基地問題などを取材。