“政治とカネの震源地”
衆議院 広島3区

衆議院選挙が公示された。
岸田総理大臣の就任から10日後の解散。さらに投開票まで17日間という異例の超短期決戦。
各地の注目区のルポ。
2回目は、おととしの参議院選挙をめぐる大規模買収事件で揺れに揺れた「広島3区」だ。
(五十嵐淳)

“政治とカネの震源地”

10月4日、岸田文雄が総理大臣に就任し、池田勇人、宮沢喜一に続く、戦後3人目の総理大臣を輩出した広島県。

県内に7つある選挙区のうち「広島3区」は、広島市のベッドタウンの安佐南・安佐北の両区と、北西部の山あいの1市2町からなる。

この3区は、元法務大臣で、自民党の衆議院議員だった河井克行が当選を重ねてきた選挙区だ。
しかし、おととしの参議院選挙をめぐる大規模買収事件で公職選挙法違反の罪に問われた河井は離党。その後、辞職して、今回の選挙にも立候補せず、政界を引退することになった。

事件によって、地元には、政治不信の声が根強く残り、3区を「『政治とカネ』をめぐる問題の『震源地』」と称する人もいるほどだ。

6人が立候補

今回の衆院選で広島3区には6人が立候補した。

自民党が候補者の擁立を見送り、与党側は公明党の斉藤鉄夫(69)が立候補。
対する野党側は、立憲民主党がライアン真由美(58)、日本維新の会は瀬木寛親(57)をそれぞれ擁立。
さらに「NHKと裁判してる党弁護士法72条違反で」の矢島秀平(29)、いずれも無所属の大山宏(73)と玉田憲勲(64)が立候補した。

参院再選挙に続く立候補

無所属の大山は電子部品メーカーに勤めていた元会社員。ことし4月に広島で行われた参議院再選挙にも立候補した。

「金権政治をやめさせて、選挙には金がかかるものだという概念を吹っ飛ばさないといけない。とにかく投票所に行ってください」

今回も「金権政治の打破」を掲げる。第一声では有権者に投票に行くよう訴えた。

N党候補はミュージシャン

「NHKと裁判してる党弁護士法72条違反で」から立候補した矢島は、千葉県市原市出身で、普段は、ミュージシャンとして活動している。

若者への訴えにとくに力を入れていて、第一声ではこのように力を込めた。

「若い人の声というのがいま国会では必要とされている。皆さまの1票で意思をぜひ示してほしい。若い人たち、本当に選挙行かないとまずいぞ」

放送法の改正のほか、服装や髪型などを細かく制限する学校の校則の廃止を訴える。

与党候補は公明のベテラン

公明党の斉藤は岸田内閣の現職閣僚だ。島根県出身で当選9回。環境大臣や党の幹事長などを歴任。比例代表中国ブロックで当選を重ねてきたベテランだ。

第一声で、斉藤は「信頼回復」を掲げ、危機感をあらわにした。

「清潔な政治、信頼回復を始めていきたい。核保有国と非核保有国の橋渡しをするため、核兵器禁止条約の締約国会議へのオブザーバー参加を岸田総理とともに推し進めたい。 どうか勝たせて下さい」

ことし4月、河井・元大臣の妻・案里氏の当選無効に伴う参議院再選挙では、自民党の新人が、野党の推す諸派の新人に敗北した。衆院選で、議席を獲得するため信頼回復を掲げる。

10月3日の街頭演説会、斉藤と並んで、自民党の元県議会議員、石橋林太郎がマイクを握った。
河井の後継候補として名乗りをあげたが、自民・公明両党の調整で、比例代表にまわることになった。一時、“ぎくしゃく”した両陣営だが、石橋はこう呼びかけた。

「心からこの場をお借りしておわびを申し上げる次第だ。広島3区から斉藤先生が自民党と公明党の与党統一候補として立候補し、勝利に向けて努力していく」

岸田首相就任で追い風か

10月4日、広島1区選出の岸田が総理大臣に就任。みずからも国土交通大臣として再入閣した。地元からは祝福する声があがり、雰囲気が一変した。

ポスターも、斉藤のパートナーは菅義偉から岸田となった。

事務所開きには自民党県連や広島財界の幹部らも出席し、与党の結束を示す場となった。自民党の関係者の1人はこう指摘する。
「絶対に落とせない選挙区となった。自民党側の引き締めにつながる。総理大臣の地元で現職閣僚が落選すれば、政権へのダメージはさけられない」

事務所開きを終えた斉藤は公示直前の大臣就任をこう述べた。
「大臣の公務もあるので、選挙戦術的には大変不利になったと思うが、自民党の県議や市議と一緒に、支持者回りをしていて、ご理解を頂いてきているのかなと実感している。これを大きく広げたい」

参院再選挙に続く立候補

無所属の玉田は、広島市で病院や介護施設の運営に携わる内科の医師で、ことし4月の参議院再選挙に続く立候補となった。第一声でこう述べた。

「分配する予算がどこにあるのか。与党・野党も言っていることは結局、絵に書いた餅で選挙目当てだ」

さらに既存の政党だけでなく、有権者にも、物申す姿勢で臨む選挙戦だ。

立民は政治未経験の新人

野党側から立候補した立憲民主党のライアンは東京出身。アメリカへの留学などを経て、教育関連会社の取締役を務めていた。党の公募に応じて、地縁のない広島にやってきた。
政治経験のない新人として、清新さを強くアピールし、分厚い保守地盤を何とか崩したいと意気込む。第一声では「自公政権の打破」を訴えた。

「今の政権は権力でルールを変え、そして民主主義を変え、国民の命をまったく守っていない。こんな政府、政党に私たちの命を託せるか。私が金権政治を必ず終わらせる」

参院再選挙の再現を

「政治とカネ」をめぐる問題を徹底的に批判し、野党系の新人が勝利した、ことし4月の参議院再選挙の再現を目指すライアン。

岸田政権の誕生で、一転して現職の総理大臣の地元で、現職閣僚に挑む構図となったことに、陣営には動揺が広がった。
しかし、「地位を選挙に利用している」などと批判を展開。さらに無党派層への浸透を図る考えだ。

衆議院が解散された14日には、立憲民主党代表代行の蓮舫が広島入り。岸田政権の政治姿勢を徹底的に批判し、ライアンへの支援を呼びかけた。

「国会の論戦を避け、誰が大臣か分からないうちに、失言が出る前に、さっさと解散をする。戦わない姿勢が残念でならない。ライアン真由美は間違っても票をカネで買う人ではない。皆さんに目を背ける人ではない。皆さんの声を国政に届けたいという思いで挑戦している」

ライアンは政治不信を払拭するため、有権者の声を生かす選挙戦にしたいと語った。

「有権者から、『政治とカネの問題は絶対に手を緩めるな』『政治不信を払しょくすることはあなたの責任だ』といった電話やメールをたくさん頂いている。私は政治家の家に生まれたわけではない。実社会でずっと働いてきた。その経験を生かして、小さな声、女性の声を拾って戦っていきたい」

維新も候補を擁立

日本維新の会の瀬木が立候補を表明したのは公示4日前の10月15日。斉藤とライアンの事実上の直接対決とみられていたそれまでの選挙構図が一変した。

瀬木は、広島市出身。衆議院議員の秘書などを経て、日本維新の会広島県総支部の事務局長を務めていたこともある。
現在はラジオ局の番組でパーソナリティーを務めている。
チャリティー活動で高齢者福祉に携わる中、政治への思いが高まっていったという。

大規模買収事件によって、広島3区は全国的に不名誉な認知を受けることになったとして、「クリーンな政治」の実現を掲げている。

第一声は党の存在意義を強調した訴えとなった。

「金権政治を打破できるクリーンな政治、それは日本維新の会にしかできないことだ。減税とベーシックインカムを日本の新たな成長戦略に位置づけていく」

勢力拡大めざす

日本維新の会は、現在、広島県内の小選挙区で議席を持っていない。
瀬木に対しては、比例代表中国ブロックで議席を獲得するためにも必要だとして、地元の仲間たちから立候補の要請があったという。

そして瀬木は、立候補にあたって馬場幹事長とも会談した。

日本維新の会による候補者の擁立に、斉藤、ライアン両陣営が警戒感を強める。

「自民党支持層の保守票が一定程度、維新に流れる可能性はある。ただ、どちらに有利に働くかは見極める必要がある」(公明党関係者)

「これまでのパターンを見ていると、無党派層の票が割れ、うちの票が流れる可能性がある」(立憲民主党関係者)

自民党が大企業だとすれば、日本維新の会はベンチャー企業だと語る瀬木。

従来の政治や従来の選挙制度にとらわれない新しい仕組みをつくらなければならないとして、インターネットによる投票を可能にし、選挙制度改革を実現すべきだと訴えている。
さらに、無条件で一定額を支給する「ベーシックインカム」や「消費税5%への減税」などを掲げている。

過熱する選挙戦

政治とカネをめぐる問題で揺れた「広島3区」。

4年ぶりに行われる政権選択選挙で、その勝敗がどう決するのか。
第3極の登場がどう影響を及ぼすのか、選挙戦が過熱している。
(文中敬称略)

広島局記者
五十嵐 淳
2013年入局。横浜局、山口局を経て広島局。県政担当。趣味はゴルフ。